08
魔法陣は図形と古代文字の組み合わせで描かれる。古代文字とは歴史の黎明期に使われていたと考えられている古代語を記述するための文字のことだが、古代語はすでに失われていて現代では完全に読み書きできるものはいない。ちなみに、印は古代文字を手で表現したもので、やはりルーツは古代語につながる。
近年の研究により古代語の解読も少しずつ進み、魔法陣や印を部分的にアレンジすることが可能になってきたものの、大規模な書き換えや完全にオリジナルの魔法を作り出すには至っていない。
そういうわけで、古代語の解読や魔法の書き換えは、完全に最先端の技術で大学の研究所での研究レベルの内容なのだが、あたしは独学で論文を読みあさっているのである程度は古代語を解読できる。
子猫の描く魔法陣が普通の使い魔契約の魔法陣じゃないことに気づいたところから、あたしは持てる知識をフル活用してその意味を理解しようと努めた。断片的な解読結果から類推して得られたその意味は……
――隷属に関する記述を削除して、代わりにお互いを尊重し最優先で助け合うという記述を追加した……、のか。
本当に動くのかな、この魔法陣、と少し思ったが、もしも動くなら多分あたしにとってベストな魔法陣だ。使い魔のことを嫌っていたあいつに話しても、これならきっと納得してくれると思う。あたしは思わず胸を高鳴らせながら、子猫が持つ木の枝の先端を見つめていた。
やがて子猫は線を最後の1本まで引き終わり、小さなかまいたちを作って肉球を少し切ると、血の滲む足先を魔法陣の端に置いた。永続効果のある魔法陣に自らの魔力を教えるための手順で、使い魔契約の場合、主人と使い魔の両方の血を魔法陣に触れさせることで陣が起動する。
「にゃあ」
促すような子猫の鳴き声に、あたしはこくりと頷くと同じようにかまいたちで指先を切り、魔法陣の反対側に触れた。
「<発火>」
「<発火>」
あたしと子猫が同時に魔法の言葉を発すると、魔法陣は光を帯び始め、光が2人の身体を包み込むと、やがて光は収束し、魔法陣に触れるあたしの指と子猫の足を結ぶ1本の鎖となり、そして虚空へと消え去った。先ほどまで地面に描かれていた魔法陣も消え去り、再び辺りは静かな夕闇へと包まれた。
「終わった……の?」
指を地面から離して、あたしはその手を2度3度閉じたり開いたりとしてみたが、さっきみた鎖のようなものは影も形も残っていない。
「胸元を見てみ」
そう言われてあたしは襟を引っ張って胸元を覗きこんでみると、そこには見知らぬ刻印が刻まれていた。
「それが契約印だよ」
――この声は?
遅れて浮かび上がった疑問に顔をあげると、目の前にはさっきの子猫がさっきと同じ場所に座っていた。その胸にはやはり全く同じ契約印。
「はじめまして。よろしく、パートナーさん」
にゃあにゃあという子猫の鳴き声に被さるように頭に流れこんでくる声。それは紛れもなくさっき聞こえた声と同じで、あたしはさっきの言葉がこの子猫のものなのだということをようやく理解した。
「これは、使い魔の契約? でも、主人が使い魔の言葉が分かるようになるなんて話は聞いたことがないけど」
「これは使い魔の契約じゃないよ。元々は友情の誓いと呼ばれてた契約で、人間と竜の間でパートナーシップを結ぶ時の魔法さ」
「え、ちょっと待って。人間と竜って、神話時代の逸話じゃない」
「まあ、そうだね」
「なんであなたがそんなことを知ってるの?」
「さあ、なんでだろ。俺が気づいた時にはもう知ってたから、生まれつき?」
「生まれつきそんな遺跡級の魔法陣を知ってるなんて、どんな猫なのよ」
「……自分でもそう思うから否定はしない」