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「でも、僕も興味あるな。ヘータ君の戦い方」
「心配しなくてもそのうち見られるわよ」
何やら意味深なセリフを吐いたマナだったが、結局その後、俺の出番はなかった。
それどころか、その次の日以降も俺の出番はなかった。模擬戦の時は、いつも俺は胸のところに座らせられて、マナの戦いを観戦していた。
模擬戦はいつも話にならないくらいマナの圧勝だったのだが、その中でも一番善戦した対戦相手は、例のオロンという中等部ナンバーワン使い魔を使役するバドアスという少年だった。
オロンはゼオ・ウィルムといってもまだ子どもなので、体高170センチくらいの大きさだ。それでも、中学生のマナやバドアスと比べれば十分大きい。バドアスの戦い方は、そんな強力な使い魔を最大限に生かすため、攻撃の主体をオロンに任せ、自身は後方から支援に回るというやり方だった。
バドアスとの戦いの時、マナはなぜか最初のうちは体術だけでオロンの攻撃を避け続け、時折バドアスが放つ魔法だけ魔法で防御していた。なかなか攻めきれず、むしろ遊ばれている様子に怒り始めたバドアスはやがてオロンに猛攻撃を指示した。
その瞬間、マナは素早くオロンの影に入ってバドアスの死角から風魔法を起動して、使い魔ごとマスターを吹き飛ばしてしまったのだ。
そんな調子で学園内で俺の力を披露する機会はいつまで経っても来る気配もなかったが、それに不満を抱いていたのは俺だけではなかったようだ。
初めのうち、マナの試合には観戦者で黒山の人だかりができていた。それはほぼ全員が俺の戦い方を見に来た学生たちで、中には先生や卒業生までも含まれていたそうだ。しかし、マナが一向に俺を試合で使わないでいるうちに、観客は徐々に減っていった。そして、それに反比例するようにある噂が流れるようになったのだ。
――あの子猫は何の能力もないただの子猫なんじゃないか。
――周囲の目を気にして形だけの使い魔をつけたんじゃないのか。
――自分さえ強ければ使い魔なんていらないと考えてるんじゃないか。
――ベルデグリの認定のために形だけの使い魔が欲しかっただけじゃないか。
ベルデグリというのは学園が認定する優秀な魔法使いの学生を指す言葉で、マナは先日これに認定されて専用の家が支給されたため、今の家に引っ越したのだ。使い魔の有無とベルデグリの認定とは全く関係はないのだが、たまたまタイミングが重なったためにそんな憶測まで流れるようになっていた。
そして、決定的になったのはある日の新聞で4ページも使って組まれた俺とマナについての特集記事だった。
その特集では、俺とマナの学園内での行動について克明に記されていて、俺が学園に登場して以来、たったの1度も特殊能力を使ったことがないと断言されていた。さらに、使い魔の契約は魔法生物でないただの猫とでも契約できることが使い魔研究の権威の署名入りで説明されていて、俺がただの猫であると結論づけられていたのだ。
このニュースは学園中に大反響を巻き起こした。学生たちは半ば公然と俺やマナの陰口を囁くようになり、試合の時にはあからさまに俺を試合に出すように挑発するものも現れた。最も、そんなことをしてもマナに勝てるものは誰もいなかったので無駄だったのだが。
「マナ、大丈夫?」
「何が?」
しかし、当の本人は相変わらずどこ吹く風といった様子で、騒ぎが大きくなるのを見かねたミレイがそう声を掛けてきても素っ気なかった。何を言われようともマナが中高等部合わせて最優秀であることに変わりはなく、誰も陰口以上のことをマナに仕掛けてこようとはしなかったからだ。
「みんな、最近、君のことをあまりいい風には言ってないみたいだよ」
「ほっとけばいいのよ。それより、ちょっとあたし、先生に呼ばれてるから」
「う、うん」
この呼び出しもどうやら俺の件に関してのことのようだ。先生の中でさえ、俺のことについてあまりいい感情を持っていない人がいるらしく、マナが担任に呼ばれて事情を聞かれることになったのだ。
俺も一緒に行って話を聞いてもよかったのだが、どうせいつもと同じ事を話すだけだと思ったので、マナとは別行動をして学園内を散策してみることにした。特に気になるのは中型以上の使い魔たちを学園内であずかっている厩舎だった。




