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 魔法少女の戦場は、よほど限定された条件下でない限り、基本的には空である。

「クリム。敵影詳細(エネミーサーチ)

『ヒーヒャハ! 了解だーア!』

 空を翔るは二筋の閃光。より速く空に向かって上昇するは紫の光、それに追随するが如く橙の光が軌跡を描く。

 身に纏う紫色のドレスを翻し、雲を突き抜け上空一〇〇〇〇メートル地点で反転、美咲は未だ九〇〇〇メートル地点を上昇する知久を見下ろしながら、手にした杖を振りかざす。

 美咲の足元には真円の魔方陣。僅かな重心移動や姿勢制御を正確かつ緻密に反映(トレース)し、意思を持つかの様に美咲が望んだ方向へ飛翔してくれる。

「……どうやら、速度では私が有利な様ですね」

 ドレスと同じく紫色の杖の先端を知久に向け、魔力を灯す。先端に埋め込まれた淡い紫水晶が鈍い光を放つ。

 そして、放出。指向性なく漠然と溜め込まれた魔力は、水晶内に施された幾つかの術式(タクティクス)を経由して最適な魔法系統を選択、美咲の意思に従い一筋の光を放出する。

「チィ!」

『シルク、かまえて!』

 迫る紫の光を、視覚より早く第六感、つまり感覚で捉えた知久は、手にした橙色の杖を横に振るう。橙の水晶が強く明滅し、美咲と同じく光を放出。紫の光と橙の光が相互に反発し、強烈な爆発を巻き起こす。

 その様子を、美咲は冷たく凍てついた瞳で眺めている。先程の激情は一旦臓腑の底に沈め、ただ純粋に敵を殺す為の精神状態を構築している。

 その思考の切り替え速度こそが、彼女の遍歴を如実に示していた。

敵影情報(ステータス)を取得、公開するぜーエ』

「……ふむ?」

 美咲が掛けている眼鏡の左レンズに映像が表示される。知久の魔法少女としての性能が、事細かに記載されていく。

 敵影情報を読み上げる。典型的な通常性能(オーソドックス)。やや攻撃力と回復能力に長けている物の、際立って特殊な印象は見受けられない。

 ある一点を除いては。

「……まあ、いいでしょう。先程の防御と、このステータスから鑑みるに、近接戦を得意としているのは確かな様ですし。速度と射程に優位があるのなら、このまま距離を保ち、障壁を削り取る方針で行きましょう」

定石(セオリー)通りだなーア、クソつまんねーエ!』

「念の為、周辺には気を配っていて下さい。伏兵がいる可能性もあります」

『どうだかなーア。俺ァ、あれは単独者(ソロプレイヤー)だと思うけどねーエ』

「何を言って――うあっ、んッ……!?」

 美咲のドレスが『もぞり』と蠢く。体の表面を這いずられる不快感に、思わず甲高く奇怪な悲鳴が漏れる。美咲の首もとから、クリムが顔を出す。

 蛇、だった。

 体表面を紫に塗りたくった様な、不自然な体色をした蛇だった。

 蛇・クリムは、口の先端から細長い舌を出しながら、下卑た嗤い声をあげる。

『まぁ、今に分かるさーア。……来るぜーエ?』

「待ちなさい、説明を要求しま――」

「何をダラダラとお話ししてんのよ、転校生!」

『いまだよシルク! かのじょはボクらをかしょうひょうかしているよ!』

 五〇〇メートル以上の距離を保ったまま、先んじて飛翔していた美咲の眼前に、橙の光が迫る。先程、美咲が放った紫の閃光など比べようもない程の力強さだ。

「くっ! 緊急回避!」

『無駄だなーア。大人しく受け入れろーオ』

 足元の魔方陣に魔力を全力供給し、回避(フォロー)に回る美咲だが、一手遅い。知久は既に間合いを五〇メートル以下にまで縮めている。

 眼鏡越しに、凄まじい橙光の奔流が見て取れた。その全てが殺意で構成された、膨大な魔力の渦だ。一瞬とは言え、クリムとの会話に気を取られていた美咲に、為す術はない。

 知久が杖を振りかざし、振り下ろす。高度一〇〇〇〇メートル、雲より高い場所で瞬く強烈な爆裂は、一瞬とは言え地上をも照らした程だ。

「くぅ、あああああ!!」

『ギャーハハハ! ざまぁねぇなマスターア! 障壁保護率、三二%低下だーア!! 同じのをあと三発も喰らったらーア、死ぬぜーエ!』

「……黙れ、クリム!」

 まともに光に飲み込まれた美咲は、魔方陣を全力展開し、飛翔速度を増して一時離脱を図る。速度面では劣勢である知久は、美咲の急激な加速に追い付けない。

 六〇秒は加速し続け、互いの距離は既に五〇〇メートルも開いていた。が、それでも美咲には心許ない。速度において上回る美咲だが、先程は如何なる理由か、五〇〇メートルの距離を一瞬で詰められたのだ。油断はならない。

 まだ、足りない。五〇〇メートル程度の距離では全く足りない。ここはまだ、知久の攻撃範囲(テリトリー)であると、数多の経験則から弾き出された勘が訴えている。

「……くっ。とりあえず、私の射程限界まで離脱します。その間に、なるべく迅速に障壁の回復をしなさい」

『テメェでやれ』

「私はやれと言っている」

 足元の魔方陣を巧みに操り、高高度をジェット機並の速度で飛翔する。高所気圧や体感温度は、魔法少女が常に身に纏う魔法障壁によって、一気圧下に保たれているのだ。

 しかし、それも知久の攻撃によって、三分の一近く削り取られている。完全に破壊されない限り、それこそ一%でも残ってさえいれば、障壁の気圧調整機能は保たれるのだが……全て破壊されて仕舞えば、生身のまま高高度に放り出される事になる。それを考えるだけでゾッとする。

 尤も、知久の攻撃が三二%も削った以上、二・三撃目こそ耐えきれたとして、四撃目を受けて仕舞えば気圧差より先に、橙光のエネルギーで蒸発し兼ねないのだが。

「対象との距離、八〇〇。そろそろこちらの射程も限界ですね」

『ヒャッハ! リベンジかましてやろうぜーエ!』

 しかし、美咲とてただ闇雲に逃げていた訳ではない。破壊された障壁は一〇%ほど回復し、体内に魔力を溜め込んでいた。一度に放出出来る魔力量は知久に比べれば微々たる物かも知れないが、魔法少女の戦いとは単純な力比べでは成立しない。

 体内に取り込んだ魔力の基素を変換し、杖に宿す。必要量を込められた杖は淡い紫に灯り、遮る物のない夜空を照らす。

滞留魔力(コンストラクト)装填(チャージ)。一、二、三、四、五、六、七、八」

『クキャキャ。大盤振る舞いだな』

「先程の攻撃が気になります。この攻撃で『見極める』事にしましょう」

 クリムの軽口に答えながら、杖先端の周囲に八つの魔力球を生み出す。指向性を持たせて放出する単純な魔法攻撃と違い、その場に留めるのは高度な技術と膨大な魔力を必要とする。障壁によって快適に保たれていても、嫌な汗が頬を伝う。

「後方確認」

 小さく呟くと、美咲の眼鏡が反映した。表示されていた知久のステータスアイコンをレンズ端に最小化し、相互距離や相対速度、進行方角に魔力反応などの情報と共に、追随する知久の姿が鮮明に映し出される。

 美咲は映像(モニタ)に表示された知久を中心に据える。敵の射程圏外からの遠隔攻撃。

 ただし、

「全包囲からの波状攻撃ですが」

 一次接触(ファーストインパクト)の計測を基に、適切かつリスクの少ない戦術を組み立てる。飛翔する魔方陣上で反転、進行方向を後方推進(バック)に設定し、知久と相対する形で杖を握る。

『かのじょのじゅつしきじょう(タクティクス)からやっつのまりょくはんのう! きをつけてシルク、こうげきがくるよ』

「ハッ! あんな小さい魔力なんか、当たってもどうって事ないわよ!」

 後方推進ではやはり速力が低下するのか、美咲と知久の相互距離が徐々に迫る。美咲はそれを容認した。どの道、魔力出力の低い美咲の射程限界攻撃では命中率が低下する。

 ならば、まずは充分に引きつけてから、確実に当てる。眼鏡(モニタ)の中央に知久の姿を据え、照準固定(ロックオン)

 距離、七〇〇。攻撃力を重視した知久の射程では届かない位置。にも拘わらず、先程の不可思議な攻撃を鑑みるに、不安は拭えない。

(これ以上の接敵は危険か)

 まだ充分に引きつけられた訳ではないが、状況が状況だ。手の内が読めない敵を相手に先手を譲り続けていてはジリ貧でしかない。

 結論づけた美咲は、紫の杖を振るう。滞留し、併翔していた魔力球を撃ち出した。

 八つの魔力球は、大きく四陣に分けて放たれている。比較的直線軌道だが左右から迫る二発、大きく弧を描き、上下から同時に迫る二発二組。そして、あらぬ方向に飛んでいく二発。

 速度を調整され、緩やかに目標に飛ぶ都合八発の魔力球は、空中で旋回して軌道を変える。全弾同時発射による時間差攻撃。緩やかと言っても、知久の飛翔速度より遙かに速い。捕捉は容易だ。

 まず一陣。殆ど直線に近いカーブを描きながら左右から魔力球。知久はこれを、杖を横薙ぎに振るい、魔力を爆発させて防御した。

 間髪入れず上下から迫る二陣、四発。否、若干上方より迫る魔力球の方が速い。若干のタイムラグが発生している。

「うざ……ってぇ!」

 直線軌道を減速しないまま飛翔しながら、唐竹を割る様に縦一文字に杖を振る。爆発に巻き込まれた上方二発、下方一発が誘爆し、消滅した。

 だが、上下の速度を調整し、更に下方二発の速度も調整されていた魔力球は、後続する一発だけが誘爆する事なく接敵する。

 一撃、被弾。魔力球が知久の障壁に触れた瞬間、大きな爆発が起こった。無論、たかが一撃で貫通する事はないが、確実に僅かながら動きを封じる事は出来た。

 そこに、あらぬ方向に飛んでいた二発の魔力球が、大きく旋回し、知久の後方から飛来する。一瞬とは言え、動きを封じられていた知久に反応する隙はない。

(……)

 その様子を冷静に見つめる黒曜石の双眸。映像の再生倍率を変えた複数ウィンドウに分け、(つぶさ)に観察している。

 眼鏡レンズ越しに、最後の二発が背中に着弾したのを確認し、再び一時離脱を図る。手応えこそ感じたものの、あの程度で障壁を破壊出来た筈もない。近接戦重視の敵に有効な戦術は攻撃後即離脱(ヒットアンドアウェイ)だ。

 爆発に巻き込まれた知久が再起動する前に離れ、同じ要領で攻撃を繰り返す。戦闘中に体勢を整え直すのは容易ではない。一度はペースを奪われた身として、これ以上の失態なきよう、方針を決定した。

 後方観測モードに切り替え、体を反転する。成層圏間際のであるここでは、酸素が少なく、空気中の不純物が少なく澄んでいる。故に魔法少女は、正確な観測結果を導き出す為に超高度での戦闘を行うのだ。

 つまりそれは、爆発の影響で、爆煙が霧散しやすいという理由にもなる。

『ヤー。もういっちょ来るぜーエ』

「え?」

 紫と橙の入り混じった光の渦から、突如として何かが高速で飛来するのを、クリムが観測した。同時、レンズに映し出された敵影情報の相対速度が一気にマイナス値を弾き出し、相互距離が狂った様に減少していく。

「転ッ校ッ生ええええええええええ!!」

 飛び出したのは、オレンジ色の激しい発光を推進力に変えながら飛翔する知久本人だった。まるで天使の様に、背中から三対六枚の翼を生やしたまま、怒りに満ちた鬼気迫る表情で杖を握り締めている。

(無傷ッ……といいますか翼!? 違う、あれは――!?)

 煌々と、爛々と燃え盛る炎の様な魔力放出、否、魔力爆発。橙の光は夜空を照らし、昼間と見紛うばかりに分厚い雲を透過し地上に降り注ぐ。

 迫る。閃光が迫る。相互距離がぐんぐん狭まり、もはや端末(メガネ)を介す必要もない。レンズ越しに目視できる。

(魔法障壁を暴発させて、推進力にしている!?)

 誰が想像したか。本来、自らを守る鎧に回した魔力を放出して、そのエネルギーで高高速度を叩き出すなどと、狂気の沙汰とも知れない。

 いやそもそも、そんな馬鹿げた論理に基づき実践したところで、美咲には同じ事は出来ない。

 知久が実践しているのは魔法少女としての機能(ハード)の問題ではなく、技能(ソフト)の問題だ。美咲のみならず、他の誰にも真似は出来ない。

 オレンジ色の翼による推進力向上。それは紛れもなく、日下部知久だけが赦された固有スキルに他ならない。

(先の不可解な接近は、これだったのですか!!)

 弾丸の様な勢いを余す知久との距離は、数秒すらかからずに二〇〇を切る。背中から、翼の様にも見えるジェット噴射を発生させ、事実ジェット機よりも速く迫る。

 捕捉されている、逃げきれない、緊急回避、障壁強化、全力展開、迎撃魔法、速度不足、変換ペースが間に合わない、回避不能防御不能欺瞞不能反撃不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能不能ッ!!

 コンマ数秒で高速回転する美咲の思考を、端末は忠実に反映する。あらゆる行動提案を、無情にも不能(エラー)と応答するのみ。

 距離、四〇。知久の攻撃領域に突入した。凶暴な橙の光が、一合目の攻撃など様子見のお遊びに過ぎなかったと知らしめる程の、膨大な魔力の奔流を関知する。

(しかし、これは――)

 思考を巡らす美咲より速く、杖が振り下ろされる。

 知久の翼の発生から、実に一〇秒程度の逆転劇。美咲は橙色の光に呑み込まれた。

 意識は、肉体諸共に吹き飛ばされた。


 逆様に墜ちている。

 (そら)から墜ちている。

(……あ、)

 全身が麻痺しているのか、ピクリとも動かない。辛うじて眼球だけが動かせる事に気付いて、体躯(カラダ)を見下ろして、ようやく麻痺の理由を知った。

 何て事はない。動かないのではなく、動かせる部位を根刮ぎ失っていただけだった。

 右肩から左膝にかけて著しい損傷を確認。恐らく知久の高エネルギー攻撃を受けて蒸発したものと推測。

(……ああ、)

 戦闘続行は困難極まる状況。即時離脱を提案する。

 思考だけが空回りする。体が動かない。唯一無事な左手すら動かない。

 痛みはない。末端のうち三本を失い、ほぼ半身が消し炭になっている。神経が現状を正常に判断出来ない程の被害損傷だ。動かないのも無理からぬ。

(死ぬ)

 体を見下ろす(頭が下に墜ちているのだから、正確には見上げている)視界の端に、橙の光が見える。一撃で仕留め損なった美咲を、止めようとしているのか。

 無駄な事だ。どの道、このまま墜ちて仕舞えば地面に衝突して死ぬ。如何に障壁強化を施した魔法少女と言えど、高度一〇〇〇〇メートルから墜落して耐えきれる筈もない。まして美咲は、速力を重視する為に障壁を犠牲にしているのだ。

『クヒャッハハハ! 今のはヤベェ、致命攻撃(クリティカルヒット)って奴だーア! さっきの回復分を差し引いても障壁保護率、五%だーア! いよいよ後がねぇっつーのにあのクソアマ、トドメ刺しに来てんぞーオ!』

 あれだけの猛攻を受けながら、死んでいないどころか障壁が残っている事自体が奇跡と言えよう。クリムの耳障りな金切り声を意識の端に留めながら、美咲は重力に従って墜ちてゆく。

 否。

 逃走中の障壁回復がなければ、死んでいたという事だ。

 そして、死にさえしていなければ、魔法少女は戦う事が出来る。

 魔法少女とは、『そういう』存在なのだ。

(……クリム、緊急回避!)

『ケヒャッゲヒャッ! 何だよ生きてんじゃねーかよクソマスター! まあ、俺が活動してるって事ァそういう事なんだけどなーア!』

(戯れるな!)

 殆ど死に体である美咲の一喝に、戯れ言混じりに応えるクリム。墜ちる美咲の足元(消し飛んでいるが)に飛翔の魔方陣を再展開し、知久の突進の緊急回避を試みる。

「ああ!? まだ動けんのかよ!?」

『……みたいだね。あいてはしにかけとはいえ、ここはしんちょうにたたかおう、シルク。かのじょはきけんだ』

「ざっけんなアンバー! あんな死に損ない、あと一発ブチ込めば吹っ飛ぶっての!」

 拡散回線(オープンチャンネル)でヒステリックに叫ぶ知久。耳元に響く声の煩わしさは拭えないが、今はありがたいと言うしかない。

「……く、ぅ、か」

 クリムに指示を出そうとするが、舌が思い通りに動かない。そもそも肺機能がまともに働いていない。自身の不調に舌打ちすら出来ない。

(仕方ありません。情報交換の齟齬が発生しやすくはなりますが、心話で何とかしましょう)

『お、頭はようやく働き出したみたいだなーア。手足ないけど大丈夫かーア?』

(似合わない心配なんてするな、虫酸が走る。……まあ、かなり不便ではありますが、どうせ生えてくるのだから良しとしましょう)

『カッケー超カッケー! 流石は俺のマスターだぜーエいっそ死ね!』

 魔方陣を意思で操作し、知久と対峙しながら地面に向かって降下する。相変わらず、全身が焼け爛れて麻痺して仕舞っているので、筋肉ではなく魔力の出力差を応用して駆動させる事にする。

 不慣れな試みで左腕をぎこちなく動かす。肘を曲げ、伸ばし、手を閉じ、開き……ふと思い至る。

(いま気付いた。杖がない)

『さっきので吹っ飛んじまったなーア。再構成するかーア?』

(何秒かかる?)

『テメェの魔法出力じゃ二五〇秒ってとこかーア。勿論、安全な地上で、他に魔力を割く必要がないって条件でなーア。さて、来たぜ』

 話しているうちに、知久が眼前まで迫る。橙の翼に加え落下加速も相俟って、先の二合よりも接近が速く感じる。

(……莫迦の一つ覚えという奴ですね。不意を突いたさっきと同じ戦法が、何度も通じるとでも思っているのでしょうか)

 杖で薙ぐ様に、横に振るう。杖先端の発光に追随する橙の爆発が迸る。二撃目と同等かそれ以上の攻撃力を伴った爆発を、

 美咲は杖の動きに沿って魔方陣を動かし、滑り抜ける様に弧を描いて上昇する事で難なく回避した。

「んなぁ!?」

『ま、まずいよシルク! かのじょはボクらのせんじゅつにきづいてる!』

 すれ違い様に、肘を九〇度に固定した状態で知久に接近する。杖を失ったとは言え、速力に優勢のある美咲だからこそ、爆発よりなお速く懐に入り込む事が出来た。

 左肩から指先にまで魔力を集中、硬化し、知久の首に引っ掛けたまま勢い良く加速する。ラリアートの要領で、首をもぎ取る気構えで振り抜く。

 ばぎん、と鈍い音が、美咲の腕の骨を伝って響いた気がした。

「がきゃっ!?」

「くっ!」

 すれ違い様の物理攻撃に奇妙な悲鳴を漏らす知久は、橙の翼で加速した状態で一回転し、落下してゆく。一方で美咲も、衝撃で痺れる腕を振るって感触を確かめながら離脱する。

『敵影、障壁保護率四%低下。テメェも三%低下だーア』

(……流石に堅いですね)

『今の返し技は、本来は障壁保護率に余裕がある時に使う奇策だろうがーア? 奴の障壁は厚い、って事は反発力も強いって事だーア。一歩間違えればテメェの障壁全て粉々だったぜーエ』

(それも含めて、最後の確証を得る為の検証をしたに過ぎない。数値(ダメージ)の算出には自信がある。問題はありません)

『ああ?』

 怪訝そうに声を荒げるクリムを捨て置き、後方モニタで知久の様子を確認しながら持てる力を全て速力に回す。如何に障壁が分厚いと言っても、鎧ごと振り抜く一撃ならば、衝撃が通る事は実証済みだ。そうでなければ、辛うじて障壁が残って戦闘続行している美咲が、半身を失う様なダメージを受ける筈がない。

 現に知久は、加速度をプラスされた衝撃を受けて錐揉み回転しながら、地面に向かって勢い良く墜ちていく。背中の加速翼(ブースター)の制御を一時的に失った状態にある。この絶好の隙に、出来うる限り距離を離す事にする。

(検証は終了した。彼女の持つ固有スキルと思しき、不可解な幾つかの謎は解けた)

『何の話だーア?』

(惚けた事を言うな。貴女が言った事でしょう、「彼女は単独者」だと)

『……、…………あ〜。言った言った。けど、あれ単に「アイツ裏表激しくて友達少なそうじゃん?」ってだけの意味だったんだけどなーア』

(え?)

『え、何? お前、もしかしてあんな適当な話を真に受けて、今の危険な検証ってのをやったのかーア? グヒャヒャ、ゲェーヒャヒャヒャヒャ! 馬ッ鹿くせぇ、恥ずかしいなーアおい!』

(……殺す。コイツ、今日という今日は本気で殺す。絶対にその気色悪い紫の皮を剥いで削いで吊して潰して肉骨粉にしてやる)

 心中で大凡思い付く限りの怨嗟を吐き捨てる美咲。

 ようやく体勢を立て直した知久が後を追う様が映し出される。あわよくばあのまま首をへし折る腹積もりだったのだが、奇策は奇策、ここは正攻法に切り換える事にする。

 距離が開いている為か、反撃を警戒して近付こうとしないのか。いずれにせよ一度ペースを崩された知久が、再三攻撃に回るのは暫くの猶予がある。

『で、検証ってなぁ何だーア?』

(最初の牽制では、日下部知久は魔力放出で防御していた。二度目の攻撃も同様だが、タイミングをズラした波状攻撃に対処しきれず被弾した。……にも拘わらず、無傷。いくら私の魔力放出量が乏しいと言っても、私の魔法の貫通力は彼女の障壁とほぼ同等。ならば攻撃側(わたし)の攻撃は徹って然るべきだと言うのに、これは明らかに不可解すぎる)

『確かに、あの爆発でノーダメージってのは解せねーエな。……ん、爆発?』

(次の疑問はそれです。私の魔力放出量は彼女と比べ、微々たる物。障壁が攻撃を弾いただけなら、あの程度の魔力量なら粒子状に分散・拡散される筈です。つまり、あの爆発は私の魔力による物ではなく、あくまで日下部知久の固有スキルである可能性が高い)

『言われてみれば確かに不可解だが、ありゃあ俺でもそこまで関知出来なかったんだぜーエ。あの爆発にはお前の魔力が含まれていたからってのもあるけどよーオ、考え過ぎじゃねぇのかーア?』

(貴女の関知など、初めからアテにしていない。自意識過剰もそこまでにしなさい)

『ギャハ、素敵に愉快なお言葉をありがとよーオ!』

 戦線離脱より八七秒。消し炭になり吹き飛んだ手足や半身の再生は後回しに、魔法杖の再構成にのみ専念する。敵影のモニタリングや最高速飛行、障壁回復などと複合しながらの再構成は、やはり通常より時間がかかる。少なく見積もっても、クリムの申告した二五〇秒より倍はかかるだろう。

(だからこそ、先程の物理攻撃で検証した。私の立てた仮説が正しければ、彼女の固有スキルは物理攻撃には対応出来ない)

『……ふぅん。その裏付けの為に、さっきの危険な賭けに出たって訳だーア』

(魔法杖があればもっとスマートにやれたのでしょうが、贅沢は言えませんね)

『全体的な出力は落ちるが、杖がなくても魔法の使用は可能だからなーア。……クク、その弊害がやって来たぜ』

(……チッ)

 計器類とモニタを見やる。橙の光と共に、後方から知久の接近を確認する。突き放した距離が徐々に埋まりつつあるのだ。

 本来、魔法少女は自分の戦闘スタイルに応じて最適化された簡易魔法術式(ショート・タクティクス)を組み込んだ魔法杖を駆使するが、自身の内部に万能の力を有す魔法回路(サーキット)を持つが故に魔法の行使自体は杖がなくとも可能である。

 問題は、それが手動操作となる事にある。自動化された簡易術式は込められた魔力から、一度に放出出来るだけの魔力量を供給、思考選択された最適化術式に応じて発動する。普段から使い慣れた魔法であればある程、処理速度や放出量の制限が向上していく。逆も然り。

 一方、魔法杖をなくした魔法少女は、これらを手動で行う必要が生じる。自動化された術式と違い、必要な魔力量や魔法の指向性について、常に自分の脳内ないし体内で均衡を保ち処理しなくてはならない。魔法用途が複雑であり、必要魔力量が多い方が処理の難易度が高くなる道理は想像に難くない。

 これはどんな魔法にも適用される。今の美咲の様に単純な速力上昇でも、気流操作や耐重力分散など、幾つもの要素をリアルタイムで精密に、並列処理する事に繋がるのだ。僅かでも調整を誤れば、気圧や空気抵抗など諸々の事情により障壁が一気に剥がれ、即死する事だろう。

 結果、手動操作では処理速度の問題で自動操作には敵わない。魔法少女同士の戦いにおける勝利条件の一つは、敵対者の魔法杖を破壊する事でもある。

 そのセオリーだけで言えば、知久の猛攻を受け、半身を失い、魔法杖を破壊された美咲に勝機はない。それとも、それでも戦いを続ける彼女は既に正気でないのか。

 答えは否。

(クリム。私と彼女の損傷状態を確認)

『ヒヒ、これ聞いたら笑えてくるぜーエ。奴の障壁回復は俺達より早ェ。テメェの障壁保護率は回復含めて三%、あちらさんは完全回復の一〇〇%だーア。しかもこっちはほぼ死にかけの魔法杖なし』

(勝算はありそうですか?)

『ねぇなーア。〇%だーア』

(良かった。ここで安い気休めも言わない辺りが貴女らしい)

 状況は絶望的である。

 しかし。

 状況が絶望的だからと言って、絶望する理由にはならない。

(手動操作では彼女に捕捉され続ける。いえ、彼女の攻撃範囲である五〇〇メートル圏内に入った時点で攻撃され、掠めただけで溶かされますね)

『一方で、こっちの攻撃はちょっとやそっとじゃ、あの無敵防御を貫通したり出来ねぇだろうしなーア』

(理不尽ですね)

『理不尽だなーア』

 魔法杖はなし。右肩から左脚の膝までを吹き飛ばされ、右半身を炭化させられた現状。

(理不尽ですが)

 魔法で痛覚や血液を完全遮断していなければショック死する程の損傷を負っていながら、尚、美咲は笑う。

 否、嗤う。

 嘆く様に、嘲る様に、蔑む様に、悲しむ様に、悦ぶ様に、嗤い嗤い嗤い転げる。

 能面の美少女は、喜怒哀楽を全て同時に表情に表すという矛盾を、容易く行う。左右非対称な歪んだ笑顔を浮かべる。

(確かに理不尽極まる性能ではありますが……魔法少女であるのなら覚えておけ、日下部知久。私達は存在そのものが理不尽そのものだという事を!)

 クカカ、と。クリムの嗤い声が聞こえた。

 対象との距離を測定、七二〇。魔法杖再構成まで推定四〇〇秒。障壁保護率は三%程度。攻撃どころか戦闘続行すらままならぬ……否、動ける事、生きている事が奇跡の様だ。

 にも拘わらず。

 美咲は針路を反転、大きく弧を描きながら、自分よりも速く飛来する知久へ、突撃していた。お互いに向かい合う形で飛翔する事で、あっさりと知久の加速攻撃圏内に突入する。

「なっ、……馬鹿な! あれだけダメージを受けて突っ込んでくる!? アタマおかしいんじゃない!?」

『きをつけて、シルク! かのじょはなにかをねらってるよ!』

「奇をてらった策、って訳でもなさそうだな! 畜生、嫌な予感がする! 回避行動!」

『いいはんだんだよ、シルク。せんきょくはこちらにぶがあるんだ、わざわざわなにとびこむひつようはないよ』

 相変わらず、戦略性皆無のオープンチャンネルによる会話が、眼鏡越しに聞こえてくる。その愚行は、一つの答えへと導いてくれる。

 ──思えば、彼女は初めから、そういう兆候があった。

 それを疑問に想わなかった訳ではない。ただ、確信が持てなかっただけだ。故に、美咲は疑問を疑問のまま保留し、あくまで敵対情報の一つとして処理していた。

 ここに来て、ようやく、美咲の仮説は完全に立証されたのだ。

 接触まであと数十メートル。美咲は手動で魔力を操作し、思念を送る。

(種の明けた手品師ほど滑稽な物はありませんよ、日下部知久)

「んッ……だとぉ……!?」

(それも『自分の手品はバレていない』と勘違いしたまま披露し続けるのは、観る側としましても居たたまれないものです)

 逃げの一手から転じて、急速に接近する美咲に危険を感じて旋回する知久。だが、その判断は数瞬ばかり遅い。

 手動操作の弊害として速力を損なった美咲だが、だからと言って知久が素早くなった訳ではない。あくまで相対速度として知久に分があるだけで、その差は絶妙な物だ。

 互いの速度がほぼ同等であれば、追う者と追われる者、狙う者と避ける者では、前者に有利に働くのは自明の理と言えよう。

 そも、知久は天性の絶対防御を持っている。また、近接戦においては美咲を圧倒的に凌駕した火力を誇る。

 なればこそ。彼女は「避ける」ではなく「見極める」選択をすべきであったと言わざるを得ない。

(『他者を信用しない』。貴女の戦いは、終始そこに執着していた。だからこそ、他者に付け入られるんですよ)

 杖も持たない、半身喪失の魔法少女が妖しく笑う。

 自力では指一本動かず、魔力にて四苦八苦しながら駆動しているに過ぎない左手が、肉薄した知久に伸ばされる。


 白魚の様に艶やかで色気のある指先が知久の頬に触れ、水を掬い取る様に緩やかに──『知久の魔法障壁を抉って喰んだ』。


「ぎっ……!?」

(美味しく頂きましょう。御馳走様です)

 蛇に頬を舐められた様な、おぞましい錯覚。すれ違い様に受けた奇妙な攻撃は、身の毛もよだつ不気味な物だった。

 障壁を削られた。それはいい。魔法少女は常に魔法障壁を展開し続け、これがある限りは過剰な部位ダメージを受けない以上、常にダメージを吸収し続ける。

 だが、知久のそれは、ただの魔法障壁ではない。彼女だけが赦された、特殊で特別な固有スキルなのである。

 どんな強力な魔法であっても弾き返す筈の障壁が……『ゾロリ』と削り取られ、喰われた。これを異常と言わず、何と言うのか──!

「くそ、アンバー、何だアリャ!? 私は何をされたんだ!?」

『たんじゅんなぶつりこうげきだね。かのじょはきみのじゃくてんにきづいたということさ。……ほんとうに、てきながらたいしたかんさつがんだね』

「……物理攻撃、だと?」

『そうさ。どれだけすぐれたこうげきであっても「まほう」であればはじきかえすきみのこゆうスキルは、ぎゃくをいえば「まほう」しかぼうぎょしきれない。なぎみさきは、このたんじかんでそれをみきったんだよ』

 端末(メガネ)が傍受する知久の会話を聞きながら、美咲は一時戦線離脱、体勢を整えながら体に巻き付いた(クリム)に呟く。

(つまり、こういう事ですよ)

『……なるほどなーア。よくこれを見破ったなーア、テメェ』

(むしろ、分からない方がどうかしている。あそこまで明け透けであれば、幼稚園児だって見抜けますよ。いや、幼稚園児の方がもっと狡猾に隠すでしょうね)

 美咲の言葉に誇張はない。それは真実、彼女が抱いた感想だ。

前半戦(これまで)が彼女の独壇場だと言うのなら、後半戦(これから)は私の独壇場だ。さて、どうしましょうか?)

『ヒィっヒヒヒ! そんなん、決まってんだろーオ!』

(……ですね。やる事は変わらない)

 新鮮で肉厚な獲物を前に、見逃す捕食者はいない。反撃を恐れて逃げるにすら値しない。

(さぁ、たんと暴食(おたべ)なさい、クリム)

『ギャあハハハはははーハハ! ありがとオよーオ、このクソアマ! たっぷり、たっぷり、たーアっぷり喰わせてもらうぜーエ!!』

 嘲笑する魔法少女と、狂笑する蛇。双眸はレンズに映った橙のドレスを着た少女を捉えている。

 肉食獣が草食獣を見つめる様に。

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