04
「ああ、それは猫の声だね」
「猫の声?」
「昨日契約したから、俺とお前が同時に聞いてる声は意味が理解できるようになったんだよ」
「へー。じゃあ、あなたも人間の言葉が分かるようになったの?」
「お前と一緒にいる間はな」
「なるほどね。……、ん? ってことは、さっきのぶっ殺すってのは?」
「ああ、あいつら、昨日俺がぶっ飛ばしてやった奴らだ」
「あなた、いろんなところで恨みを買ってるんじゃない?」
「知るか」
そんな話をしながら1人と1匹で並んで歩いて行くと、やがて朝霧の向こうから大きな河とそれに掛かる広い橋が見えてきた。橋の上には疎らに学生らしき人影が見える。クプア河と学園橋だ。
学園橋はクプア河をまたいでトルン市街とトルニリキア魔法学園の正門をつなぐ橋で、トルン最大の橋である。市街と学園を結ぶ橋は他にもあるが、学園橋以外はどれも細い橋で人が歩いて通る程度の幅しかない。なので、トルンで「橋」といえば普通は学園橋のことを指すことになっている。
「すごい。朝霧で向こう岸が見えないよ」
「まだ朝早いからな。この時間は大体いつもこんな感じだ」
「あたし、こんな時間に橋を渡ったことなんてないから、初めて見た」
これまでずっと寮暮らしで、通学は学園の敷地内を往復するだけで橋を渡ったりしないから、朝の学園橋の様子を見たのは本当に初めてだったのだ。
トルンは雨のほとんど降らない街だ。普通ならそんな場所には植物も生えないし人も住めないのだが、この辺りは代わりに朝夕に霧がかかってそこから植物は水分を取っている。また、街の中を流れるクプア河は生活用水や農業、工業用水として利用されている。
そういうことだから、朝霧に包まれたクプア河に掛かる学園橋というのはトルンの街のシンボルでもあるのだ。
橋の中程まで歩いてくると、前も後ろも霞んで両岸がほとんど見えなくなってしまった。
「まるでミルクの海に浮いてるみたい」
「ほんとだ。これはすごいな」
あたしは初めての光景に思わず足を止めて、橋から身を乗り出してその景色を堪能した。それは本当に幻想的で、自分の体重が羽のように軽くなって、身体が霧に溶けていくような錯覚を覚えるほどだった。
「おい、マナ。時間はいいのか?」
「えっ?」
不意に掛けられた子猫の言葉に、あたしの意識は現実へと引き戻された。
「あ、いけない。今日は用があったんだ」
時計を見て時間を確認したあたしは、ヘータを抱きかかえると早足で歩き始めた。
「お、おい。俺は歩けるぞ」
「うるさい。学園に入ったら話しかけるのは控えろって言ったでしょ」
「ちっ」
その状態のまま橋を渡りきってやたら荘厳な校門を抜けると、教室に向かう前にまず事務室へと向かった。ヘータを使い魔として学園に登録するためだ。これをしておかないと魔物が学園に侵入したとなって騒ぎになるかもしれない。まあ、子猫を見て魔物だと思う人なんていないと思うけど。




