悪霊退散!幽霊の館 【ニコラ】
「待ちくたびれたぞ、女。勇者の使命を終えたら、マッハで俺に合流しろと命じたはずだ。のろま、め」
お師匠様の移動魔法で跳んでった先は、デュラフォア園。領主の館の側のブドウ畑だった。
そこに、会いたくもないアレな人がいた……
「聖なる血を受け継ぎし神の使徒・・・マルタンだ。邪悪を粛清する為、輝かしき光の道を進んでいる」
くわえ煙草の使徒様。そのナニな発言に、ジョゼ兄さまやクロードはうんざりした顔となり、新たな仲間達はどん引きとなる。
まあ、ドロ様はニヤニヤ楽しそうに笑ってるし、ホモな人は『イカす!』とか叫んだけど。
「俺は今、この地で悪霊祓いの聖務についている。きさまらに、悪霊退治助手の栄誉をくれてやろう」
マルタンは全員を見渡し、並び順を指示してきた。
「先頭は俺、次は女、おまえだ。それから、ロボ、ガキ、イチゴ頭、半ズボン、賢者殿ときぐるみ、メガネ、金髪カツラ、裸、最後尾がドレッドだ」
誰が誰だか、一応、わかるけど。こいつ……人の名前、覚える気ないんだな。
「何故、その順番なのだ?」
アタシから遠く離された兄さまが、不満そうにマルタンに尋ねる。
「悪霊退治の為だ。もう既に、悪霊祓いは始まっているのだ」
ククク・・・と笑い、マルタンは紫煙をくゆらせた。
「悪霊祓いの聖務は、浄化魔法による浄霊で完了する」
幽霊の出る場所へと向かう間、使徒様は悪霊の祓い方について語り続ける。聞きたくもなかったけど、アタシは奴からわりと近い所を歩いてるんでどうしたって耳に入ってくる。
「俺の浄霊は、除霊かつ昇天だ。綺麗さっぱり、まったく、完璧に、完膚なきまでに、悪霊とこの世との絆を根こそぎする」
同義語入りまくり。
「魔法を浴びしものどもは、マッハで次なる世界へ旅立つ。片道切符の巡礼だ。ゆえに、寛大なる俺様は、一度だけ慈悲をくれてやる。自ら昇天しろとな」
自ら昇天?
「自殺しろってこと?」
アタシがそう聞くと、マルタンは肩をすくめ、大げさに頭を振った。
「フッ。死んでいる者に、又、死ねとは無茶を言う・・・」
む。
「悪霊の看板を下げ、神の御許に旅立てと忠告するのみだ。神の慈悲にすがるのなら、八百万那由他の世界を彷徨わず、マッハで安息を得るだろう」
むぅ。
いまいち意味がわかんない。
けど、質問するのもシャクだわ。又、馬鹿にされそうだし。
こいつに浄霊されるとこの世界では生まれ変われないって事なのかな?
肩を後ろからトントンとされる。
「勇者様、困ったなーという時にはこれです!」
と、発明家ルネさんが、アタシに杖と腕輪を渡してくれた。
「『悪霊あっちいけ棒』と『悪霊から守るくん』です!」
『守るくん』が腕輪の方か。
「悪霊を追い払いたい時には、こちらの杖の先端を向けてください。腕輪の方は装備してるだけでバッチリです! とり殺されずにすみます!」
ほー。
「勇者様、使徒様の次に先頭だし、これで身を守ってください」
あら。やさしい。
「ありがと、ルネさん」
ルネさんはロボットアーマーのマニュピレーターで頭を掻いた。
「ボクの発明品はどれも最高です。本日、悪霊退治があるってお話だったので、昨晩、作ってみました」
「え? 昨晩、作った……ばっか?」
「はい! できたてほやほやの、プロトタイプです! 霊能関係の発明は初めてですが、ちゃんと聖書とお祓い本と悪魔祓いの漫画を斜め読みしてから作りました! 大丈夫です!」
え~!
ちゃんと動くんでしょうね……
時刻は夕方。アタシ達は、廃屋となったデカい建物の前へとやって来た。今はもう使われなくなった、領主の館だそうだ。
「ここは、かなり昔からの心霊スポット。ガキの幽霊が出没するらしい」
「ほほぉ……確かにここは居るな、強いのが……」と、左の掌に水晶玉のせてるドロ様。
「ここ最近、この屋敷の近辺で、行方不明で人が消える」
いや、行方不明=人が消えるでしょ。同じ事繰り返して言うの、癖なのかしら、こいつ。
「行方不明者は十三人。誰の仕業かと聞かれれば、限りなく黒に近いのはこの家の幽霊だ。邪悪なる存在を探し、調査している」
「誰も戻って来てないのですか?」と、テオ。
「そうだ。消えた十三人は、農夫や行商人や子供だ。旅の大道芸人もいた。地元の愚民どもの話によると、十三なる者どもは・・・・・・」
マルタンのアレなしゃべりを聞いていたはずなのに……
声は途切れ、気がつけば、アタシは一人、闇の中にたたずんでいた。
周囲はまっくらだった。
「あれ? マルタン? ルネさん? リュカ? クロード?」
近くに居た人達の名前を呼び、きょろきょろと辺りを見回す。でも、返事がない。人がいる気配すらない。
《つーかまえたー》
うわっ。
まっくら闇の中、アタシの腰に、誰かが飛びついた。
クスクスと誰かが笑っている。
《あそぼー おねーちゃん》
アタシは背後を振りかえった。
が、暗すぎて何も見えない。腰のあたりに子供が抱きついているようなんだけど。
「あなたは、誰?」
《ぼく、ニコラ。おねーちゃんは?》
「ジャンヌよ。ニコラくん、一人なの?」
《うん。ノワールといっしょにね、アンヌをまってるの》
「ノワール?」
《ネコちゃん。ここで拾ったんだ》
目を凝らしてみても、あいかわらず何も見えない。肘の辺りに子供のやわらかな髪の毛のような感触がある。
《アンヌとね、約束したの。ここで、あそぼーって。でもね、来ないんだ》
子供の声がしょんぼりする。
《ずーとマドから外を見てるのに……いっぱいお花がさいて、なんども雪もふったのに、アンヌが来ないの》
『ずーと』か……花が咲く季節も、雪が降る季節も、『ずーと』一人で、この暗闇に……
この子は、長い年月、ここに居るんだ。
この世のものじゃない。
……マルタンが言っていた悪霊って、この子なの?
『俺の浄霊は、除霊かつ昇天だ。綺麗さっぱり、まったく、完璧に、完膚なきまでに、悪霊とこの世との絆を根こそぎする』
マルタンは、そう言っていた。
『悪霊の看板を下げ、神の御許に旅立てと忠告するのみだ。神の慈悲にすがるのなら、八百万那由他の世界を彷徨わず、マッハで安息を得るだろう』
この世にこだわらず旅立った方がいいって忠告したげようかな。
アタシは聖職者じゃないけど、話は聞いてあげられる。
それに、アタシの左腕には『悪霊から守るくん』がある! 腰には『悪霊あっちいけ棒』もある! 説得に失敗しても、死ぬことはない! ないと思う……たぶん。
「ニコラくん、ここは暗くてさみしいね」
《うん、さみしい》
「もっと明るいとこに行かない?」
《ダメ》
「どうして?」
《アンヌが来るもん。ここで、ひとりぼっちになっちゃ、かわいそう。アンヌ、なきむしなんだ、ぼくが、まっててあげなきゃ》
胸がズキンと痛んだ。
この子が友達と約束したのは、どれくらい前のことなんだろう?
昔から、この屋敷には幽霊が出たって話だった。昔ってどんぐらい前? 五十年とか? 百年前?
友人は、もう、この世にいないかもしれない。
「……アンヌちゃんが好きなのね?」
《大すき。フィアンセなんだ。大きくなったら、ぼくたち、結婚するの》
更に胸が痛んだ。
この子が、大きくなることはない。
そして、フィアンセだった女の子は一人大きくなって、そして……
「……アンヌちゃんを探しに行かない?」
調べればわかるかもしれない。
この廃墟は、昔、領主の館だったはず。昔を知る人を見つければ、そこに関わりのあった子供、ニコラとアンヌの話が聞けるかもしれない。
アンヌって子がまだ生きているのなら、会わせてあげたい。
亡くなっているのなら、お墓まで案内すれば……この子の魂は天に召されるんじゃないかしら?
《ダメ。アンヌが来たらかわいそう》
「伝言を書いて残しておけば、大丈夫よ」
《ダメ》
「ニコラくん」
《ぼくは、アンヌをまつんだよ。おねーちゃんは、アンヌが来るまで、あそんでくれればいいの》
「ここを出ようよ」
《いやだ。鬼ごっこしよーよ》
腰に抱きついていた感触が、離れる。
《おねーちゃんが鬼だよ。おっかけてきてー》
暗闇の中、声が少し遠のいた。
一歩、足を踏み出す。
硬い。
木の床を踏みしめる感覚。
《はやく〜》
声は更に遠のいている。
「待って、ニコラくん、アタシ、何も見えないの」
《ぼくの声をおってきてー 鬼ごっこだよー》
まっくらなんだけどな……
《どーして動いてくれないの? あそんでよ……》
悲しそうな声が、アタシを責める。
《ノワール、来て》
突然、背後の床が激しく揺れた。
《ノワール、おねーちゃんを走らせて》
ノワールって、猫よね。ここで拾ったって、ニコラは言ってたけど……
背後から音が近づいて来る。
ピシピシと何かにヒビが入るような音、メキメキと何かが潰れているような音。
背後から何かが近づいてきている。
目には見えないものの、巨大な何かが……
アタシに向かって!
『悪霊あっちいけ棒』を後方に向けてみた。が、背後の接近音のスピードは緩まない。何の効果もない。失敗作ぅ?
『悪霊から守るくん』は、装備してるけど……いやいやいやいや、ごめん、ルネさん! アタシ、あなたの発明に命は賭けられない!
アタシは慌てて走り出した。
《そっちじゃない、こっちだよー》
子供の声の方へと、アタシは走った。
《こっち、こっちー》
子供が楽しそうに笑う。
《はやい、はやーい。おねーちゃん、足、はやいねー》
アタシは全速力で男の子の声を追いかけた。だけど、距離は開いたまま。まったく縮まらない。
アタシの背後では、木の床が潰れるような音がずっと追いかけ続けてくる。
《がんばれー おねーちゃん、ぼくはこっちだよー》
息が苦しい。
でも、ニコラを捕まえることもできなければ、迫り来る巨大な何かをつき離す事もできない。
《おいでー おねーちゃん。早く、早く〜》
「儚キ夢幻ヨリ舞イ堕リシ天獄陣!」
突然、アタシの背後から、まばゆい光が広がった。
地を揺るがすような獣の怒声がひびき、床のきしむ音が止まった。アタシの後ろに迫っていた、巨大な何かの動きが止まったのだ。
アタシは両手を膝につき、ゼーゼーと荒い息を吐いた。心臓がバクバクいっている。
「暁ヲ統ベル破壊神ノ聖慈掌・弐式!」
アタシの体が淡い光に包まれる。呼吸が楽になった。回復魔法だったの、今の……何いってんのか意味不明すぎるけど。
アタシは、背後を振りかえった。
目を細めても、まともに見られない。
目がくらむほどの光の筋。
丸い大岩のようなものが転がっている。真黒な塊に、光の矢が何十本も突き刺さっている。矢がそれの動きを止めたのね。
その奥に、光を放つ輝かしい男性がいた。まぶしすぎてよく見えないけど、僧侶姿なのはわかる。
あああああ、マルタン!
あなたに逢えて喜ぶ日が来るなんて!
「誘拐、監禁、遊戯の強制、殺人未遂の現行犯だ。内なる俺の霊魂が、マッハで、きさまの罪を言い渡す」
全身からまばゆい光を発する使徒様が、親指をビシッと突き立てる。
そんでもって、ククク・・・と笑いながら、手首をゆっくりひねって親指を下に向ける。
「有罪! 浄霊する!」
え?
ちょっと。
待って。
慈悲は?
浄霊すると消えちゃうんでしょ?
先に、忠告するんじゃなかったの? 自ら昇天しろって。
あんた、そう言ったじゃない!
「その死をもって、己が罪業を償え・・・終焉ノ滅ビヲ迎エシ神覇ノ贖焔!」
僧侶姿の使徒から光が一気にふくれ上がり、どデカい白光の玉と化してゆく。
「ククク・・・あばよ」
使徒が呟くと同時に、強大な浄化魔法の奔流が迫ってきた。
《いやー!》
背後から、悲鳴。
思わずアタシは、振りかえった。
アタシの影の隣に、浄化の光に照らされたニコラが居た。
小さな子供だった。
あどけない顔……
だが、髪も、顔も、体も、全てが白く半透明だ。
幽霊なんだ……
アタシはニコラを抱き締めた。
それで、庇えると思ったわけじゃない。
浄化魔法の光が、アタシとニコラを包みこんでゆく。
だけど、嫌だ。
この子を逝かせたくない。
ずっと待っていた友達に会えないまま、消えちゃうなんて、可哀そうすぎる!
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと八十九〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
周囲から光も闇も消える……
気がつけば、アタシは、夕日が窓から漏れ入る薄暗い部屋にしゃがんでいた。埃まみれの荒れた部屋だ。あの廃墟の中、か。
アタシの腕の中には……
小さな白い男の子がいた。
ポロポロと涙をこぼしている。涙までもが白い。
「ニコラくん……」
無事だったんだ。アタシは白い幽霊を抱き締めた。
「悪霊、退散。聖務は華麗に完了した」
仕事の後の一服とばかりに、マルタンが胸元から煙草を取り出す。
「女、囮、ご苦労」
は?
おとり?
マルタンは左の指をパチンと鳴らし、煙草に火を点けた。所作のみで、炎の魔法を使ったんだ。
「きさまを囮壱号として利用した。ここ最近、この屋敷の近辺で、行方不明で消えた人間は、子供・農夫・行商人・大道芸人。女子供かジジイ、それに奇天烈な格好の奴だったのだ。俺では釣れんのはわかっていた」
何ですとぉ?
「弐号はロボ、参号はガキ。以下、勇者の仲間ども全員を囮にした。邪悪なるものどもが動けば、俺の内なる霊魂はマッハでその存在を察知できるのだ」
マッハのわりには遅かったわよ! アタシ、かなり走らされたんだから!
悪霊は、ノワールと呼ばれていた猫の方だったのだ。
マルタンが最後に唱えたのは悪霊を祓う魔法なので、善霊には効果がないのだそうだ。だから、ニコラは消えなかったのね。
「その白いガキの遊び相手を探していたようだ。女子供を攫ったわけだ」
長い年月、この世をさまよった猫の魂は、歪みきり、邪悪な存在に堕ちていた。面白半分に人の命を奪うような。
「知性の欠片もない愚昧な魂だった」
祓うしかなかったと、マルタンは言った。
でも、悪霊にも情はあった。
ニコラを愛したのだ。ひとりぼっちだった悪霊が、ひとりぼっちの幽霊を大切に思った……そういう事だ。
ノワールはニコラを喜ばせたくって、遊び相手になりそうな人間をさらっていたのだ。じきに食欲に負けて、食べてしまっていたようだけど。
《ノワール、いなくなっちゃった……》
シクシクと泣く幽霊を、アタシは抱き締めた。
うっかりアタシが萌えちゃったから、ニコラはアタシの『伴侶』になっちゃった。けど、こんな小さい子を戦わせる気はないわ。
子供は守る……それが『勇者』ってものよ。
「ニコラくん。必ずアンヌちゃんに会わせてあげる。だから……アタシについて来て」
《おねーちゃんに、ついてく?》
「うん。アタシ、ずーっとは側に居られない。けど、アタシには仲間がいっぱい居る。お師匠様もいる。ここに一人で居るよりも、寂しくないと思う。一緒においでよ。アンヌちゃんを探しに行こう」
マルタンに連れられ、アタシは仲間と合流した。
兄さまに、ひしっと抱きしめられてしまった。アタシ、フッと宙に飲み込まれるみたいに消えてたらしい。心配かけちゃったのね。
新たな仲間ニコラを紹介すると、『呆れた……幽霊にまで手を出したのかよ? 節操なしだな』と、クロードが冷たい視線で言いやがった、ぶぅ。
んで、ニコラのフィアンセを探したいって話すと、『アンヌ』の名前に反応した者が約一名。
アンヌなんて、ありふれた名前だけど……
魔王が目覚めるのは、九十四日後だ。
それまでにアタシはやるべき事を、ぜんぶ、終わらせられるのだろうか?
百人の伴侶を得て、アタシの武器を探して、リュカに九十六万ゴールドを払って、ニコラのお友達の『アンヌ』を見つけて、それから、えっと……
* * * * *
『勇者の書 101――ジャンヌ』 覚え書き
●男性プロフィール(№011)
名前 ニコラ
所属世界 勇者世界
種族 もと人間
職業 幽霊
特徴 さびしがりや。甘えん坊。
悪霊化した猫のノワールと暮らしていた。
フィアンセのアンヌを何年も待っていた。
昼間でも日の光の下でも、平気みたい。
戦闘方法 子供は戦わせないわよ。
年齢 八才ぐらい。アタシよりずっと小さい
容姿 髪も体も真っ白。涙まで白い。
幽霊だけど、触れる。
口癖 『あそぼ』
好きなもの 鬼ごっこ
嫌いなもの 一人ぼっち
勇者に一言 『あそぼー おねーちゃん』