天才魔術師、現る? 【クロード】
アタシは『異性しか仲間にできない勇者』って、事にした。
バカ正直に『百人の伴侶を探してる勇者でーす! 男の人、集まってくださーい!』なんて言ったら……
問題ありすぎだもんね……うん。
今日は、お師匠様の移動魔法で、魔術師協会に行く。
ジョゼ兄さまも一緒。外出時には、金髪のくるんくるんのカツラを被る。外出着も貴族らしく派手。
兄さまは美男子だけど濃い目の顔だから、似合ってるか微妙なのよね。特に、金髪のカツラ。
正直にそう言ったら、俺もそう思うとの答え。
着けたくないんだけど、被らないとおばあさんがうるさいんだそうだ。
「全身美容、化粧、爪の手入れで、毎日、何時間も拘束される。男の見目などどうでもよかろうに。貴族は実にくだらん」
身軽な格好で、一日中、格闘の修行がしたい、と兄さまはため息をついた。
魔術師協会の広間には、協会長が有能な魔術師を集めておいてくれるって話。
で、ワクワクして行ったんだけど……
期待はずれ!
萌えなきゃ仲間にできないのよ!
広間に居るの、ヨボヨボのおじいさんばっかじゃない!
しかも!
渋〜い、かっこいいおじい様ならばともかく……
頭が薄い人とか、太った人とか、ガリガリだとか……
無理! 無理! 無理!
萌え要素なさすぎ!
もうちょっと若い方いません? って協会長さんに聞いてみた。白髭の、見るからに魔術師っておじいさんだ。
「では、五十代の魔術師を」
いやいやいやいや!
「できれば、十代! 無理なら、二十五以下で!」
十六のアタシの伴侶だもん、年が近い方がいいよ。
すっごくすっごく格好よければ、オジさん、おじいさんでもいいけど。
「そんな若い魔術師では、ろくな魔法が……」
と、言いかけてから、おじいさんはポンと手を叩いた。
「いや、一人おりましたな、若くて優秀な者が」
お?
「まだ正式な魔術師ではないのですが、たいへん才のある男性です。十年に一人、いえ、百年に一人現れるか現れないかの逸材です、天才です」
おお!
「魔術師学校の高等部の学生なのです。十八歳の若輩ですが、たいへん優秀で、もう一通りの魔法が使えるようです。魔力も豊富ですし、きっとお役に立つでしょう」
おおお、十八歳!
「由緒正しい侯爵家の嫡男で、剣技にも優れた、礼儀正しい方で……」
おおおおお!
お師匠様にねだって、魔術師学校に移動魔法で跳んでもらったのは言うまでもない。
跳んでった先は、校長室だった。
侯爵家の貴公子さまのクラスは、授業中だった。
そのへんをぶらぶらして、時間を潰す事にした。
山ん中にひきこもってたから、学校も十年ぶり。
ちょっと中を歩いてみたかったの。
廊下は、天井も床もツルツルのピカピカだった。何処かに魔法の光源があるらしく、窓もないのに、やけに明るかった。
授業中なんで、廊下には生徒はいなかった。
玄関の脇から隣の校舎に向かう、渡り廊下にさしかかった時。
元気な声が、校庭の方から聞こえた。
「ファイあー」
「ファいヤー」
「ふぁイアー」
花壇の向こうで、横一列に並んだおチビちゃん達。手に構えた棒を前へとつきだし、呪文を叫んでいる。
十才ぐらいのクラスだろうか。全員、地味な灰色のローブ姿。
「集中! 集中!」
子供達の後ろを歩いているのは、先生だろう。ローブは黒で、杖頭に宝石のついた立派な魔術師の杖を持っている。
中には、前方にちっちゃな炎を発生させてる子もいる。一瞬だけで、すぐ消えちゃうけど。
列の端っこに、子供じゃない人がいる。
子供達と同じ灰色のローブを着てる所を見ると、お手本を見せる先生ってわけじゃなさそう。
右手に持ってるのも、木を削っただけの杖だし。
「ファイアー!」
かけ声は立派なものの、前方の空気はただゆらめくだけ。熱は発生しているようだけど、炎となっていない。
ローブのフードから髪が、こぼれる。めったにいない特徴的なあの髪の色は……
「ん?」
「あ?」
アタシとジョゼ兄さまは、同時に声をあげた。
「クロード?」
どう見ても子供じゃない生徒が、アタシ達の居る渡り廊下へと顔を向ける。ストロベリーブロンドの髪に、緑の瞳、すらりとした鼻、形のいい唇。
ちょっと見、女の子みたいなかわいい顔。だけど、
「ゲ」
顔に似合わない声を漏らし、
「ジャンヌに、そっちの金髪はジョゼかよ? どっからわいて出たんだ、おまえら!」
と、乱暴な声でアタシ達を怒鳴りつける。
間違いない。
クロードだ。
アタシ達が子供の頃、よく遊んだお隣さん。
オジさんがパパの商売仲間だったんで、家同士の付き合いだった。
先生は授業を中断した。アタシ達の中にお師匠様が居たから、敬意を表したみたい。知らなかったけど、お師匠様のローブは賢者専用のモノらしい。髪と同じ白銀色。綺麗だとは思ってたけど、特殊装備だったのね。
先生も子供達も目を輝かせて、お師匠様に群がる。
あのぉ……
勇者はアタシなんですけど……
無視ですか……?
アタシとジョゼ兄さまの前には、クロードしか来てくれなかった。あとは、様子をうかがっている子供が数人。
クロードが、フードを外し、ボリボリと頭を掻く。あいかわらず、綺麗なストロベリーブロンドだ。うらやましい。
「ジャンヌ、おまえが人里に出て来たって事は……魔王が現れたってわけだな?」
勇者見習いとして家を出る前、アタシはお隣のクロードにもお別れを言った。
『おまえが勇者? 嘘だろ! 最悪。この世はもう終わりだな』と、クロードは呆れたように言った。
『魔王が現れるまで、山ン中にこもるのかよ? へぇ〜 ま、おまえみたいなバカのお守り、あきてたし。せいせいする。とっとと、行っちまえよ』
クロードはそっぽを向きながら、憎まれ口をきいて、アタシを送ったんだ。
よく覚えている……
「昨日、手紙を出しておいた」
ジョゼ兄さまが、背後からいきなりアタシを抱きしめる。
「昔、伯爵家にひきとられる時、約束したものな。ジャンヌが勇者として旅立つと知ったら、おまえにも教えてやると」
兄さまが、すりすりと顎をアタシの頭に押しつけてくる。ちょっと痛い。
「この通り、俺のジャンヌは勇者となった。これから共に魔王退治の旅をするのだ」
「ふーん、そう。……あいかわらず、仲いいわけだ、おまえら」
クロードが、アタシと兄さまに順にジロジロと見る。そうね、昔と一緒。兄さま、スキンシップが好きなのよね、やたら、アタシにくっついてくる。
「まあ、一応、礼を言っとく。約束通り、知らせてくれてありがとな。けど、オレ、今、寄宿舎住まいなんだ。めったに家に帰らない。手紙、多分、半月先ぐらい気づかなかったと思うわ」
「別に構わん」
ジョゼ兄さまが偉そうに答える。仲が悪いわけじゃないんだけど、この二人、昔っから、ちょっと喧嘩腰なしゃべり方するのよね。
「魔王の出現、知らないの?」
と、尋ねると、クロードが唇をとがらせた。
「あったりまえだろ、バーカ。百日間、魔王は寝てるだけで、何も悪さをしないんだ。国のトップは、当分、事実を隠ぺいする。今、広めたところで、国民の不安を煽るだけで何の実益もない」
「なるほど」
クロードが、フンと鼻で笑ってアタシを見る。
「あいかわらず、バカだな。ちょっと考えれば、子供だってわかるのに」
む。
一方的にバカバカけなされるのも面白くないんで、こっちから質問した。
「何で、子供のクラスに混じってたの?」
クロードがグッと喉をつまらせ、鼻の辺りを赤くする。
「べ、べつに、どーだって、いいだろ! おまえに関係ないし!」
なんだ、昔から変わってない。照れると鼻の頭のとこばっか赤くなるの。
「さ、最近、魔法の、魅力に、き、気づいただけだ! ちょっと、スタートが遅かったけど……オレ、才能あるから! すぐにトップ・クラスに追いつくし!」
「ねえ、あなた」
と、さっきからアタシをチラチラ見てた子供が近寄って来た。こまっしゃくれた感じの、そばかすだらけの赤毛の女の子だ。
「クロードのおさななじみ?」
アタシが口を開くよりも早くクロードが口をはさむ。
「おい、エメ、何を」
「クロードはだまってて。あたし、そこのおねえさんに聞いてるの」
十才ぐらいの子供に呼び捨てにされてるし、クロード。
アタシはジョゼ兄さまから離れ、赤毛の女の子に対し頷いた。
「そうよ、アタシはクロードの幼馴染。ジャンヌよ」
「なら、あなた」
エメって呼ばれた女の子が、ふぅと溜息をつく。
「バカな男を拾ってあげてくれる?」
は?
「あなたのタメに、このバカ男、剣だ、格闘だってきて、今度は魔法なのよ。家業の手伝い、全然、しないでよ。オジさん、もうカンカンなんだから」
へ?
よけいなことは言うな! って叫ぶクロードを、男の子が四人がかりで押さえつける。エメって子のボーイフレンド?
エメは、クロードのいとこなのだそうだ。
アタシが勇者見習いとなってから、クロードは……
ひたすら、体を鍛えてたそうだ。家業の手伝いを放り出し、見合いも断り、剣や格闘を習い続け……
この春からは、魔法学校に入ったのだそうだ。
普通六〜十才で入学する学校に、十七にもなって入学したわけ。初等クラスで、う〜んと年下の子供達と混ざって勉強するとわかっていて。
それというのも……
「このバカ男、占い師に、魔法を習えってそそのかされたのよ。『おさななじみを本気で助けたいのなら、魔法使いになるしかない』って勧められたらしいの。ほーんと、いやになっちゃう。バカよね。それで、その気になって」
「やめろ!」
クロードが叫ぶ。
鼻のあたりを真っ赤にして。わなわなと体を震わせ、アタシを睨みつける。
「ご、誤解すんなよな! お、おまえの為じゃないから! 世界の平和の為だから! 世界の平和の為に、勇者の仲間になりたくて! そ、それで、がんばってきただけなんだからな!」
真っ赤なお鼻のクロードを見つめているうち……
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴った。
欠けていたものが、ほんの少し埋まったような、このまえジョゼ兄さまを仲間にした時と同じ感覚がした。
《あと九十八〜 おっけぇ?》
と、内側から、声がした。神様の声だ。
「新たな仲間か……」
お師匠様が、大きく溜息をついた。
お師匠様には、仲間欄が丸見えみたい。
ジョゼ兄さまは、「クロードが仲間か……」と、チッと舌うちをしていた。
何で?
クロードを仲間に加えてから、魔術師協会推薦の天才魔術師と会った。休み時間に高等部の教室へ行ったの。
見るからにお貴族様って感じの、すっごいハンサムだった。金の巻き毛もゴージャスな、美男子! 柔らかな物腰で、優しそうで、まるで王子様みたい……
アタシの胸は、キュンキュンどころか、キュンキュンキュンキュンした!
したんだけど……
「仲間枠に入らんな。完全なジョブ被りだ。仲間にするのは無理だろう」
と、お師匠様は無慈悲にも言いきってくれた。
「ご縁がなかったのは残念です、美しいお嬢さん。あなたとは、又、違う形で何処かでお会いしたいですね」
シャルルと名乗った貴公子は、アタシに微笑みかけた。まぶしいばかりに、爽やかな笑顔で……
あああああ! ス・テ・キ!
シャルル様……
こんなに萌えてるのに、仲間にできないなんて……
ジョブ被りだなんて……
シクシク……
天才魔術師と新米魔術師で別枠にしてよ……
しかし……
クロードで魔術師枠を埋めちゃって、アタシ、大丈夫なのかしら……?
自爆魔法コース一直線のような気がする……
アタシも不幸だけど、クロードも不幸ね。
「クロード君、君は魔術師学校の代表となったのだ。健闘を祈るよ」
シャルル様に、声援を送られて、顔をひきつらせていた。
初級魔法『ファイア』さえ使えないのに、魔術師学校代表になっちゃったんだものね、正しく言えば魔術師協会代表か。荷が重いわよね。
ま……自爆しないだけ、アタシよりマシだけど……
さて、校長室に戻って、クロードの休学手続きをして、魔術師協会にも挨拶に行かなきゃ。
お名残り惜しいけれども、シャルル様とはお別れ。どうぞ、お元気で……
お貴族様同士知り合いなのだろう、シャルル様はジョゼ兄さまにも親しげに挨拶をした。兄さまは、儀礼的な挨拶しか返さなかったけど。
「クロード、がんばってね!」
勝手について来てたクロードのいとこの女の子が、手を振って見送る。
「あんまツンツンしすぎちゃ駄目よ! 女の子にはやさしく! ツンデレデレぐらいでいってね!」
は?
「ツンデレ? クロード、おまえ、俺のジャンヌを、何だと」
ジョゼ兄さまが、文句を言おうとクロードに近づく。
が、最後までしゃべれなかった。
「ちがーう!」
ジョゼ兄さまの左頬に、クロードの右の拳がめりこむ。
「誤解だ!」
兄さまの大きな体がふっとび、そこらにあった机と椅子が巻き込まれて倒れてゆく。
「オ、オレはジャンヌなんか、な、何とも思ってない! ただの、幼馴染、だ!」
うわ。
照れてそこらにあるモノにあたるのは、あいかわらず。
クロードがキッ! と、アタシを睨む。
「せ、世界平和の為に戦うんだからな! お、おまえの為なんかじゃない! 誤解するなよな!」
はい、わかっております。
逆らいません。
これ以上、暴れられたら困るから。
女の子には暴力ふるわないんだけどねー。
側にいるもんだから、昔は、やたらと、ジョゼ兄さまが犠牲になってたのよね。
教室から去りゆくアタシ達。その背後で、女生徒達はひそひそ話をしていた。
『ツンデレよ……』
『あれが噂に聞く、ツンデレね……』
『わたくし、初めて見ましたわ』
『萌えますわね』
『ツンデレ魔術師……かわいいわ〜』
『シャルル様がかなわないわけですわね、相手がツンデレ魔術師では』
クロードは振り返り、鼻の頭を真っ赤にしながら背後の女学生達を睨みつけた。
「ツンデレじゃねーよ!」
そんなわけで、ツンデレと噂の魔術師が、仲間に加わった。
魔王の目覚めは……九十九日後。
クロードが役立たずな分……どっかで強い味方を仲間にしなきゃな。
* * * * *
『勇者の書 101――ジャンヌ』 覚え書き
●男性プロフィール(№002)
名前 クロード
所属世界 勇者世界
種族 人間
職業 魔術師
特徴 幼馴染・意地っぱり・照れ屋。
ツンデレらしい。新米魔術師。
すぐ怒るし、すぐ殴るけど、
女の子には暴力をふるわない。
ジョゼ兄さまがよく被害に遭う。
戦闘方法 魔法(でも、初級魔法も使えない)
杖や拳で殴る方が強いわ
年齢 十七
容姿 ストロベリーブロンドの髪、緑の瞳
女顔。
口癖 『ツンデレじゃねーよ!』
『バカ』『バーカ』
好きなもの リンゴ
嫌いなもの ピーマン(だったはず)
勇者に一言 『ツンデレ言うな!』