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プロローグ

 夜空に沈む街灯の海を、二つの影が双筋の軌跡を描いて泳ぐ。

 片や、人の理を外れた奇形。異形の黒い塊としか言えない『何か』。

 基本的な形状(フォルム)は霊長類のソレと類似している。爬虫類の様な鱗状の皮膚を纏いさえしなければ。

 尤も――こうして遠くから見た限りでも、『何か』の細部(ディテール)は蠢き、形態を変えつつある。その無形(カタチ)に定義を持たせる事など、無意味ではなかろうか。

「……この方角は、病院か」

 黒い『何か』を追随する様に、少し後方を飛ぶもう片方の影が呟く。それは真に人間だった。

 足元にはボウと薄暗い紫色に輝く真円の魔方陣。それをスノーボードの如く靴底(ブーツ)に固定し、体重移動と姿勢制御で巧みに操作して迫りつつある。

「いい加減に、停まりなさい」

 人間――紫色のドレスを着た少女――は、身の丈程はあろう、手にした紫の杖を振るう。先端から迸る複数の光線は、歪曲する様に大きな弧を描き、黒い『何か』の進行方向で全て合流、爆発した。

『――!』

 凡そ、地球上のどんな音にも該当しないだろう複雑怪奇な咆哮を発する。空中にて、翼を羽ばたかせながらホバリングする様は、改めてこの世の生物ではない。

 基礎(デッサン)が狂っている。視る者全てに不快感と不安感を与え、精神を磨耗させていく。髪の毛を掻き毟り、頭皮が剥げて血が溢れるまで藻掻き狂っても、足りやしない。

 今にも崩れそうな形状を、未だに崩しながら、頭部についた双眸と思わしき白い球体がギョロリと動き、少女を見やった。

『――――!!』

 野生の獣にすら劣る、知性の欠片もない慟哭が、少女の身を裂く。聞くだけで身悶え発狂し兼ねない叫声を受けて尚、少女は大きな杖を槍の様に構える。

「クリム。敵影詳細(エネミーサーチ)

『ヒーヒヒャハ! 無理無理、無ゥ理だなーア! 漏洩防止(プロテクト)がかかってらーア!』

「……承知。その忌々しい下品な口を閉じていなさい」

『場合によっちゃ、考えてやらんでもねぇなーア! けど今は……来るぜーエ!』

 どこから聞こえているのか。少女の肉声とはかけ離れた、奇妙な声質の主が警告した瞬間、黒い『何か』が右腕を振り上げた。咄嗟に左足を踏み込み、体を前傾する。

 魔方陣が力強く傾いた瞬間、爆発した様な光の奔流と共に少女の姿が消滅する。ほぼ同時に、黒い『何か』の右腕が極端に奇形し、ゴムの様に伸びて一瞬前まで少女が居た場所を擦過する。

『あんなん、一発でも喰らったらアウトだなーア! 俺達の面の皮はそんなに厚くねーエ!』

「『達』、と一括りにされるのは不愉快ですね。それは私だけの台詞であって、貴方は違うでしょう」

 不思議な声に対して嫌悪感を示しながら、魔方陣に乗った少女は黒い『何か』の背後に回り込む。先程より距離を取ったまま、杖の先端は『何か』に向けたままだ。

「まずは、その邪魔な皮を綺麗に剥がせて貰いましょうか。……クリム」

『ベロリと綺麗に剥いでやるよーオ! アッヒャ、ヒヒヒィヒヒヒヒャアハハハ!!』

 背を向けたまま『何か』は首を一八〇度回転させて、背後に回り込んだ少女を睨む。敵の回避行動をようやく理解したのか、体が一瞬だけ溶けた様に脈動したかと思うと、液体が形を変える様な不気味な動きで『何か』は少女と相対する。

 そして、再びの狂乱、咆哮。

『――!』

 空気をビリビリと引き裂く様な雄叫びを受け流し、平然を装い凛然と過ごす少女は、その無知性ぶりを嘲笑する様に鼻を鳴らし、唇を歪めて嗤い飛ばす。

「このアクマ」

 アクマは疾駆する。夜光(ネオン)の海を疾駆する。夜空の風を疾駆する。

 対する少女は静止する。冷静な冷酷な冷徹な双眸でアクマを漫然と見つめながら、緩やかな動きでアクマの怒涛を回避する。

 一つでも受ければ死に直結しかねない攻撃を、紙一重の皮一枚で回避する。

「貴女の絶望は、私が担いましょう。故に、貴女の希望を私が奪うは道理と云うもの」

 杖の先端に紫の光弾を灯し、身に纏う紫のドレスを翻し、少女は夜空に輝く満天の月星に聞かせる様に謳い続ける。

 幸福を謳う。

 契約を謳う。

 心象を謳う。

 呪いの様に。


「絶望を希望に。森羅の理は、私を軸に反転する――」

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