01
「けっ、人間なんかに捕まるかよ」
俺は大声で喚きながら追いかけてくる中年男を尻目に家と家の隙間の細い抜け道へと駆け込んだ。あの図体でこの隙間に入ってくることは物理的に不可能だ。
ここはトルン。国中の魔法使いが集まってくる魔法都市として有名で、街の北側には国内最高の魔法使い養成機関であるトルニリキア魔法学園を擁する。と言っても、住民のすべてが魔法使いというわけではなく、むしろ大半の住民は普通の人間だ。もちろんさっきの中年男も。
「今日の飯はあじの塩焼きにするかなー」
中年男を巻いた俺は適当な足場から壁を駆け上がって、日当たりの良い屋根伝いに、今日の献立を考えながら歩いていた。調味料はまだ何も切れていないし、あじはさっき中年男の店からかっぱらったものがある。米はまだ残ってたかな?
ところで、言い忘れたが、俺は猫だ。いつから俺が猫をやっているのかあまりはっきりした記憶はないが、少なくともまだ1年は経っていないはずだ。つまり、まだ俺は世間的には子猫ということになっている。だが、俺としてはそこらへんにいる子猫どもと一緒にされるのは心外だ。なにせ……
「見つけたぜ!」
「お?」
考え事をしていると、前方に猫が20匹くらい群れをなして現れた。
「この間はよくもやってくれたな。今日はたっぷりお礼をさせてもらうぜ」
群れのリーダーっぽい猫は尻尾の途中から毛が抜けてはげてしまっている。その他の猫たちもどこかしら毛が抜けたり古傷があったりして綺麗ななりの猫は一匹もいない。
「やれやれ。猫といえば独立独歩が美徳だっていうのにお前たちときたらすぐに群れやがって気色の悪いやつらだな」
「うるせぇ。そういうことは俺たちに勝ってから言いやがれ」
リーダー猫がそう言って合図をすると、20匹の猫が一斉に襲いかかってきた。
「はんっ、やり方がワンパターンなんだよっ」
俺は口にくわえていたあじを足元に置くと、戦いであじを潰してしまわないように自分の方から20匹の猫を迎え討つように駆け出した。
「なっ」
「遅い!」
ドンッ
この数の差を前にしてまさか自分の方から飛び込んでくるとは思っていなかった猫たちは、俺の突進にぎょっとして一瞬動きがとまり、その隙に俺は目の前にいた猫に体当たりを仕掛けて威勢よく吹っ飛ばした。
「このっ」
「よくもっ」
我に返った猫たちが俺を取り囲むように向きを変えていざ飛び込もうとする瞬間に、俺は尻尾を一閃して最前列でいきり立った猫たちの体重のかかった前足を薙ぎ払ってやった。
「おわっ」
「ちょっ、邪魔だ」
「いてぇっ」
一斉に飛びかかろうとしたところで突然前列が崩れたため、後列にいた猫たちまで前列の猫に足を取られてしまって全員が共倒れになってしまった。俺はそいつらを軽く飛び越えて振り返ると尻尾で素早く印を結んで特別な言葉を口にした。
「<発火>」
その瞬間、一陣の強風が俺の前を駆け抜けて、横たわる20匹の猫をまとめて吹き飛ばしていった。残されたのは元と変わらない静寂のみ。俺は一声「にゃあ」と鳴いてあじを拾い、再び歩き始めた。
そう、俺はただの子猫ではない。魔法が使える猫なのだ。
いくらトルンが魔法都市とはいえ、魔法を使える猫なんて俺自身他に見たことがない。どうして俺が魔法が使えるのかなんてどれだけ考えても心当たりはないが、とにかくこの能力のお陰で外を歩くとしょっちゅう血の気の多い連中に絡まれることになる。そのたびに叩きのめしてやっているのに懲りない奴らだ。
それから、魔法が使えることと関連しているのか分からないが、俺の知性は普通の猫の水準をはるかに超えているようだ。人間の話す言葉はいまいち聞き取りづらくてよくわからないが、文字は問題なく読めるしその気になれば尻尾で書くこともできる。そのせいか、周りの猫たちがバカに見えて仕方がない。
「よっ、ほっ」
そんな俺の住処は大通りから一本離れたいわゆる高級住宅街に立つ庭付きの1軒屋だ。といっても、別に誰かに飼われているわけではない。空き家だ。俺がこの世界を認識した時からずっとそこに1匹で住んでいる。
あじの塩焼きのことを考えながら、いつものように屋根の上を飛び移りながら俺の家に差し掛かった俺は、いつもならありえない光景を見ることになった。
「何で人間がこんなところにいるんだ!?」
人間の少女が1人に大人の男が2人、箱に詰められた荷物を次々と俺の家へと運び込んでいたのだ。
とりあえず、第1章は書き上げました。反応を見て続きを書くかを決めようと思っています。続きが読みたいと思ったら、ぜひポイントを入れるか感想をいただくかしてください。よろしくお願いします。