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俺は猫×あたしは魔女  作者: 七師
親善試合<後編>
58/130

08

 奇跡的にマナは無傷だったが、精神的に大きなショックを受けてしばらくは起き上がることもできなかった。


 冬休みが明けて6年になってもマナは登校せず、寮の自室に引きこもったままだった。ミレイがお見舞いに行くと魂を失ったようにベッドの上に座り込んだまま、ご飯にも手を付けず痩せこけていたマナがいた。


 寮監や寮の友人によれば、ご飯を食べさせると抵抗せずに食べるが、数口食べるとすぐに吐いてしまうらしい。それを聞いたミレイはほとんど住み込みのようにマナの部屋に毎日押しかけて、マナの生活の世話を始めた。


 精神作用系の魔法を覚えたのもこの頃だった。マナを夜眠らせるために催眠魔法を使ったり、パニックになった時に精神安定魔法を使ったりするためだった。


 そうやって甲斐甲斐しく世話をしながら、ミレイはあの日何が起きたのか、少しずつ話を聞いていった。


 話の概要はこうだった。その日、マナとヘータの2人はある特殊な魔法の実験のために、2人の魔法を同調させようとしていた。同調とは同属性の魔法を2人で発動させ、暴走しないようにコントロールすることで、1人で発動させるのより魔法を強力にしたり複雑にしたりする技術のことだ。


 2人の魔法は始めのうちはうまく同調していたが、魔力を強めていくにつれて不安定になって、とうとう爆発が起きたのだ。マナは自分の失敗が爆発の原因だと信じていて、そのことで自分を責め続けていた。


 約半年後、春学期の終わり頃にようやく学校に復帰したマナだったが、心の傷は深く、以前見られたような明るさはなくなってしまった。代わりに頑なまでに練習に打ち込んで強さを求めるようになり、親しくしていた友人たちとも距離をおいて付き合うようになった。


 「あの日のことは最近まで夢に見て、夜中に飛び起きるって言ってたけど、君が来てからはその夢は見なくなったみたい。それに心なしか明るくなったような気もするんだよ。君のおかげなのかな」

 「にゃーん」

 「マナはね、あれだけ強さにこだわりがあるのに、いざ戦いになると絶対に本気を出さないんだよ。相手が死ぬかもしれないと思うと震えが止まらないんだって言ってた。だから今日の試合のせいでマナがどうにかなっちゃうんじゃないかって、僕は本当に心配なんだよ」


 適当に相槌を打ちながら聞いていたが、やっぱり人間語はどれだけ聞いても全く理解できない。原理はわからないけれど、多分音声言語の認識には遺伝的に専用回路が備わっていて、それを持っていないとどれだけ努力しても無駄なのではないかと思う。書き言葉なら苦もなく読めるのに。


 しかし、とにかく話し方からミレイがマナのことを本当に心配しているらしいということは伝わってきた。持ってきたボストンバッグの中身を見るに今日は泊まっていくつもりで準備もしてきたみたいだし、今晩はこいつにマナのことを任せておいていいかもな。


 なら、俺はもう一つの件の方のことに集中しよう。どうしてカインリルの鎧が動作しなかったのか。鎧の整備不良だったのか、あるいは誰かに故意に壊されていたのか。


 あの試合で鎧は途中まで正常に動作していた。なら壊されたのは試合中ということだが、鎧を壊すほどの魔法の発動は感じられなかった。おそらく時限式か遠隔操作式の魔法があらかじめ仕込まれていたのだろう。タイミングを考えれば遠隔操作式である可能性が高い。そうであれば犯人はあの時会場で観戦していたはずだ。


 マナが放った4連撃は当たり方によっては死んでもおかしくない。あの時はマナがとっさに寸前で魔法の威力を減殺していたしすぐに治療を始めていたから命に別状はないはずだけど、もし犯人の狙いがカインリルの暗殺だったら、……


 カインリルの命が危ない?


 俺はすっと立ち上がると、猫用の出入り口を通って廊下に出て屋根裏の窓の隙間から屋根の上に登った。いつの間にかもう日は暮れていて、あたりはすっかり夜の闇に飲み込まれていた。俺はそこから大きく体を広げて身を踊らせると、全力でカインリルの滞在先へと疾走した。


 カインリルの部屋は、邸宅の2階の1室だった。窓には鍵がかかっていたが、人目を確認してから魔法で解錠して部屋の中へと侵入した。


 間に合ったか。


 少年はベッドですやすやと寝息を立てていた。どうやら治療は完了して容態は安定しているようだ。痛々しく包帯が巻かれているが、これもそう遠くないうちに取れるだろう。


 俺は部屋の隅にある椅子の上、窓とドアの両方を同時に監視できるところに陣取って香箱座りで息を潜めた。暗い夜の部屋の中、月明かりに照らされなければ、全身黒の子猫に気づくものはそうはいないだろう。


 そういえば、例の鎧はどこにあるのだろう?

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