天才?発明家、現る 【ルネ】
アタシとジョゼ兄さまは二人っきりだった。
馬車は、仲間候補のルネさん家の近くに止まっている。
他のみんなは、ルネさんに会いに行った。
ルネさんは発明家なのだそうだ。
ルネさんの人柄や発明品を観察した上で、『魔王戦で役立つ人だ!』ってみんなが認めたら、アタシもルネさんに会う。
まあ、そこでアタシが萌えられなきゃ、仲間にはできないんだけど。
今、目隠しをしたアタシの横には、ジョゼ兄さまが座っている。
みんなと一緒に行ってって頼んだのに、『ジャンヌを一人にはしておけん。俺は残る』と席を立とうとせず、仲間選びは任せたぞとクロードに言ってた。『どうせ、どんな奴だろうが気に喰わんのだ。俺が行っても無意味だ』って。
で、さっきから、ずっと黙ったままなのだ。
ジョゼ兄さまは、よく言えばマイペース。悪く言えば自分勝手だ。
団体行動って意識なさそう。
それに、アタシとクロードとしか、ほぼ会話しない。王城ではアランとはそこそこ話してたけど。
ドロ様やリュカが仲間になった時も、態度が悪かったし。
アタシの仲間は、百人にまで増える。
これから先、ジョゼ兄さまはみんなと仲良くやっていけるのだろうか?
ちょっと心配になった。
「ジョゼ兄さま」
アタシは左手でジョゼ兄さまの腿に触れた。手を握りたかったんだけど、思った場所に手がなかった。
目隠しのせいで、どこにあるのかわかんない。ジョゼ兄さまの腿の上に掌を滑らせ、ジョゼ兄さまの手を捜す。
「ジャ、ジャンヌ?」
どこよ、手は?
「聞いて、兄さま。アタシ、百人の男の人を仲間にする」
魔王を倒すために。
「でも、兄さまは、他の仲間とは違うわ」
義兄だもん。一人、仲間から浮きまくったら困る。
お。
見っつけた、手。
ぎゅう。
「兄さまからすれば面白くない事もあるかもしれないけど、アタシのために、我慢してくれる?」
「ジャンヌ……」
ジョゼ兄さまの体が震えている。
寒いのかな?
「お願いよ、兄さま。愛してるから」
お?
おおお!
ハグされてしまった!
すごい弾力。兄さまの胸、逞しいわ。
「すまん……ジャンヌ。許してくれ」
兄さま?
「おまえは勇者の使命を果たす為に、よその男どもと仲良くしているだけだ。頭ではわかっていた……わかっていたのだが……」
兄さまがアタシの背をぎゅっと抱きしめる。
「我慢ならなかったのだ……馬鹿な俺を許してくれ……」
アタシからも、兄さまにしっかりと抱きついてあげた。
「できるだけでいいから、仲間になった人と仲良くして」
「ああ……努力してみよう」
「できるわ、兄さまなら。魔王を倒すまでの事だし」
「そうだな……魔王さえ倒せばいいんだったな」
ジョゼ兄さまがぎゅうぎゅうアタシを抱き締める。伝わってくる心臓の鼓動が、やたら早い。熱血漢の兄さまっぽい。
ん?
何か話し声が近づいて来る。
みんな、戻って来たのかな?
離してって頼んだら、兄さまは離れてくれた。
左のほっぺにあたたかな感触。チュッしてくれたみたい。
「ジャンヌ、ジョゼと一緒に出て来てくれ」
クロードだ。
「テオドールさんも、もう反対してないから。ルネさんに会って」
「百万ダメージ以上、出せそうな人なのね」
「というか……」
クロードが口ごもる。珍しい事もあるものね。
「すごい人なんだ……」
すごい?
「見ればわかる。来いよ」
こ、これは……
確かに、すごい……
目隠しを取ったアタシは、硬直してしまった。
「キミが勇者様? 会えて、ちょー感激! ルネでーす、どーぞ、よろしく!」
客間に居たものを、アタシは、まじまじと見つめた。
こちらの戸惑いなど承知しているとばかりに、相手は自分の胸をバン! と叩いた。
「これに注目なさるなんて、さすが勇者様、お目が、高い!」
いや、視線を向けたら、否応もなく見ちゃうでしょ、そこ。
「ただのヘルメットと、ごっついプロテクターと思っては嫌ですよ! ドラゴンにふみつけられてもへっちゃらな強度! 背中には、魔法機関のロケットエンジン! 城壁すら一撃で粉砕する鉄の拳! これこそ、ボクの最高傑作のひとつ、フル・ロボットアーマーです!」
えっと……
「腹部には、トランクばかりか、貯水タンクに食料収納ポケット、更には薬箱までついています! これさえあればもう大丈夫! どこで迷っても安心です! 迷子の友、その名も『迷子くん』。今ならたったの百二十万ゴールドです。いかがです、一着!」
迷子用装備なのね、それ……
目の前の人物は、たとえるなら、足が生えたチェストだ。木製ではなく、金属製だけど。
頭部はフルフェイスのヘルメットに覆われている。半透明なシールドガードのせいで、顔がまったく見えない。
「ボクの発明品は、まだまだあります」
機械仕掛けの手が、ロボットアーマーの腹部より、さまざまなモノを取り出す。
「『お顔ふき君』に『どこでもトイレ』でしょ、『魔力ためる君』や『呪文いってみよー君』もあります。『ぶんぶんナイフ』なんかも、冒険のお供に役立つはずー」
はあ。
いやいやいや、まず、これ聞かなきゃ。
「失礼ですが……何故、その装甲をつけてらっしゃるんですか?」
アタシの質問に、金属の塊が、右手を元気よくあげて答える。
「発明家らしく見える為でーす!」
はい?
「ボク、あんまり売れてない発明家なんです」
ロボットアーマーの人が、明るく笑う。
「『個人発明家』なんで、発表の場が少ないし、いいモノ作っても市販ルートになかなか乗せてもらえないんです。製品の性能より、『安心』を買いたがる人が多いですから。大学やら機械工房のブランド物ばかり、もてはやされるんですよねー」
「だから、発明品を着て歩きなって、助言してやったんだよ」
フフッとドロ様が笑う。
「歩くだけで無料の宣伝になるし、興味を持ってもらったらその場で発明品の説明も販売もできる。顧客増加間違いなしだろ?」
「おかげさまで、何処へ行っても注目の的! 発明品もちょこちょこ売れるようになってきました! ほんと、アレッサンドロさんのおかげです、ありがとうございます!」
「いやいや」
お客さんは増えたのかもしれない……
でも、何か大切なものを失ったんじゃ……?
「勇者様、ボクの発明品はどれも最高です!」
ロボットアーマーの人が、作り物の手をぐっと握りしめる。
「ボク、お買い得ですよ? あなたの冒険にボクとボクの発明品を加えてみませんか?」
「彼は、戦闘力は高いです」と、テオ。
「先ほど、中庭でデモストレーションを見せてもらいました。自分の身長よりも大きな岩を、右手の一撃で粉砕していましたから」
「俺より強いです」
裸戦士が、両腕を組みながら言う。
「戦士の目は、ある程度、相手の技量を見極められます。ルネ殿は、この中では最強です」
そうなのか……でも、仲間にするんなら、萌えなくっちゃ……
「勇者様! ボクを是非、仲間にしてください!」
ロボットアーマーの人が、アタシに迫って来る。
「ボクの発明品は、旧来の常識をくつがえす革新的なモノばかり! 優秀さがを広まれば、絶対、スポンサーがつきます! 魔王戦でボクの発明品を使わせてください! 『もと勇者の仲間』ってブランドが欲しいんです! お願いします!」
正直者の、野心家なんだ。
まあ、魔王戦で役に立ってくれるんなら利用されるんでも、かまわない。
けど、脱いで顔を見せてもらわなきゃ、どうしようもない。ロボットアーマーに萌える趣味は無いもん。
「あの、ルネさん、悪いんだけど」と、アタシがそこまで言いかけたら、機械の塊は更に迫って来た。
「悪い? 悪いだなんて、そんな! 駄目です、断っちゃいけません! ボクの発明、使わないと後悔しますよ!」
「いや、そうじゃなくって、顔を」
「待って、今、このアーマーの優秀さを披露します! 突然のガケ崩れ! 困ったなーという時にはこれです! ドリル変形! 右手の先端が巨大なドリルに!」
「あ、いえ、あの」
「駄目? 駄目ですか! じゃあ、次! 巨大な敵が現れた! 困ったなーという時にはこれです! アーマー合体! このアーマーを核に、試作機二号機・三号機との合体変形が可能なんです!」
「いや、そうじゃなくって」
「ああああ、駄目? これでも、駄目なんですか? それじゃとっておき! 川に行った! 困ったなーという時にはこれです! ザリガニくん、とれ〜る! お腹から網が出てザリガニすくい放題! 水槽がザリガニでいっぱいに……」
興奮のあまり詰め寄りすぎ、ロボット・アーマーの人がバランスを崩す。アタシの方へと倒れてくる。
硬直しちゃったアタシ。
横からサッと誰かが飛びついて来て、アタシの体をロボから離してくれる。
床に倒れちゃったけど、その人が腕の中に守ってくれたので痛くなかった。
ジョゼ兄さま?
兄さまの腕の中で、ガッシャーンと凄まじい音があがるのを耳にし、ロボットアーマーがうつぶせに床にめりこむのを目にした。
「ごめんなさい、驚かせちゃいましたね。このアーマー、肉牛より重いんです」と、ルネさん。
ジョゼ兄さまにお礼を言って立ち上がったアタシ。
ロボットアーマーがプシューと煙を吐き、ロケットエンジン付き背面が開く。
「すみません、勇者様、お怪我はありませんか?」
ロボットアーマーの中からむくっと体を起こしたのは、白くてひよわそうな体だった。身につけているのは、肌着とトランクスのパンツのみ……
いやん、そんな下着姿で!
そして、彼はフルヘルメットも外す。
さらり流れ出た黒髪は、肩の所で切り揃えられている。きらきらとしたアンバー(琥珀色)の瞳は大きく、頬はふっくらとしている。
子供っぽいような……
かわいい顔をしていた……
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと九十二〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
「仲間にできたか……」
お師匠様が息を吐く。
「ボク、仲間になれたんです?」
発明家ルネさんは目を大きく見開き、それからガバッ! と、アタシに抱きついてきた。
「ありがとーございます、勇者様! ボク、がんばります! 決戦日まで、めいっぱい発明します! 勇者様とみなさんの助けとなれるように!」
いや〜ん、だめ!
ルネさん、そんな下着姿で!
アタシ、乙女なんだから!
「俺のジャンヌに何をする!」と、ルネさんをひきはがした兄さま。
んでもって、拳をふりあげる。
駄目よ! 兄さま! あなたの右手は凶器よ!
クロードとアランが二人がかりで、兄さまを押さえてくれた。
間一髪。
ルネさん、命拾いしたわ。
「モテモテだな、お嬢ちゃん」と、ドロ様。何か、楽しそう。
「旅の準備を整える時間をください」とルネさん。
「明日の朝にはみなさんと合流します。宿泊先はオランジュ伯爵家ですか、了解でーす」
ロケットエンジンで飛んで来るって言っている。空を飛べるのかー すごいなあ、ロボットアーマー。
魔王が目覚めるのは、九十五日後。
今日はリュカにルネさんを仲間にした。これから更に一人増える予定。順調、順調♪
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『勇者の書 101――ジャンヌ』 覚え書き
●男性プロフィール(№008)
名前 ルネ
所属世界 勇者世界
種族 人間
職業 発明家
特徴 フル・ロボットアーマー装着。
ドロ様の顧客の一人。
どうすれば発明品が売れるか相談し、
発明品を着て歩けと勧められる。
思いつきで作るタイプ。
無駄なオプションをつけるのが好き。
陽気・おしゃべり・発明おたく
アタシや仲間の為に発明をしてくれるらしい。
戦闘方法 ロボットアーマー
年齢 『年? あれ? 幾つだったっけ?』
容姿 おかっぱの黒髪、アンバー(琥珀色)の瞳。
童顔。日焼けしてない。ひよわそうな体。
口癖 『困ったなーという時にはこれです!』
『さすが××様、お目が、高い!』
好きなもの 発明
嫌いなもの (資金難で)発明できなくなる事。
勇者に一言 『勇者様! ボク、がんばります!』