09
子猫がそう言うのを聞いて、何かそれ以上この話を追求するのも馬鹿らしくなってしまった。まあ、この子はこういう猫なのだ。そんなことを言い始めたらそもそもどうして猫が魔法を使えるのかというところから解明する必要があるわけで、そんな長くなりそうな話はこれからおいおい聞けばいい。今は、そんなことよりも、
「じゃあ、改めてはじめまして。あたしはマナ=プラー=クジョー。マナって呼んでくれればいいわ」
「<魔力>か。わかった。俺は、名前はないから好きに呼んでくれ」
「え、ないの?」
「ない。そんなもの持ってるのは人間や竜くらいだろ」
「そっかー。……んー……、じゃ、ヘ、ヘータってのは、どうかな?」
「<理力>ね。いいんじゃない。マナとヘータならいいコンビになりそうだし」
「そ、そう。よかった」
ヘータという名前の由来は古代語の「理力」を表す文字だ。これは、あたしの名前が「魔力」を表す古代文字に由来するところからの連想という意味もあるけど、それ以上にその名前は……、いや、この話はまた今度でいいや。
「さてと、いろいろ話もしたいし聞きたいけど、とりあえず、庭に散らかってる荷物を家の中に運び込んじゃわないと」
「あれ? そういえば男が2人ほどいたと思ったけど、どうしたんだ、あいつら?」
改めて庭の方に目をやると、引越しの荷物は綺麗に門の近くに積み上げられていて、外にあったはずの車もお手伝いの人たちもいなくなっていた。
「帰っ……ちゃったのかな?」
何が起きたのかよくわからないが、お手伝いの人たちは途中で気がついて、いつまでも終わらない戦いに荷物を運びこむことを諦めて、門の近くに積み上げただけで帰ってしまったのだろう。
「俺は腹が減ったから、先、飯食ってるわ」
頭の上からヘータの声が聞こえたと思って見上げてみると、いつの間にか子猫は屋根の上に登っていた。
「飯……、って、しまった。今日、寮の送別会があるんだった! ええい、<発火>」
あたしは急いで魔法で箱を家の中に運びこむと、あらかじめ選んであったドレスに素早く着替えて慌てて駆け出した。
「くー。こんな時、魔法で空を飛んで行ったら一瞬なのにー」
ドレスの裾がまくれるのに気を使う余裕もなく走りながら、人生の中でこのときほど、公道上での魔法の使用禁止の法律が恨めしいと思ったことはなかった。……、そもそも、これまでは寮生活だったから、公道を走る必要なんてなかっただけなんだけど。
――くぅっ。やっぱりあじの塩焼きは最高だっ!
こんなに美味しい魚を食べられるなんて、猫冥利に尽きるってもんだぜ。
ご飯を土鍋で炊くところから始まって、味噌汁にあじの塩焼きに大根おろしを添えて、最後にちょっと酢の物を添える。完璧な夕食を堪能した俺は、洗い物を済ませると、リビングの真ん中のふかふかの絨毯の上に香箱座りに座って目をつぶり、そのまま眠りに落ちた。
「じゃあ、また明日、学校でねー。バイバーイ。……、たっだいまー」
玄関のほうから聞こえてくる騒がしい声に、俺の意識は半覚醒した。まどろみの中でその声を今日、俺の家に引っ越してきて新しくパートナーになったあいつの声だと認識する。
ドスッ
「もう、今日は本当に疲れたよー。早くお風呂入って寝よ」
何かを床に置く音がしたと思ったら、次にさらさらと衣擦れの音がして、がさごそと箱のなかから何かを探し出すような音がしたと思うと、突然、俺の身体が何かに掴まれて持ち上げられた。
「うにゃっ」
「ヘータ、一緒にお風呂入ろうね」
「うにゃー、うにゃにゃにゃにゃっ」
ちょっと待て、俺は常時水属性の身体強化をしてるんだぞ。そんなのを水の中に入れたら魔法のコントロールが効かなくなって、
ブクブクブク
――溺れるだろうがーーーっ!!!
「あたしのパートナーになったんだから、ヘータも綺麗にしないとねー」
「死ぬーーー!」
その夜、俺はずぶ濡れで弱っていることをいいことに、新しくパートナーになった人間の少女に身体全身をまさぐられ、男としてのプライドをけちょんけちょんにへし折られたところでようやく水責めから解放され、心身共に疲労困憊する中、なぜか少女に抱きしめられたまま再び眠りについたのだった。
使い魔の契約【終】
第1章終わりで、明日、閑話を投稿して一旦終了です。
第2章の投稿は手元で最後まで書き上げてから投稿するので、しばらくお時間をください。