踊り子の夜 〈3〉
仮面の踊り子は、静かに右手を掲げた。
その手には、下半身に履いていた白いショーツが握られている。
左手は、ショールの端を握って下に引っ張っている。
その姿勢のまま、踊り子はクルリと一回転した。
上に掲げていたショーツを目の前に下ろし、両手で掴み閉めながらじっと見つめている。その間も、ゆっくりと向きを変え続けている。全ての客にその姿を見せる事を、常に意識しているのだろう。否、もうそれは無意識の配慮なのかもしれない。常に向きを変えて全ての観客に見せ続ける事は、習慣化した反射的な行動であるかもしれない。
やがて、おもむろにスキャンティを放り捨てた。
ショールの裾を握って下に引っ張り、上体を揺らしながら、と言うより腰を振りながら向きを変え、クルクルと回る。観客の欲情を煽るような、それを拒むような、微妙な仕草だった。
一頻り身をうねらせると、踊り子はステージの端まで進んだ。
音楽がまたしても変わっている。今度は軽妙な、笛の音色であった。
飽くまで下半身を隠しながら、踊り子は舞台の端を、クルクルと回りながら歩いてゆく。自分の全てがあらゆる方向から見えるように身を踊らせ、踊り子は進む。
踊り子が目の前に来ると、客は身を乗り出すように目を向ける。そんな観客の期待をはぐらかすように、踊り子は舞台の上を軽やかに舞い続ける。
そうやってほぼステージを一周した後に、踊り子はショールを握っていた手を離した。そして、同じように舞台の上を歩いてゆく。
ショールの裾が翻るたび、客の卑猥な期待感は上昇してゆく。
ステージを一周した後、今度は両手を小さく動かしながら、踊り子は同じように回り続ける。
踊り子の腕が右に左に、前に後ろに振れる度、ショールの端はフワリとめくれ掛ける。
更に客席のテンションが上がる。
踊り子は巧妙にショールを捌いて中身を見せる事は決してしない。それでも、何かのハプニングでも起こらぬかとばかりに、客の目は一瞬の隙も見逃すまいと踊り子に注がれている。
踊り子の周囲に漂う緊張は、既にショーに慣れた余裕と、何かのアクシデントが起きぬかという不安とにはさまれながら、舞を続けると言うきわどい気配だった。
時に、ショールが大きくまくれて見えそうになるが、踊り子はその都度両手でショールを引き下ろし、下半身を死守していた。
更に舞台を周り終えると、今度は軽く脚を上げながら踊り子が舞を続ける。流石にショールの端は握りながらの行為であるが、時折その裾を手から放して客の期待感を煽る事も忘れない。時に膝を上げ、小石でも蹴り飛ばすように脚を伸ばしながら、ステージを周る。
そうして、次の一周の際には更に脚を大胆に、殆ど蹴り上げるくらいまで大きく動かしつつ、舞台を歩き続ける。
やがて、踊り子はステージの中央に歩み寄った。
仮面の踊り子は再び舞台の中央に立った。
軽妙な笛の音は鳴り止んでいる。
ステージの上でゆったりと回りながら、ショールの下で両手を上下させていた。腕だけではなく、踵を一緒に上げて何かのリズムを取るように動く。
その手の動きを止めると、踊り子はショールの裾をつまみ、少しだけ引き上げた。
客席に、塊のような緊迫感が漲る。
引き上げていたショールを話すと、踊り子は再び俯いた。何かの悔いを残しているといった趣であった。
もう一度、踊り子はショールを引き上げた。膝を見せたくらいの、中途半端な高さのまま、いつまでもステージの中央で回り続けている。
客に向かって、許しを乞う様な姿だった。
観客は、残酷な期待に満ちた沈黙を持って、踊り子を追い詰めている。
首をすくめ、怯えたような仕草のまま、踊り子はショールの端をつまんでいた。
踊り子が悲しげに佇んでいるその間にも、威圧的な沈黙は容赦無く過ぎ去ってゆく。
踊り子は救いの無いままに、ステージの上に取り残されたようであった。
ついに踊り子は、未練を断ち切るようにショールを差し上げて首を縮めた。
その姿に、客席の内側に秘めた欲情が更に高まった。
首を通す穴に顔がスッポリ隠れて、下は太ももが露わになった。
おお、と客席がどよめいた。
沈黙とざわめきが混じり合う客席には、息を呑むような期待感と痛いほどの緊張が漲った。
そして--ついに踊り子は、ショールを脱ぎ捨てたのであった。