暴漢には鉄槌と、魔法と魔術
露店の商人たちが店仕舞いをしている通りを抜け、少し歩くとそこにはデカデカと看板を構えている建物が見えてきた。
冒険者ギルド ティール支部。
アリス達はギルドの中へ入っていった。
中は一仕事終えたのか色々な世代の人たちが居た。
皆酒を飲んだり食べたりしているようだ。
「なにここ居酒屋?」
マキナがそう言うと、ミルフィーが答えた。
「何言っているのよ。ここがギルドよ。」
「ほえ~」
マキナは物珍しそうにあちらこちらを見始めた。
アリスとミルフィーは受付の女性に依頼達成の報告を始めた。
「確認おねがいします。」
「私のもお願いね。」
アリスとミルフィーは受付の女性にサイン入りの依頼書を渡した。
受付の女性は依頼書のサインを確認し、しばらく待つように言うと奥へ入っていった。
受付の女性が帰ってくるまで待っていたアリス達だったが、そこへ酒を持った男が迫ってきた。
「よぅネェちゃん達、一緒に飲もうぜ。」
男の息は酒臭く、酔っぱらいであることがわかった。
「こういうのは無視が一番なのよ。」
ミルフィーがアリスにそう言うとアリスも頷いた。
「そ、そうね。それが一番だよね。」
アリスは酔っぱらいの息が掛かっていたので少し顔をしかめていた。
「つれねぇなぁ?一緒に飲むぐらいいいだろぉ?」
酔っぱらいはそう言うとアリスの肩に手を回してきた。
その手はアリスの防具の隙間へと入り込みアリスの胸へ触れた。
突然胸を触られたことによりアリスは咄嗟に振り払ってしまった。
その衝撃で男の持っていた酒が男の服に零れた。
「何すんだこのアマがァ!」
「そ、そっちが最初に触ってきたんでしょ!」
「相手してはダメよアリス!」
ミルフィーがそう言うが既に遅かった。
後ろに座っていた男たち5人が立ち上がりアリスとミルフィーを囲んだ。
マキナはギルドの掲示板や説明が書いてある羊皮紙を読んでいたが、さすがにその異変には気がついた。
「おい女。仲間が世話になったようだなぁ?」
「きっちり謝ってもらわないと気がすまないんだよ。わかるかい糞女。」
さすがにミルフィーも無視を続けるわけには行かず、言い返し始めた。
「そっちが最初に手を出したのだから謝るのはそちらかとおもうのだけど?」
その言葉に男たちが切れた。
それと同時に自然と周りの声が消えていった。
「だとコラァ!」
「なめてんじゃねえぞ!」
男たちがアリスとミルフィーに怒鳴り声を上げ、一人の男がアリスの腕を引っ張りあげられた。
「痛っ!」
「アリス!大丈夫? そこのゲス!離しなさい!」
アリスの腕は無理やり男に引っ張りあげられた時に痛めたのか、アリスの顔には苦痛の表情が浮かんでいる。
「バカにしてくれたお礼をきっちり払わせてもらおうか! その体でな!」
「そりゃいい!こっちの女も捕まえて…」
男たちが調子に乗り始めた時ミルフィーを捕まえようとした男の腕が小さな手に握られた。
「あん?なんだおま…」
男がそこまで言った時男は勢い良く壁に向かって投げられていた。
重いものが当たるような音が静まったギルド内に響き渡った。
「う!?……ぐっ」
当事者の男やギルド内に居た冒険者、ギルド職員、アリスとミルフィーはその原因となった人物を見ていた。
それはマキナだ。
ここにいる者は思っただろう。
なぜ、こんな子供が大男を投げ飛ばせるのだろうか。っと。
マキナは少し離れた位置に歩き、止まった。
「な、なんだこの糞ガキ!」
「やっちまえ!」
男たちがアリスとミルフィーから離れ、マキナの方へ向かっていった。
「これは好都合だね。わざわざアリス達から離れてくれるなんて。」
「わけの分からねえ事をごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞ!」
男たちは抜刀し、マキナを取り囲んだ。
その時受付から女性の声が投げかけられた。
「ギルド内の殺傷行為は違法です!直ちに剣を納めてください!」
「うるせえ!黙ってろ!」
ギルド職員の警告は男により一蹴りされてしまった。
「糞ガキがぁ。良くもやってくれたな。 お前は殺す!」
男の一人が剣を振り上げた。
しかし振り上げた剣はマキナに届くことがなかった。
ガラスの割れるような音が響くと同時にその男はテーブルなどを巻き込んで反対側の壁へと吹き飛ばされたからだ。
「精々出力0.1ってところかな?出し過ぎると死んじゃうし。」
マキナは手を前に出しそう言った。
男たちはいったい何が起きたのかわからず呆然としていた。
「これで終わりじゃないよ? 暴漢の皆さん?」
マキナは腕をクロスするかのようにすると勢い良く腕を開いた。
その途端ガラスの割れるような音と青い波紋が現れ、男たちは吹き飛んでいった。
マキナのレーダーが赤い点が後方から迫ってきている事を伝えるとマキナは振り返りながら手を横に振り払った。
ガラスの割れる音と青い波紋。
ただそれだけで大男が吹き飛んでいく。
ギルドは再び静寂に包まれ、聞こえてくるのは吹き飛ばされてうめき声を上げる男たちの声だけだった。
その静寂を破るかのようにマキナが声を発した。
「ふたりとも大丈夫?」
「え?あ、私は大丈夫だけど、アリスが。」
「アリス大丈夫?」
マキナがそう言いながらアリスに近寄る。
アリスが片腕の関節部分を抑えているようだ。
そこに目を向けると少し赤くなっているのがわかる。
「捻ったのかな?大丈夫?」
「えぇ。大丈夫…たぶん。」
ギルド内にいる人すべてが呆気にとられていてアリス達の反応も少し悪かった。
「たぶんって…依頼報告おわったの?」
マキナが話しを切り替えると受付の女性とアリスとミルフィーは思い出したかのような顔をした。
受付の女性から成功報酬を受け取り、マキナ達は宿へ向かっていった。
宿はミルフィーが以前利用したことがある場所に決まった。
宿は大通りから少し路地に入ったところにあり、民家の間にあるようだ。
入り口には空き室有りと言う看板が立て掛けられており、まだ部屋は開いていることがわかる。
「ここよ。入りましょう。」
ミルフィーが入り口のドアを開けるとドアベルの音がこだました。
その音を聞いてか奥から受付の人らしき男性が出てきた。
「3人泊まれるかしら?」
「3人かい?開いてるよ。1人1銀貨だよ。」
「マキナの分は私が出すよ。」
アリスがそう言うと銀貨2枚を袋から取り出しミルフィーと合わせて3枚を宿屋の主人へ手渡した。
「確かに。これが部屋の鍵だよ。ごゆっくり。」
主人は鍵をミルフィーに渡し軽い会釈をしてきた。
マキナだけはそれに軽い会釈を返し先に行ってしまったアリス達に小走りで追いつくのであった。
「ミルフィー?銀貨1枚って高くない?」
「違うのよ。ここの宿は食堂があるのよ。朝と夜だけ食べ物が出されるわけ。
階段の隣に扉があったでしょう? あそこが食堂なのよ。」
「そうなんだ。てっきりボッタクリかと思った。」
アリスとミルフィーがお金の事を話しているようだが、マキナはこの世界の通貨単位などわかるはずもないので何も口を挟まずに歩いていた。
ミルフィーが扉の前で止まると鍵穴に鍵を差し込み扉を開けて入っていった。
アリスとマキナはそれに続いて入った。
部屋の中はテーブルがひとつと椅子が3つ、小さなベッドが3つだけ置いてあった。
その他には何もないようだ。
「さてっと。マキナ。ひとつ聞きたいのだけど、いいかしら?」
「んえ?」
ミルフィーは部屋を見渡していたマキナに声を掛けた。
どうやら先程のことを聞きたいようだ。
「さっき助けてくれた時マキナは魔法を使ったわよね? アレは何なの?」
「うん? 衝撃魔術だけど、それがどうしたの?」
マキナがそう答えるとミルフィーは眉間にシワを寄せ考えるような表情になった。
「魔術?あなた詠唱いつしていたの?」
ミルフィーはその表情のまま、マキナに質問をした。
マキナはきょとんっとしており何を言っているのかわからないという顔をしている。
「詠唱って何?魔法って詠唱するとどうなるの?」
こればかりはミルフィーは予想外の出来事で固まってしまっている。
そこにアリスの助け舟が来たのだ。
「詠唱と言うのはね、魔法を発言させるための言葉だよ。」
アリスは 私は魔法使いじゃないからよくわからないけどね と言ってミルフィーにごまかし笑いをしながら視線を向けていた。
「初めて知ったよ。ありがとね。アリス。」
「(マキナって結構常識知らずなんだね。)」
結構どころじゃないのである。
「あー。マキナ?魔法ってこう使うのよ? <光よ!闇を払い給え! ライト!>」
ミルフィーがそう言うと何もない空間に光の玉が出現し、部屋全体を照らしだした。
マキナはそれに仰天しながらも興味ありげに見ていた。
「なにそれスゴイ!」
その時のマキナは幼い子供に手品を見せたような感じになっていたという。
「いい?魔法は詠唱し魔力を使ってこう言う現象を起こすものなの。わかる?」
「うーん…。私のとはちょっと違うみたい。」
マキナは、はしゃぎながらもミルフィーの魔力の流れや体の活動をスキャンしていた。
ミルフィーの魔法の発動時に起こった体の内面での変化や魔力の流れは元の世界とは違かった。
「どういう事かしら?」
「ミルフィーは詠唱の時無意識下で脳波が魔力に影響し、魔力の質が変化してるんだ。 最後の魔法名を叫んだ時の強い脳波が魔力を変換して事象を起こしてるように見えたんだよ。」
「マキナの説明は一々わからない言葉が多すぎるのよ…。」
またしても理解されないマキナの説明。
これもまた世界の壁である。
「うーん。わからないかー。じゃ、私のなんだけどね。あれは衝撃魔法と言って、エネルギーの方向性を決めずに放出して衝撃波にしてるんだよね。」
「それって魔力をそのまま放出して魔力のまま爆発させているようなもの?」
「さっすがミルフィー!理解が早い!大体そんなかんじだよ。」
「それじゃ、出力0.1っていうのは?」
「うん?だってそうじゃないと人間の体は脆いんだから砕けちゃうでしょ?」
「そ、そうね…」
ミルフィーは少し引き気味になっている。
しかし、マキナの言った魔法の使い方は普通ではありえないものだった。
ミルフィーはそれをよくわかっていた。
魔法使いは近寄られると詠唱の時間がなく小振りな剣を振るうしかない。
だが、マキナの言った衝撃魔法ただ手のひらをかざすだけで敵を撃破できるのだ。
しかし魔法と言う形にせず魔力だけを放出し、衝撃波にするなど聞いたこともなかった。
ここでもひとつの誤解が生まれていた。
マキナはエネルギーと言ったのだ。
誰も魔力とは一言も言ってはいない。
マキナはだいたい合っていたので否定はしなかったが、否定しなかったからこそ誤解が生まれてしまった。
マキナにはミルフィーが魔力を放出しているのが分かった。
衝撃魔法を試しているのだろう。
「マキナ。できないわよ?」
「だってミルフィーは魔力をそのまま出してるからだよ。」
「? 魔力をそのまま出すのではないの?」
「違うよ。魔力から生まれるエネルギーを放出するんだよ?」
「エネルギー?そんなもの聞いたことないわよ。」
ミルフィーは魔力からそのようなものが出来るなど知る由もなかった。
魔力からエネルギーが生成されるのは観測機器が合って始めて元の世界の人間も気づくことができたのだ。
そのすべがないこの世界では難しいだろう。
ましてや普通の人間が魔力からエネルギーだけを取り出すのは至難の業だ。
「さっきミルフィーの魔法について私が話した時に“最後の魔法名を叫んだ時の強い脳波が魔力を変換して事象を起こしてる”って言ったよね?」
「確かに言っていたわね。それがどうかしたの?」
「その変換された時にエネルギーが発生しているんだよ。」
「それって…無詠唱で魔法を使えって言っているものよね。」
「うん。過程(詠唱)はいらないから結果が欲しいんだよ。」
「何も方向性を決めずに純粋なエネルギーって瞑想でもしてない限り無理じゃないの…」
異世界の魔法使いは無意識化で魔力に方向性を持たせ変質したエネルギーを放出するため衝撃魔法にはならない。
衝撃魔法ではなく、詠唱にあった魔法になってしまうのだ。
仮にできたとしても近接戦の時にそんなことはできないだろう。
「…無理ね。私にはできないわ。」
「やっぱり人間には難しいよねぇ…」
「ねぇ?さっきから言い方が気になるのだけど…」
ミルフィーがそこまで言うとアリスが口を挟んだ。
「さっきから私蚊帳の外なんだけどー。」
「あー。ごめんね、アリス。」
「とりあえず湯浴みでもしたい。」
「そうね。何処かにないかしら。」
ミルフィーはともかく、アリスは前衛で戦って居たので汗やら血などで気持ち悪いそうなのだ。
「宿の主人のところに行って聞いてくるよ。」
「あぁ。頼むわね。」
マキナはそう言うと部屋の外に出て行った。
きちんと部屋番号を確認して先ほどの受付に戻って行く。
受付まで来ると奥のほうに明かりが見えたのでまだ主人は起きているのだろう。
「すみませーん。ご主人いらっしゃいますかー?」
マキナが遠慮気味にそう叫ぶと奥から主人が出てきた。
「どうしました?」
「湯浴みしたいのですが、ありますか?」
「あぁ。奥の扉から外に出たところにある小屋がそうだよ。 少し前に薪をくべたからまだお湯は暖かいのではないかな?」
「おぉ。ありがとうございます!」
「どういたしまして。」
そう言うとマキナは自分たちの部屋へと小走りで戻っていったのだった。
アリスの怪我はミルフィーの魔法で治しました。
13/5/12 誤字、脱字修正




