04
目の前の人間が言葉を発した直後、俺の周りの地面が隆起して四方が土の壁でできた牢が出現する。
「<発火>」
俺がそう唱えるとどこからとなく水が現れて内側から土牢を押し流す。
「魔法使いだったとはね。じゃあ、これはどう?」
尻尾を素早く揺らして結ぶ印を偽装しながら魔法を起動すると、周囲の草木が伸びてきて魔法使いの少女の手足をしばって宙に釣り上げた。
「<発火>」
俺が追撃の魔法を呼びだそうとした瞬間、少女は魔法の言葉を発してかまいたちを呼び出し、手足の拘束を断ち切った。
――拘束されたまま魔法を呼び出すとは大したもんだな。
魔法を呼び出すには印を結ぶ必要がある。ほとんどの人間の魔法使いは両手で印を結ぶ。両手で結ぶほうが片手に与えられる役割が少なくなるので簡単で早くなるからだ。だけど、今の少女のように両手をばらばらに拘束されてしまうと印を結べなくなって魔法が起動できなくなってしまう。
しかし、目の前の少女はさっきから印を片手で結んでいる。正確には、5本ある指のうち2、3本だけで印を結んでいるので、腕を拘束されても、たとえ指を数本切り落とされても魔法を起動できる。
加えて、反対側の手では偽装の印を同時に結んでいて、どちらの手から発動するのか相手に詠ませないようにしているので、印を見て何が来るのかの予測が立てづらい。
「<発火>」
拘束は解かれたが、だからといって俺は攻撃の手をやめるつもりはなかった。すでに印を結び終わっていた魔法を発動して地面に着陸してバランスを崩している瞬間の少女を容赦なく追撃する。
呼び出したのは木で作られた手裏剣を風に乗せて飛ばすものだ。木と風の2つの属性を持った攻撃で、魔法で防御するにも適切な魔法を選ばないと逆効果になってしまう。さっきの木属性の拘束魔法が解けてなければ、相乗効果でより効果が高かったんだけどね。
風魔法で拘束を解いたあたしは目の前の黒い子猫に驚嘆していた。
――魔法が速い。
子猫は尻尾で印を結んでいる。それは実質1本指で印を結ぶのと同じ事だ。なのに指を3本使っているあたしと同じかそれより速い。しかも、印を結ぶときにフェイクの動きまでを入れて印を偽装している。学園の学生の中で自分より結印が速いどころか匹敵する速さの人すら見たことがないのに、この子猫の結印は指1本あたりの速度は3倍以上速いことになる。
――来た。これは木と風っ!
素早くあたしは左手に結んだ印を発火させ、一瞬で目の前に土の壁を作り出して子猫の魔法を受け止める。目視できないほどの速度で襲いかかった手裏剣は間一髪で土壁に突き刺さり、もろともに崩れ去って消滅した。
魔法の戦いは魔法の起動速度と相手の手の読み合いの戦いだ。魔法には属性があり、異なる属性の魔法がぶつかると互いに消滅し、同じ属性の魔法がぶつかると強いほうが弱い方を吸収するという性質がある。そのため、魔法を防御するときには余程の実力差がない限り攻撃魔法とは違う属性の魔法を使うのがセオリーだ。
その場合、もし攻撃側が単一属性の魔法を使ったら、ランダムに防御魔法を選んだ場合でも確率的に防御側が有利になる。しかし、複数属性の攻撃魔法を受け止めるには、どの属性とも異なる属性の魔法で防御しなければならず、確率は攻撃側に有利になる。
複数属性の防御魔法を使えば万能の盾になるように思うかもしれないが、複数属性の魔法は互いに干渉して消滅する可能性があるため、特に攻撃魔法の衝撃に耐えなければならない防御魔法ではリスクが高いと考えられていて、現実的には単一属性の防御魔法しか使用されない。そこで、防御魔法を使う場合、攻撃魔法の属性の見極めが必須となるのだ。
通常、この見極めは相手の印を目視して行う。しかし、この子猫は印の偽装をしているので発火するまでどの属性の魔法がわからない。だけど、発火するまで待っていると、どれだけ急いで印を結んでも防御魔法の発火よりも前に攻撃が当たってしまう。では、どうすればいいのか?
あたしの場合、この問題を右と左の両方に別の属性の印を結んでおいて、攻撃魔法の属性を見極めた瞬間にどちらかを選んで起動する技術を身につけることで解決している。苦労して片手印をマスターしたのはこのためだ。
しかも、今の場合は、その前の攻撃が木属性の拘束魔法だったから、それと連鎖させることを狙って木属性の攻撃魔法を投げてくることは予測できていて、木属性以外の土属性と水属性の印を後ろ手に隠した両手に仕込んでいたのだ。結果的に右左どちらを使ってもOKだったが、もし土属性の攻撃だったら右手の印を発動させる予定だった。
「やるね。でも、尻尾1本じゃ防御はどうなのかなっ? <発火>」
魔法の属性の話がややこしいですが、わかりましたでしょうか?
週末は更新をお休みします。次回更新は月曜日です。