魔女が毒イチゴを作りたいというのでイチゴを献上しようとする男
今はイチゴの出荷時期。
農家のバイトとして出荷を手伝う桜宮 与一は孤独だった。
田舎のいちご畑では、農家のバイトなど滅多にくるものはおらず、大体が近所の手助けで成り立っていた。
与一は面接も履歴書もいらないと言われ飛びつくように入った。
しかし。
「ちょっと、えっと……そこの子!」
「桜宮です」
「桜宮くんさぁ、もっと早くやってくれない? そんなにゆっくりやられると間に合わないのよ」
「はい」
与一はそう言われても一向にスピードを上げようとはしていなかった。
自分の名前を覚えない老人、イチゴを丁重に扱いたいという精神性を理解しない老人とその息子、みて覚えろ、それが社会だ、学校と違うと企業家ぶりたい近所の老人ども。
その者たちに媚を売るように、合わせることなど与一にはできなかった。
それが社会?
それが大人?
アルバイトで出来なければ正社員でも出来ない?
乾いた笑いが鼻から漏れた。スロースピードでイチゴを収穫し続ける与一に周りの人間はため息を吐いて、与一が挨拶をして帰れば陰口を言うばかり。
帰り道に与一は、軍手を外してジャージのズボンのポケットに突っ込んだ。
与一は、長靴を履いているせいで足の裏の体温がどんどん上がっていっていて、それが心底不快だった。
祖父の迎えの車が来るまでだいぶ時間がある。
彼は足の不快感をどうにかするために、近くのトンネルを歩きその先にでた。
田舎のトンネルの先は、森の中ですぐそこから滝の音が聞こえた。
と言ってもここの滝は小さく、流れの勢いもそこまでではない。
しかし、ここは穴場なのだ。
水が綺麗だと祖父に教えてもらった。
お前はもっと自然に触れた方がいい、自分の迎えが遅い時はそこにいろと言われたので素直にそこに向かったのだ。
薄暗い中で、光が差してくる。
長靴と靴下を脱いで、裸足になれば岩の冷たさが心地よい。
与一は岩にあぐらをかいて座り、滝を眺めていた。
「あら、先客さんかしら?」
艶やかで不気味な女の声。
頭のてっぺんから足の指先まで、即座に警戒してしま うその声に与一の心臓はどくり、と大きくなった。
「そんなに怯えなくていいわよ、坊や、今は何もしないから、うふふ」
這うような声に、不敵に笑う口元。
いつの間にか近くまで来ていた女に、与一は眉をひそめてじっと見つめた。
「あらあら、喋れなくなっちゃった?」
「え、キスするんすか?」
女は驚いた。
なぜなら、与一の唇を指で触れた瞬間、彼が頬を赤らめたからだ。
「ちょっと待ってください、歯磨きをしなければ」
「そういうの気にするタイプなのね」
「ああ、持ってないな、お姉さんの家って歯磨きできるセットあります?」
「あなた私とキスしたいの?」
「え、いまのってキスのサインですよね? 姉が持っている漫画では必ずそういうサインがでてきていたので、お姉さんの家、案内してもらえます?」
女は心底わけがわからなかった。
新手のナンパ?
女は自分の家に与一を連れて行く。
滝から歩いて六分ほどのさらに山奥。
古い洋館のような家だった。
あちこちに蔦があり、草は生えたまま処理されず、家の中も暗かった。
薄気味悪い、そんな家だ。
「歯ブラシが黒いですね」
「そうね」
「歯磨き粉も黒いですね」
「私しか使ってないもの」
「おおっと間接キスですね、歯磨きの使いあいもなかなかにいやらしいものだな」
与一は当たり前にそういう。
女は部屋の中のランプにすら灯りをつけなかった。
今まで与一は彼女とキスをするか、だけを気にしていたが、周りを見た時にふとその薄気味悪さにゾクッとしてしまった。
「暗くないすか?」
「暗いわね、でも私にはふさわしいわ」
「お姉さんって、人間なんですか?」
ふと、浮かんできた疑問。
どこか世界から浮いた存在のように感じられた。
とても失礼な質問ではあったが、口から出たものはもう戻せなかった。
「鋭いわね、私は魔女よ」
「……魔女って現代日本にもいるんすね」
「ものわかりがいいわね」
「まあ、多様性の時代ですし」
すると魔女はぎい、と古い椅子に座って紫色の口紅を塗り出した。
ヒビの入った鏡に彼女の不気味さがより目立つ。
「私ね、毒イチゴを作ってみたいのよ、食べれば一度命を儚く終わらせてあげられるような甘美なものをね、うっふっふ」
「ターゲットいるんすか?」
「2人」
「ふうん」
「あなたって驚かないのね、それとも怖くて頭が動かないの間違い?」
「どっちもですね、毒イチゴの研究ですか、毒林檎は聞いたことありましたけど」
「あら、協力してくれるのかしら? その言いっぷりは」
「まあ、してもいいすよ」
魔女は一瞬、瞳を開いた後、高笑いした。
こんなに面白い人間がいるんだ、こんなに滑稽な人間がいるんだ、と与一のことを心から思った。
かくして与一は魔女から、イチゴ農家のイチゴを二粒盗んでくるように指示された。
翌日もイチゴ農家のアルバイトの日だった。
「あー、えっと、えっとぉ」
「桜宮です」
「もー、桜宮くんはそれやっていい! 私らは休憩するから君も終わったら来なさい!」
「はい」
与一は魔王の如くニヤリと笑った。
ポケットの中に仕込んだビニール袋にイチゴを2粒入れる。
そして、のそりのそりと作業をいつもより遅くやる。
戻ってきた近所の老人や農家たちは、ため息を吐いた。
耳にそのため息がこびりついたまま、与一は自分のリュックに入口を縛ったビニール袋を入れた。
「上出来よ」
「ありがとうございます」
帰り道に魔女のところへ寄り、イチゴを届けた。
魔女はグツグツとなべで何かを煮込んでいた。
炎を魔法で消し、一気に煮込んでいたものを魔法で冷ます。
「便利ですね」
「うふふ」
魔女はお手製の注射針にその液体を入れて、イチゴに針を刺し液体を注入した。
針は極細なので、まさか毒入りとは思わない。
「食べてみる?」
「死ねって言ってますよね」
「うふふ、冗談よ、あなたは良い人だから死なせないわ」
魔女はぱくっ、とイチゴを食べた。
与一は目を見開いた。
魔女は、口元を押さえて血を吐き出した。
まさか、死なせたいのって自分か?
俺は自殺の片棒を握ってしまったのか?
そんな不安にかられ、顔が青くなった与一の隣で魔女が叫んだ。
「うーん!! これこれぇ!!」
魔女からはドスのきいた声が上がった。
目は焦点が合わず、しかし輝いている。
口からは血が流れ、鼻水を垂らしている。
与一はドン引きしつつ魔女を見ていた。
「あら、ごめんなさい」
「何事かと思いました」
「うふふ、私、毒の耐性かなりあるからへっちゃらなのよ」
黒色のハンカチで口元を拭き、紫色のティッシュで鼻水をふく魔女。
「でも、これじゃあの女を甘美な死へは誘えないかもしれないわ、ちょっと口が痺れた程度ですもの」
「魔女さんの耐性がつきすぎている可能性は考えられませんか?」
「……とりあえずその線は薄いと思うわ、兄弟の中で一番毒への耐性が薄いのは私だもの」
「なるほど、より強力なモノにする必要があるということですね」
「でも、この毒の液体はこれくらいの注入が限界だわ、より強力な毒になるとイチゴと相性がよくないのよ、匂いでバレてしまうし」
「……、育てる段階で毒を入れるのはどうでしょう?」
与一は、魔女に提案した。
魔女はしばらく考えた後、ふう、と息を漏らした。
「無理よ、だって私イチゴの育て方知らないんですもの」
「魔法でも出せないんですか?」
「出せないわね」
「じゃあ土から作りましょう」
その日から、毒いちごを育てる二人組が誕生した。
まず畑となる場所を探し、二人で土を耕した。
汗水垂らしながらの作業だったが、与一は普段、田舎の家で畑仕事を任されているため魔女に手取り足取り教えた。
耕した土に肥料を撒く。
これも実家直伝のものだった。
そしてイチゴの苗はというと、来年を見越して作っておいたであろうはずの苗を夜中に魔女が華麗に二つ奪っていった。
最後のアルバイトの日は、それで農家が大騒ぎしていたが、与一は相変わらずスローペースで行い感謝の挨拶をして魔女の元へ向かった。
農家には申し訳ないことをしたと与一は思う。
罪悪感を胸に、与一は彼女と毒イチゴを作り始めた。
「これはどう土に植えればいいのかしら?」
「これはですね」
二人の距離が近づく。
魔女は手袋をして、長靴のようなものを履いていた。
ある程度の深さまで手で掘って苗を入れる。
入れたら、覆い被せるようにしながらもあまりぎゅっと固めずに、苗が少し見える程度。
魔女は四苦八苦しながらも、こんな感じかしら?と不安げに与一に聞いた。
「いいと思います」
与一の言葉に魔女は、うふふっと笑みをこぼした。
それから二人は水を毒に変えて、それをイチゴに吸収させるように試行錯誤を重ねた。
元気がなさそうに萎れていれば魔女は我が子のように心配し、元気良くなっていたり成長していると目を輝かせた。
ある時、魔女は自分の家で、与一にアップルパイを焼いたのだ。
「毒入りですか?」
「ううん、違うわ」
「毒味お願いします」
「うふふ、いいわよ」
魔女は先にアップルパイを食べる。
吐血も鼻水もでずに、ただつまらなさそうに食べるのみだった。
なるほど、これは大丈夫そうだと思い与一はアップルパイを一口食べた。
しゃくっ、と甘さ控えめに煮たリンゴが音をたて、ジューシーな甘酸っぱさが広がった。
パイのサクッ、サクッ、という音がなんとも心地よかった。
「珍しいですね、どうしてアップルパイを振る舞ってくれたんですか?」
「話を聞いて欲しいからよ」
「話?」
与一は首を傾げた。
すると魔女は、ふふッと笑った。
「あのイチゴね、私を裏切った男と騙した女に食べさせようと思ったの」
「はい」
「でも、奴らは引き離されたらしいわ」
「ほう、そりゃまた、どうして?」
「さあ、そこまでは、でもお互い執着しあってた二人だから離れるのは地獄でしょうね」
魔女は外を見た。
畑の方だ。
イチゴ畑は、即席ビニールハウスの中にいた。
「私、ずっと毒イチゴを食べて奴らが地獄に行けばいいと思ってた、でも奴らは勝手に地獄に行ってくれた」
「まあ、この世界はクソですから自分から地獄を見るのも容易いことですよ」
「ええ、そして気づいたの」
魔女は与一に視線を向けた。
その表情からは最初にあった時のような不気味さも薄気味悪さもなく、ただただ憑き物が落ちたような感じがした。
「私たち、まだキスしてないって」
「ああ……、そういえば」
「あら、忘れていたのね」
「毒イチゴなんてパワーワード聞けば忘れますよ」
「今日は歯磨き粉持つ必要はないわ」
「それは……どういう……」
すると、魔女は与一に近づいた。
ふにっ、と唇同士が触れ合う感覚。
与一は、離された唇を見ながら顔をぶわっ、と赤くした。
「二人ともアップルパイの味、でしょう?」
「それは……反則です」
「もう私は拠点を変える必要があるの」
「なるほど、それも反則ですね」
「だからあのイチゴは私が持って行くわ」
「二つあるんです、一つは俺に」
「いやよ、二つとも私のよ」
「そのわがままも反則です」
魔女は笑った。与一はため息を吐いた。
帰り道、与一は自分の唇に触れた。
そしてまた、彼はため息を吐いた。
翌日、二人で育てたいちご畑はなく、ただ土が耕された場所になっていた。
特にこれといったメッセージも、プレゼントもないまま、魔女は去っていった。
やっぱり魔女も世界も、何もかもクソだ。
しかしその畑に唾を吐く気には、与一はどうしてもなれなかった。




