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対するバドアスはというと、いつもと変わらずゼオ・ウィルムのオロンが使い魔だ。しかし、試合が始まった後はいつもと様子が違った。
「うまくなってるな」
「ええ、そうね」
あたしは相変わらずヘータの耳に口を当てたまま会話を続けていた。
「あの様子だと、結構連携を練習したわね」
「前の試合でマナに言われたことを結構気にしてたのかもな」
バドアスの戦法はあいかわらずオロンを攻撃の主体にして自分は支援に回るというやり方だったが、以前のように攻撃をオロンの自主性に任せるのではなく、バドアスが後ろから細かく指示を出していた。
オロンの知性ではどうしても攻撃のパターンが単調になってしまうので、意思決定を完全にバドアスの担当にしてオロンには機動力と正確性に集中させることにしたのだ。指示の伝達が大声で声を掛けるという原始的な方法なので相手に攻撃が予測されるという問題はあるが、オロンの攻撃には溜めが少ないので魔法の起動で印を結ぶのと変わらないと考えれば許容範囲と考えたのだろう。
さらにバドアスは、時折自分も積極的に攻撃に参加して、ほぼブレス1本槍になりがちな長距離攻撃に幅を持たせて防御魔法の狙いを定めさせないようにしていた。これも、以前には見られなかった戦い方だ。
「これで2位と3位の間にだいぶ差がつきそうね」
「1位との間は?」
「あたしとの差がこんなくらいのことで縮まるわけないでしょ」
そんなバドアスの工夫だったが、残念ながらカインリルにはほとんど効果はないようだった。
カインリルの戦法は極めて単純で効果的だった。それは、ただ空を飛んで頭上から魔法攻撃の雨を降らせるだけだった。
ペガサスは市場で取引される場合には極めて高価な魔法生物だが、それは単にレアなためにコレクションとしての価値が高いというだけではない。それ以上にペガサスは有用な生物でもあるのだ。その最大の利点はその卓越した飛行能力にある。
飛行ができる魔法生物は少なくないが、騎獣として使える生物で飛行が得意なものというと2つの頂点が存在することが知られている。それがワイバーンとペガサスだ。
ワイバーンは言わずと知れた亜竜の一種で、ウィルムとは違い空を飛ぶことに長けている種類だ。速度、航続距離、積載量の点で他の生物を圧倒していて、現代の用兵術においてワイバーン兵は非常に重要な役割を果たしている。
しかし、ペガサスはそれとはかなり趣を異にする。希少生物であるため現代の用兵術ではほとんど触れられることはないが、機動力、特に3次元方向の小回りでワイバーンを圧倒して、かつ地上走行能力も高いため、局地戦では極めて有用である。その上危機感知能力が高く、隠密行動も可能なため斥候としても優秀なのだ。
唯一の問題は、ペガサスは全く攻撃や防御手段を持たないため、騎手が3次元の複雑な操縦をしながら攻撃や防御にも意識を向けなければならないという点にある。もっとも、最大の問題はペガサスの入手が難しいという点なのだが。
「一方的だな」
「だね」
戦いは、ペガサスに乗ったカインリルが空から、バドアスとオロンが地上からお互いを攻撃するという形で進んでいた。火力では上回っているはずのバドアスとオロンだったが、空中を3次元で動けるカインリルに対し、地上で上を見上げながら走らなければならない1人と1頭はあまりにも分が悪かった。
「ヘータならどうする、この試合?」
「俺がバドアスならオロンの背中に乗って自分で飛行魔法を使うな。それで機動力の差は解消できる」
「あたしと同じね。攻撃はオロンのブレスとバドアス自身の魔法で火力的には遜色ないはずだから、後はバドアスが飛行魔法で飛行しながら攻撃魔法や防御魔法を呼び出すタイミングだけど」
「オロンの体格ならバドアス1人くらいなら背負ったまま滞空するくらいはできるから、うまく連携すれば空中で飛行魔法を中断しても墜落はしないはず」
そうこう話しているうちに試合の方は進んで、いいのが一発バドアスに直撃して倒されてしまった。走るときに足元を確認した隙をついて、カインリルが畳み掛けたのだ。その内の1発がクリーンヒットしたらしい。
「勝者、カインリル!」
その瞬間、審判の声が高らかに響き、場内は一斉に歓声に包まれた。




