05
あたしは左手に火と風の攻撃魔法を結印しながら、隠した右手で水と土の攻撃魔法を発火させた。さっき防御魔法を左手で発火させたので、今度はそれを囮に使ったのだ。
「<発火>」
黒い毛並みの美しい子猫が土石を含む濁流に押し流されそうになった瞬間、子猫の周りに竜巻が巻き起こり、土石流を弾き飛ばして子猫を宙へと逃した。
――なんて速いの。
驚くべきことに子猫はあたしの魔法の発火を待ってから印を結んだのだ。防御魔法は単一属性でかつ偽装が不要だから攻撃魔法よりも圧倒的に速く結印できる。しかし、そうは言っても発火から攻撃があたるまでの間に結印を完了させられる魔法使いなんて聞いたことがない。
俺は竜巻の中で冷や汗をかいていた。
――やっべー。間一髪じゃん。
さすがに黒髪の少女の左手が囮だとは予想していたが、だからといって右手で何をやってくるかまでは予想はできないし、予想できても相手が魔法を発火する前にこっちが防御魔法の印を結んだら、相手がその印を見て攻撃魔法を変えてくることもできるのだ。
とはいえ、これがただ単なるスピード勝負というわけでもない。魔法の属性が分かるのは魔法が発火して魔力が高まった後なので、魔力が高まるまでの僅かな時間のロスがある。俺はその間に魔法の属性に関係ない部分の印を先行させて、属性がわかってから印に属性を与えている。これは通常の結印とは違う手順になって少し手数が増えるのだが、俺の結印速度なら十分に間に合うのだ。
ちなみにこのテクニックは攻撃魔法でも有効だ。俺の場合は体格的に印を隠しづらいので偽装を多用するが、有効な属性を結印の一番最後に持ってくることで相手の準備時間を少しでも減らすことも効果的なテクニックだ。
「だけどね、属性だけが魔法じゃないんだよっ」
俺は竜巻に守られる間に次の攻撃魔法の結印を完了させ、地上に降りた瞬間に発火した。
「<発火>」
魔法は土属性の単一属性魔法だった。俺は少女が木属性の防御魔法を発動させようとしているところを見てニヤリと笑った。
その瞬間、地面が揺れて、大きな地割れが走った。
「<発火>」
少女がそう唱えると、地面に木の根が現れて地割れを縫い付けるように地面を覆った。
「その攻撃、あたし、知ってるから」
そう、このパターンは昔、あいつによく仕掛けられて、そのたびにあたしは地割れの中に尻もちをつかされていた。頭からはすっかり忘れていたが身体が覚えていたらしい。魔法の発火の瞬間、ほとんど反射的に魔法の対象を変更して地面にぶつけたのだ。
――それにしても強い。
あたしは正直、子猫を前に舌を巻いていた。正直、あたしよりも魔法を使いこなしている魔法使いは学園の中でもそう多くいるとは思えない。学園の先生の中には理論重視で実技の能力の低い人もいるし 学生では高等部以下であたしがほぼ事実上のトップだし。そのあたしとここまで互角のやり取りをするなんて、なんて子猫なんだ。
改めてまじまじと見てみるが、外見は完全にただのかわいい子猫だ。短毛の黒くて艶のある毛並みを持ち、手足と尻尾が長くて、サファイアブルーの目がクリっと大きい。庇護欲をそそるその風貌からはその高度な魔法の技術は全く想像がつかない。
――だけど……
「どれだけ結印が速くても至近距離からの攻撃には耐えられるのかしらっ! <発火>」