07
それから2人は日が暮れるまで戦い続けた。お互いに息をつく暇もなく魔法を打ち続けて、最後には息は切れ、目は霞み、足はふらつき、強化した身体ですらゆっくりとしか走れなくなっていた。
トスン
あたしは、ふらついた足を支えようと反対の足を踏み出したところで、足元に生えている草に足先を引っ掛けてバランスを崩して尻もちをついてしまった。
――しまった。
「にゃ……にゃあっ」
子猫は何かを言ってあたしの方へと向かって歩いてきた。尻尾は力なく揺れて、何か印を結ぼうとしているようだけれどもうまく結べないようだ。
対抗して印を結ぼうと思っても、あたしの腕にも力が入らなくて地面に突いた手を上げることができない。
コテン
あたしが足を引っ掛けたのと同じ草に子猫も足を引っ掛けてこけた。その拍子にあたしの膝に子猫の手がかかるが、滑ってゴロンとあたしの横に仰向けに転がってしまった。
「はぁはぁ」
「ふぅふぅ」
あたしと子猫はそのまま身動き一つせずにひたすら肩で息をしてじっとしていた。もう2人とも体力の限界だった。あたしも子猫と同じように仰向けに地面に転がった。
「くっくっ、ふふふ、ふふふふふ」
気がついた時には、あたしは声を上げて笑っていた。この家に来る時はすっかり気分が落ち込んでいて、新しい家に住むことに全く前向きになれなかったけれど、こんな子猫が住んでいる家ならきっと好きになれそうな気がする。そう思うと、ちょっと前まで悩んでいた自分が全くどうでもいいことについて悩んでいたような気がして、可笑しくなってきたのだ。
隣で土の上に寝たまま笑いこけている少女を見て、俺は不思議な気持ちになっていた。何でこいつはこんなに笑っているんだろう。何を考えているか聞いてみたい。だけど、人間の言葉が話せないし聞き取れない俺にはこいつが何を考えているか知ることはできなかった。
――いや、ないわけじゃないな。
話をするだけにしてはちょっと大げさだけど、相手がこいつならそれもありかもしれない。そう思った俺は、まだちょっとふらつく身体を起こして、その辺に落ちていた木の枝を尻尾で1本拾って地面に線を引き始めた。
ようやく笑いが収まったあたしは、子猫が起き上がって何かを地面に描いているのに気がついた。
――何をやってるのかしら?
あたしは力の入らない手足に力を込めて、身体を起こしてその様子を見た。月明かりに照らされたそれは見覚えのあるパターンを描き出している。
――魔法陣!
それもただの魔法陣ではない。それは使い魔契約の魔法陣だった。
――どういうこと?
使い魔契約というのは魔法陣を使って恒久的な効果のある魔法で主人と使い魔を結びつけるものだ。しかしその関係は対等ではなく使い魔が主人に隷属し、主人の命令に逆らうことはできない。当然、知能の高い生物は使い魔になることを嫌がるため、「有用」な知能の低い生物が使い魔として好まれるのだが、あたしはそういう考え方が嫌でまだ使い魔を持っていなかった。
だけど、この子猫は明らかに高い知性を持っている、どころの騒ぎではない。使い魔契約の魔法陣を諳で描ける魔法使いなんて学園の教授クラスだ。そんな高等生物が自ら隷属しようとしているなんてありえない。
――待って、これは使い魔契約の魔法陣じゃない!