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「大丈夫だよ。カインリルさんはハンセタール王国から来た医療チームがついてたし、きっと一晩たったらピンピンして学校に来るんじゃない」
「だけど、もし、もしも、万が一のことがあったら……」
「そんなこと、今から気にしてても仕方ないよ。それよりシチューでも食べる? 昨日の夜に作ったのがあるんだ」
「…………」
「マナ。とにかく何か口に入れて。君は自分が食べてないとどんどん落ち込んで這い上がれなくなる性格だって知ってるでしょ。……、食べないなら縛り付けてでも口にシチューをねじ込むよ」
「……、分かったよ」
あたしは観念したように頷いた。ミレイの言うように、カインリルのことを今ここで心配しても始まらない。あの時はぎりぎりで逸らしたから致命傷にはなってないはずだ。多分。
縛り付けてでもというのは比喩ではなくて本当にミレイが昔あたしにしたことだった。
ヘータが死んであたしが引きこもっていた時、ミレイはほとんど住み込み同然で世話をしてくれていたのだが、あたしが少し元気が出てきて反抗する気力が生まれた頃に、食事を拒否したのだ。
その時、一度ミレイが本当にあたしの手足を縛り付けて食べ物を食べさせたことがあった。そうしないと暴れて誰も近寄れなかったからなのだが、そんな汚れ役まであえて引き受けて、ようやくあたしに現実を拒否することを諦めさせてくれたのだ。
「ヘータはっ?」
ミレイが空になった食器を持って部屋から出て行こうとしたところで、あたしは朝起きた時に感じた違和感を思い出して呼び止めた。
いつもなら朝ヘータが腕の下から抜け出すときに一度目覚めるはずなのに、今日はそれがなかった気がする。それに、あの不快な米を炊く匂いも漂ってきていない。
「ヘータくん? そういえば昨日の夜から姿を見てないような気がするけど」
「どこ行ったか知ってる?」
「うーん。いついなくなったかも正直覚えてないから。ご飯は一緒に食べたんだけど」
なんだろう。胸騒ぎがする。ヘータ、どこ行ったんだよ。こんなときに……。
あたしは跳び上がって部屋のドアから廊下に出た。
「ヘータ? ヘータ?」
「ちょ、ちょっと、マナ!」
家の中の扉という扉を開けて中を確かめていく。屋根裏から床下の収納まで、どこを探しても見当たらなかった。最初は小さな不安だったものが、徐々に大きな不安へと成長してくる。
「マナ、マナ、落ち着いて」
「ヘータが、ヘータがいなくなっちゃった」
「大丈夫だよ。猫なんだからちょっと散歩に行ってるだけだよ、きっと。すぐに帰ってくるって」
「うん……」
ミレイはそういうけれど、あたしの不安は治まりそうになかった。
ヘータとはいつも喧嘩してるけど、あたしにとって全力で喧嘩しても大丈夫な相手なんてヘータしかいなくて、唯一包み隠さず全部見せても大丈夫だと思える相手で……。
そんな子猫がこの世にいるということ自体があたしにとっては不可思議で、いつ何時、突然消えてしまったとしても不思議ではないと思えてしまうのだ。だから、今も何かの理由で消えてしまって二度と会えないのではないかと思うと胸がキリキリと痛くなる。
あの時のヘータみたいに……
「どうしたの、マナ。泣いてるの?」




