凄腕盗賊のお値段 【リュカ】
「あなた方は、騙されているんです」
馬車の中で、今日もテオは絶好調だった。
「あの男は言葉巧みにお客の不安をあおり、自分に依存させ、宝石を売りさばく悪徳霊能者です。宝石商とつるんでいるのでしょう」
テオは、ドロ様は詐欺師なのだと言い張っている。
「もう一度言います、あの占い師の言いなりに仲間を増やすのは反対です。あの男にとって都合がいい、無能者を紹介されかねません」
「アレッサンドロさんはそんな人じゃない!」クロードが強い口調で否定する。
「第一、勇者が敗北したらこの世は終わる。自分の為にも、最善の人物を紹介してくれるはずだ」
「あの男が有能と思い込んでいるだけかもしれません。仲間にする人間の技量は、精確に見極めなくては。魔王に『百万ダメージ』以上を与えられる人間のみを仲間に加えるのです。無能者は要りません」
「う」
そこで、クロードは、黙りこむ。
今のは……クロードにはきついわよね。今日もアタシは目隠ししてるから何も見えないけど、鼻の頭を赤くしてうつむいているんだろうな。
「わかったわよ、テオドールさん」
アタシは強い口調で言った。
「仲間候補には、みんなが先に会って。みんなが反対するような人なら、アタシは対面しないようにする」
「それが無難ですね」と、テオ。
「でも、どんな細心の注意を払っていても、事故ってのもある」
「事故?」
「ポロッと目隠し外れちゃうとかで、アタシがうっかり萌える事、あるかもしれない」
「事故は未然に防ぐべきです」
「うん。でも、萌えちゃったら、もう取り返しはつかない。どうしたって、その人、仲間入りでしょ? そうなったら仲間の技量がどうのと責めないで、仲間として受け入れて欲しいんだけど」
「そうですね。相手の技量不足を責めるより、多少なりとも活用する方法を考える方が建設的ですね……了解しました」と、テオ。
「サンキュウ……」
アタシの右耳の側で、聞き取れるか聞き取れないかの小さな囁き声がする。
クロードったら。鼻の頭は真っ赤なんだろうな。
馬車が止まった。
ドロ様の占いの館の前に到着したみたい。
ジョゼ兄さまがアタシの手を取る。目隠しをしたアタシを、外へと連れて行ってくれる。
昨日、来た時は夜だったけど、今は昼前だ。
ざわざわと街の音がする。
物売りの叫び声。女性達の会話。荷馬車の音。
そんな音がどんどん小さくなってゆく。表通りから横道に入ったようだ。占いの館は狭い通りにあるっぽい。
しばらく歩くと、アタシの体にドンと軽い衝撃が走る。
「ごめんよ〜」
子供の声?
子供がぶつかってきたのかな?
「あ! 痛たたたたッ! 何しやがる!」
ん?
アタシのすぐそばで、ジタバタと地面を蹴る音がする。
「離せ! 離しやがれ!」
子供が叫んでいる。
「だめだ。返しなさい」
アランの声だ。
「返すぅ? 何をさ?」
「とぼけても、駄目だ。盗ったろう?」
「ぎゃああああ、やめろ! 返す! 返すから、やめて!」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! もう許して、痛いよぉ〜」
一体、何がどうなってるの?
アタシは、ちょっとだけ目隠しをズラした。
蛮族戦士スタイルのアランが、十二才ぐらいの子供を左腕だけで背後から締めつけていた。
汚れたシャツとズボンの、痩せた子供だ。半泣きになっている。
「にーちゃん、出すから、手をゆるめて」
「少しだけだぞ」
子供がシャツの胸元から、珊瑚のペンダントと金袋を取り出した。
どっかで見たような……
あ。
アタシのだわ。
「ちぇっ、おマヌケな貴族がいると思ったのに……素っ裸の奴隷のにーちゃんが護衛だなんて、サギくせえ」
「裸ではない」
アランが頬を赤く染める。
「災厄除けスタイルなのだ」
「バカ言ってんじゃねえよッ! 貴族に変なカッコーさせられて! あんた、バカだろ!」
「バカ? 初対面の年長者に失礼だぞ」
アランにギューと締められて、子供がぎゃ〜〜と悲鳴をあげる。
「スリですね!」
メガネの奥から、蔑みの目でテオが子供を見下す。
「警備兵につきだしましょう」
子供の顔色が変わる。
「いいわよ、別に」
子供の服は汚れているし、髪の毛はボサボサ。目ばっかり大きくって、痩せてるし。
「アランのおかげで何も盗られなかったし。離してあげましょうよ」
「犯罪者を見逃すんですか?」と、テオがおっかない顔でアタシを睨む。
「いいでしょ。犯罪は未然に防がれたんだから」
「防がれてません! 窃盗は行われました! 盗難品を奪い返しただけです!」
「だけど、実際、被害にはあってないでしょ?」
「ここで何の咎めもなく放つのは、単なる偽善です。この子供は、あなたの甘さを嘲笑いながら、別所で犯罪を犯すに決まっています」
「決めつけるのはよくないわよ。反省して、もう二度としないかもしれないじゃない」
テオは一瞬、喉をつまらせ、それから声を張り上げた。
「馬鹿ですか、あなたは!」
馬鹿……って……
「ねえ、テオドールさん。アタシは良いって言ってるのよ」
「ささいな悪の芽でも見逃せば、巨大な悪を生み出します。いいですか、犯罪者というものは再犯を繰り返しやすく」
「あ〜 も〜 うるさい!」
アタシは声を荒げた。
「盗られたアタシが良いって言ってるの! 横から、ごちゃごちゃ、うるさすぎよ、あんた!」
テオが目を丸めてアタシを見つめる。アタシが切れたんで、びっくりしたみたいだ。
「アタシはいいとこのお嬢さまだったし、お師匠様に引き取られてからだって大事にされてきたわ! あんただって貴族でしょ! その日の暮らしに困った事なんか、一度もない! そんなアタシ達が、この子の将来を奪っていいわけないわよ!」
テオが茫然とアタシを見つめ、それからうつむいた。
ジョゼ兄さまは、よく言ったって感じで頷いてくれた。
クロードはアタシににこやかな笑顔を向けていた。けど、アタシの視線に気づくと鼻の頭を染めてそっぽを向いた。『た、たまには格好いい事、言うなって、ちょ、ちょっと感心しただけだからな』とか、もごもご言ってた。
お師匠様は、いつも通りの無表情。
「アタシの物、取り返してくれてありがとう、アラン」
「いいえ、役目を果たしたまでです」
蛮族戦士が照れたように笑う。
「その子、離してやってくれる?」
「わかりました。おい、おまえ、二度と、この方に害をなすなよ」
アランが含めるようにそう言ってから、子供から太い腕を離す。
子供は、アタシやアラン、テオへと視線を動かし、それからアタシに視線を戻した。
「ま……礼は言っとくよ。サンキュウ、おねーちゃん」
アタシはかぶりを振った。お礼を言われるようなことは、何にもこの子にしてあげてないし。
子供は、ライトブラウンのショートヘアーで、痩せて汚れてはいるけれどもかわいらしい顔をしていた。大きなヘーゼルの瞳は、小鹿のようだ。
女の子みたいにかわいい顔が、ニッと笑う。
「あんた、ガキすぎて、お色気のかけらもないけど……気立てはいいよね……おまけしてやらあ」
おまけ?
何をする気なのか問う暇すらなかった。
子供は風のように走り、すれちがいざまにアタシの頬に軽く唇を合わせていったのだ……
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと九十三〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
それからが、たいへんだった。
駆け抜けてゆく子供に、ジョゼ兄さまが殴りかかり、クロードが杖を向けた。
しかし、子供は二人を楽々とかわした。
で、笑いながらジャンプしようとしたんだけど……見事に転んだ。
足に杖を投げつけられ、バランスを崩しだのだ。
クロードの手から杖を奪い、投げたのはアラン。
子供は、またしても、アランに逃亡を阻止されたのだ。
んでもって、アランが再び子供を羽交い絞めにする。
兄さまは子供をぶん殴りたそうだったけど、それはアタシが止めた。
ジョゼ兄さまが本気で殴ったら、その子、死んじゃうし。
「ジャンヌはその子供に萌えた。それはもう仲間だ、手は出すな」
と、お師匠様も兄さまを制してくれた。
再び目隠しをしたアタシは、ジョゼ兄さまに手をひかれ、占いの館のドロ様のお部屋に連れて行かれた。みんなも、スリの子供も一緒だ。
「ようこそ、占い師アレッサンドロの館へ、勇者さま、賢者さま、お仲間のみなさま。何だ、リュカ、おまえも一緒なのか?」
リュカ?
ここにはアタシ達しか居ないんで、目隠しは取っていい事になった。
テーブルのとこに、ドロ様が座っている。
スリの子供が、顔を布でゴシゴシと拭いていた。
子供の背後にはアラン。逃がさない為かな?
「なるほど……強い大きな星に惹かれちまったわけか。フフッ、お嬢ちゃんに魅せられた星……一つは、おまえだったのか」
「ドロ様、この子と知りあいなんですか?」
と、アタシが尋ねると……
「ドロ様ぁ?」と、ゲラゲラとスリの子供は笑い、
「お嬢ちゃん……アレッサンドロなら、愛称はアレとかアレックスじゃねえか?」
ドロ様はやめてくれと、ドロ様がちょっぴり苦々しい笑みを浮かべる。
う〜ん、確かに、そうなんだけど、アレックスって顔じゃないのよねえ。ドロ様のが、しっくりくる。
「このガキの親父と、ちょいとした知り合いでね……顧客の一人でもある」
しつこく笑い続ける子供を、ヘッドロックしながらドロ様が言う。
「ったく、わけわかんねえ」
ドロ様の腕から逃れた子供が、テーブルに布と化粧落としの瓶を置く。ドロ様に借りたモノのようだ。
あれ? やつれた感じがなくなった。
細いことは細い。けど、肌は日焼けしてるし、顔はイキイキしてる。健康そうだ。
「この女についていかなきゃいけない気がする。本気で逃げようって気になんねえ。どーいう事?」
子供の質問に、ドロ様がフッと男くさい笑みを浮かべて答える。
「運命の星に出会ったのさ。その巨大な星を守り、共に戦うのが、おまえさんの宿命……」
「うさんくさいお告げはいらねえ。真実だけ教えてくれ」
「リュカ、ようするに、おまえは、勇者さまの仲間になったんだよ。魔王戦が終わるまで、おまえは勇者のしもべとして働く運命となったのさ」
リュカと呼ばれた少年が、眉をしかめ、アタシをジロリと睨む。
「あんたが勇者なわけ?」
「ええ、勇者ジャンヌよ」
「オレを何日、拘束する気?」
「魔王戦は九十五日後よ。その日に、一緒に戦ってもらうわ」
「九十五日後ね……今日も含めると九十六日もオレを拘束するわけだ」
リュカがニッと笑う。何というか……ふてぶてしい表情。
「オレ、一流なんだ。高いぜ?」
「へ?」
「そうだな……日当は一万にまけてやる。その代り食事と宿代はあんた持ち。仕事の分け前は、七三でどう?」
「七三?」
「お宝の分配だよ。あんた七でオレ様が三。冒険途中で宝箱との出会いもあるだろ?」
リュカが胸元に手をあてた。
「大盗賊ギデオンの跡取りを抱えるんだぜ? それ相応のモノ、払ってもらわなきゃな」
大盗賊ギデオンの跡取り……?
「そいつが優秀なのは本当だよ」
フフッとドロ様が笑う。
「ギデオンに仕込まれたから、錠前破りはお手のものだし、スリの腕もなかなか。ダガーで戦っても強いぜ。軽業師みたいに身軽だから、お貴族様の御屋敷にも難なく忍びこめる。若いけど、超一流の盗賊だ」
「完全に犯罪者じゃないですか!」と、叫んだのはテオだった。
「警備兵につきだすべきだったんです!」
リュカは、そんなテオをフンと鼻で笑った。
「もう遅いよ。オレ達仲間だろ、メガネのお坊ちゃん。お貴族さまなんだっけ? オレが牢屋に入ったら、勇者様が困るぜ。九十五日後に戦力が減っちゃうもん」
テオが唇を噛みしめて黙る。
黙る代わりにアタシを睨む。
『見た目に騙されて、犯罪者を仲間にして! 本当にあなたは馬鹿ですね!』と、その目は主張していた。
しょうがないじゃない、萌えちゃったんだから……
「盗賊は、仲間にいれば心強いジョブだ」
と、お師匠様。
「その素早さを生かして情報を集めてもらってもよいし、勇者や仲間達の装備を探す旅に出てもらってもいい。盗賊がいれば我々の旅は楽になるだろう」
「お。わかってんじゃん、おにーちゃん」
リュカは明るく笑って、お師匠様の背中をバンバン叩いた。
う。
さすがに……
周囲の空気が凍る。
賢者様にその態度は……
アタシはごくりと唾を飲み込んだ。
お師匠様はいつもと同じ無表情で、リュカを見つめる。
「だが、おまえやアレッサンドロが言うほど、優秀なのか疑問ではある。おまえはアランに捕まったしな」
「捕まったのは、生まれて初めてだよ!」
リュカが声を荒げ、背後を指さす。そこにはアランがいる。
「この露出狂、バカだけど、ハンパなくすごいよ! 刹那のスリ技を見切って、神速のオレ様を二度も捕まえたんだから!」
「露出狂ではない!」
アランにぎゅっとされ、リュカは悲鳴をあげた。
マッチョなアランに背後から強く抱きしめられる、小柄なリュカ。
これって何か……
ちょびっと危ない感じ……
アラン、ほぼ裸だし。
ドキドキしちゃう。
「わかった! 取り消す、露出狂じゃない! 厄除けスタイルなんだよな!」
「わかれば、よろしい」
アランが手を離し、リュカが転げるように腕から逃げ出す。
つかまれてた体をさすりながら、リュカが不審そうにアランを見る。
「その厄除けスタイルって……もしかして、すすめたの、そこのモジャ髪男か?」
「アレッサンドロ殿の勧めだ」
アランが右手を握りしめる。
「おかげで、運気が上昇し、勇者仲間となれた。アレッサンドロ殿の言う通りにしてよかった」
「な、わけねーだろ!」
「そんなわけないでしょ!」
二つの声がハモる。
「あんた、この占い男にだまされてるんだよ!」
「あなた、この占い師に騙されているんです!」
ほぼ同時に叫んだ二人は、顔を見合わせ、フンと反対方向を向いた、
仲が悪いわねえ、リュカとテオ。
気は合ってるけど。
そんなわけで、アタシはリュカを雇わなきゃいけなくなった。
報酬は魔王討伐後って言ったら、『駄目。あんた、魔王戦で死ぬかもしれない。とりはぐれるのはヤだから、その前にちょうだい』って言われた。
かわいくなーい!
おばあ様に頼むってジョゼ兄さまが言ってくれたけど、断った。兄さまのおばあさんに払ってもらうのは、筋違いだと思う。
で、これから、リュカも連れて、ドロ様の案内で仲間候補の二人に会いに行く。
魔王が目覚めるのは、九十五日後。
今日の分も含めた日当分が九十六万ゴールドかぁ……
どーしよう。
* * * * *
『勇者の書 101――ジャンヌ』 覚え書き
●男性プロフィール(№007)
名前 リュカ
所属世界 勇者世界
種族 人間
職業 盗賊
特徴 明るくて生意気。
スリも錠前破りも泥棒も一流みたい。
今まで捕まった事はなかったのに、
アランに二度も捕まった。
アタシのほっぺにチュしやがった。
戦闘方法 ダガー
年齢 十四
容姿 ライトブラウンのショートヘアー
ヘーゼルの瞳(緑がかった茶色・淡褐色)
小柄で細いけど、日焼けしてて健康そう。
口癖 『バカだろ!』
『あんた、だまされてるんだよ!』
好きなもの お金
嫌いなもの 警備兵
勇者に一言 『オレ、一流なんだ。高いぜ』