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夢のカケラ

作者: 百瀬華音

――大人になったら何になりたい?


 小さい頃は特に何も考えず、無邪気に語り合った将来の夢。その”将来”が近くなるにつれ、体は大きく、逆に夢は小さくなった。

 常識という枠を作ってしまったから。


 小さい頃は何も知らなかった。無知と無邪気で塗りたくられた真っ白な地図を片手に、大人の世界という不毛の大地を勇み行く、無謀な勇者だった。ティッシュボックスの甲板に積み木のマストとハンカチのセイルで、何処まででも行けた。

 お母さんは生まれた時からお母さんで、オタマジャクシは成長すると大きなオタマジャクシになる。お父さんよりも、家よりも、ビルよりも大きな怪獣がいる。紅葉が赤くなるのは、秋の妖精が葉っぱに色を塗っているから。ウソをつく子はおばけに食べられる。いい子にしていれば、サンタクロースがそりに乗って来て、プレゼントをくれる。

 そんなことを本気で信じ、それが全てだった。

 クレヨンで描かれた粗雑な地図は、いつからか海岸線がくっきりと浮かび、海にポツリポツリと開いていた穴が無くなった。

 成長するにつれ、“お母さん”にも自分と同じくらいの年のころがあったと知らされるし、オタマジャクシはカエルになると教わる。映画に出てくるような怪獣なんて、大昔に滅んでしまって、今は駅前の博物館の目玉となっている。はっぱに色を塗る妖精や、子供を食べてしまうおばけなんているわけがない。サンタクロースの正体に至っては、自分の両親だ。


 夢がどんどん小さくしぼんでいく。際限なく夢を吸い取って、どんどん大きくなる体をうらめしく感じる。私の夢の世界は、いつか消えてしまうのではないのだろうか。私が憧れたあの世界は、もう二度と現れないのだ。心の中にさえ。

 そう思うと、何故か涙がこぼれそうになる。理由は、わからない。


 常識のないことを言ってばかにされたこともある。いるはずもない幽霊に怯えて、眠れなかった夜も数え切れない。

 それなのに。夢がしぼんで、自分の中から妖精や、幽霊や、サンタクロースが消えていくことを、心の迷路の奥深く、大きな身体のどこかで怯える幼い自分がいる。


 外から甲高い小学生の声が聞こえる。

――大きくなったら、りんごになるの

 なんじゃ、そりゃ。とつい笑ってしまった。ばかなことを言うんじゃない、と思いながら窓の外に目をやる。

 ピカピカのランドセル。黄色い帽子。小さな体。二人の子供のシルエットが描かれた黄色いバッチが肩に光る。

(まだ一年生かな)

 ピョンピョンと跳ねながら、下校していく夢を持つ子供たち。その背を目で追いつつ、私もあんな頃があったな、と改めて思う。写真やら文集やら、そういった証拠がなければ、おとぎ話の世界だと片付けてしまいそうなものだけれど。


 ふとあることを思い出して、リュックの中を探る。学校でもらったプリント。これから行くであろう、未来のアンケート。

(進学希望……しかないか)

 私の”将来”はどうなっているだろうか。夢に満ちあふれている、というわけにはいきそうもない。まず、そう思ってしまうあたりが。

 せめて、まだ残っている夢の世界が消えてなくなってしまわないように。

 そう願いながら“進学希望”に大きく丸をつけた。

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