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「どうしましたか?」
見かねた学園長がノルフレドに声をかけると、ノルフレドはようやく我に返った。
「す、すいません。あの、こちらの猫は何か特別な魔法生物なのでしょうか?」
「いえ、ただの子猫ですよ」
そう言って、マナは俺を持ち上げてノルフレドの目の前に突き出す。ノルフレドは助けを求めるように学園長の方を向いた。
「ええ。私も確認しましたが、本当にただの猫のようです。ただし、その子猫はゼオ・ウィルムの子どもと単独で戦って勝ったことがありますが」
「ええっ! どうやって!?」
今の驚きの声はカインリルだ。それにしてもあの試合は学園では結構有名だと思っていたのだけど、今まで聞いてなかったのか。さてはただの子猫だと思って情報収集してなかったな。
「単にもたもたしてるところを鉄球でぶん殴っただけよ。この子には普段身体強化をかけてるの」
「なるほど、身体強化……そんなことで……」
カインリルは何か考えたいことがあるのかそのまま黙りこんでしまったが、それよりもその隣にいるノルフレドだ。どう見ても顔色が悪い。しかし、カインリルが黙ってしまったことでなにか話さなければならないとどうにか口を開いた。
「そうですか……。そういうことでしたら……、私もこれ以上反対することもありません。ダメージ軽減フィールドなしで使い魔ありの条件でいいと思います」
そんなわけで公式にもダメージ軽減フィールドなしの試合が決まり、翌日にはそれが校内に発表された。
新聞の論調も校内の反応も、概ね中立という様子だ。以前の使い魔の騒動の時とは違う。ちなみに、校内の反応については新聞部が素早く学生にアンケートをとっていた。なんていうか、仕事早すぎだろ、新聞部。
否定的なのはカインリルに好意的な層で、短期間で急激に数を増やしたファンの人たちは、マナのカインリルに対する態度そのものに不満を持っているようだ。逆に肯定的なのはマナに対して好意的な層で、例の啖呵がかえって支持されていた。また、試合に緊張感が出るという意見もあった。
最も多い中立派は、このルールの変更が試合に影響することはないと考えていて、ただいつもの女王が例によって大立ち回りをして面白いことをしている程度の認識らしい。また、トルニリキア学園では、そもそもダメージ軽減フィールドを使う試合が少ないので、そのことの危険性はほとんど指摘されなかった。
「人のことを勝手に面白がって!」
そんなわけで、マナはミレイを捕まえて愚痴をこぼしていた。
「みんななんだかんだで君のことが好きなんだよ」
「なんで!? なんでそんな結論になるの?」
ミレイの正鵠を射ているような全然的外れなような返事に、マナは思わず叫んでいた。
「カルネさんが言ってたよ。マナの写真を1面に載せると売上が伸びるんだって」
「やめてよ~」
そんな2人のじゃれあいを聞きながら俺は、この件で大多数の学生が中立の立場をとるというのが、この学園の雰囲気を象徴しているのかもしれないとふと思った。
これがもっと身分制度がきっちりしている国、例えばハンセタール王国の王立プレミュール校なら、カインリルとマナの身分差が意識されてもっと感情的な反応が出てきてもおかしくない。さらに場合によっては公爵家に与するもの反するものの間で牽制のようなことも起きることもありうる。
トルニリキア学園では、個人主義、自由主義が浸透して、実力があれば身分や係累によらず自分で道を選んで社会で身を立てることができると信じられているからこそ、公爵家の次期当主に対して、優秀だというだけの後ろ盾のない庶民が不遜な態度をとったとしても、無関心という寛容さで受け入れられるのだろう。
「ヘータ、ちょっと癒してくれ」
「ぐぇっ」
そんなとりとめもないことを考えていると、突然マナに捕まえられて、胸の瘤で押しつぶされた。くっ、苦しいっ。死ぬ、死ぬっ。息が、肺がぁっ…………。




