婚約破棄されたので大人しく消えるつもりでしたが、隣国の皇太子に拾われて溺愛されながら元婚約者達を徹底的に潰すことにしました
その日、私はすべてを失った。
「リリアーナ・エルグランデ。貴様との婚約は、この場をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声は、かつて愛した男――第一王子アルベルトのものだった。
周囲の貴族達がざわめく。 だが、私の耳にはもう何も届いていなかった。
「理由は明白だ。お前は聖女をいじめ、陰で毒まで盛ろうとした――最低の女だ」
視線の先には、彼の腕に寄り添う少女。 か弱く震える“聖女”ミレイユ。
……ああ、なるほど。
そういう筋書きなのね。
「申し開きは?」
「……ありませんわ」
私がそう言った瞬間、会場はどよめいた。 本来なら否定し、涙を流し、必死に縋るべき場面だろう。
でも、どうでもよかった。
――この人は、最初から私を信じていなかった。
「潔いな。だが罪は消えん。貴様は国外追放とする」
処刑ではないだけ、温情のつもりなのだろう。 滑稽で仕方がない。
「かしこまりました」
私はドレスの裾を摘まみ、優雅に礼をした。
その瞬間――
心の中で、何かが完全に壊れた。
国境を越え、私は一人になった。
護衛もいない。財産もない。 ただの“元・公爵令嬢”という肩書きだけが、虚しく残っている。
――ここで死ぬのも悪くない。
そう思った時だった。
「随分と、いい目をしているな」
低く、よく通る声。
振り返ると、そこにいたのは――
銀髪の男だった。
「……どちら様ですの?」
「名乗る前に一つ。お前、復讐したいだろう?」
その言葉に、心臓が強く跳ねた。
見透かされている。
「……さあ、どうでしょう」
「誤魔化すな。その目は“全てを焼き払う者”の目だ」
男はゆっくりと笑う。
「俺は隣国ヴァルディスの皇太子、カイル・ヴァルディスだ」
――皇太子。
なぜそんな人物が、こんな場所に。
「お前を気に入った。拾ってやる」
「……施しは不要です」
「違う。これは契約だ」
彼は私の顎に手をかけ、無理やり視線を合わせる。
「俺はお前に力をやる。お前は俺に“面白い復讐劇”を見せろ」
狂っている。
けれど――
「……その契約、受けましょう」
私の中で、何かが確かに燃え上がった。
それからの日々は、まるで別世界だった。
私はカイルの庇護のもと、徹底的に鍛えられた。 剣、魔術、政治、情報戦――すべて。
「飲み込みが早いな」
「元々、無能ではありませんので」
「知ってる。だから拾った」
さらりと言う彼に、少しだけ胸がざわつく。
気付けば、彼はいつも傍にいた。
「無理するな」
「命令ですか?」
「違う。……心配してるだけだ」
その言葉に、私は一瞬言葉を失う。
――どうして、そんな顔をするの。
まるで、本当に大切に思っているみたいな。
そして一年後。
私は“別人”として祖国に戻った。
ヴァルディスの特使として。
「初めまして、皆様」
大広間。 かつて私が断罪された場所。
そこに、私は立っている。
「……貴様は」
アルベルトの顔が歪む。
当然だろう。 かつて追放した女が、隣国の後ろ盾を得て戻ってきたのだから。
「リリアーナ様に似ていますね、なんて言われるのですが……光栄ですわ」
微笑む。
完璧な仮面で。
そして、ゆっくりと――牙を剥いた。
復讐は、派手ではない。
静かに、確実に。
まずは証拠を集めた。 ミレイユの“聖女の奇跡”が偽物であること。
そして――
「なっ……そんなはずは!」
毒を盛ったのが、彼女自身だったという事実。
「証拠は全て揃っています」
私の一言で、場の空気が凍りつく。
「アルベルト殿下。あなたは虚偽の罪で一人の公爵令嬢を追放しました」
逃げ場はない。
「これは外交問題です」
カイルが一歩前に出る。
「我が国としては、相応の責任を求める」
――終わりだ。
彼らの世界は、ここで崩壊する。
数日後。
王子は廃嫡。 聖女は処刑。
エルグランデ公爵家も没落した。
すべて、終わった。
「満足したか?」
カイルが問う。
「ええ」
嘘ではない。
けれど――
「……少し、虚しいですわね」
彼は一瞬だけ目を細めた。
そして、静かに言う。
「なら、これからは俺のために生きろ」
「……は?」
「復讐は終わった。次は“幸せになる番”だ」
真っ直ぐな視線。
逃げ場なんて、最初からなかった。
「お前は俺のものだ、リリアーナ」
その言葉に、胸が強く締め付けられる。
「嫌ですわ」
「即答か」
「ですが――」
私は彼の胸にそっと手を置いた。
「あなたとなら、悪くないかもしれません」
一瞬の沈黙。
そして――
「……最初からそう言え」
彼は強く、私を抱き寄せた。
こうして私は、すべてを失い――
そして、すべてを手に入れた。
復讐も、愛も。
もう二度と、誰にも踏みにじらせはしない。
私は、彼と共に生きる。
この世界の頂点で。
◆ ◆ ◆ ◆
「――結婚しろ」
あまりにも雑なプロポーズだった。
「嫌ですわ」
「またそれか」
即答する私に、カイルは眉をひそめる。
けれどその目は、まったく諦めていない。
「お前、もう逃げられないぞ」
「何からですの?」
「俺からだ」
……本当に、この人は。
どこまでも真っ直ぐで、どこまでも傲慢で。
そして――
「どうして、そこまで私に執着なさるのです?」
問いかけた瞬間。
カイルは、ほんのわずかだけ目を伏せた。
「最初に会った時からだ」
「……」
「あの時のお前は、全部失って、それでも折れてなかった」
ゆっくりと近付いてくる。
「だから決めた。こいつは俺の隣に立たせるってな」
逃げ場はない。
最初からずっと。
「……強引すぎますわ」
「知ってる」
そして彼は、私の手を取った。
「それでもいい。お前が欲しい」
――ずるい。
そんな言い方、断れるわけがない。
「……一つ、条件があります」
「言え」
「一生、後悔させないでくださいませ」
一瞬。
彼は、息を止めた。
次の瞬間。
「上等だ」
力強く、私を引き寄せる。
「お前こそ、俺から逃げるなよ」
「ええ、もう逃げませんわ」
こうして――
私はカイル・ヴァルディスの妻になることを決めた。
結婚式は、盛大だった。
隣国どころか、各国の要人が集まる大式典。
純白のドレスに身を包み、私はゆっくりと歩く。
視線の先には――
彼。
誰よりも堂々とした、私の夫。
「綺麗だな」
「今さらですの?」
「いや、想像以上だった」
さらりと言う。
恥ずかしげもなく。
「……そういうところ、本当にずるいですわ」
「今さらだろ」
軽く笑って、彼は私の手を取る。
そして――誓いの口付け。
その瞬間。
会場が歓声に包まれた。
結婚後。
私の日常は、完全に変わった。
「リリアーナ、これはどうだ」
「書類ですか?」
「違う。新しく作らせたドレスだ」
「……またですの?」
部屋には、すでに山のようなドレス。
「全部似合うから問題ない」
「着る時間がありませんわ」
「なら、俺の前でだけ着ればいい」
「却下です」
即答。
けれど――
「……ほんの少しだけなら」
「よし」
即決。
そして本当に、目の前で着替えさせようとするから困る。
「ちょっと!?」
「夫婦だろ」
「限度があります!」
笑いながら抱き寄せてくる。
その腕は、絶対に離してくれない。
「リリアーナ」
ある夜。
寝室で名前を呼ばれる。
「なんですの?」
「こっち来い」
「自分で来てくださいませ」
「命令だ」
「横暴ですわね……」
文句を言いながらも近付くと――
そのまま引き寄せられ、ベッドに倒された。
「……カイル様?」
「こういう時くらい、名前で呼べ」
低い声。
距離が近い。
「……カイル」
「よくできた」
満足そうに微笑む。
そして、額に口付けられる。
「っ……」
「赤くなってるぞ」
「誰のせいですの!」
「俺だな」
開き直るな。
本当に、この人は。
でも――
「……嫌では、ありませんわ」
そう呟いた瞬間。
彼の目が、わずかに揺れた。
「それは反則だ」
「何がですの?」
「可愛すぎる」
ぎゅっと抱きしめられる。
強く、優しく。
「……離しませんのね」
「一生な」
迷いのない声。
「お前は俺の妻だ」
「ええ」
私はそっと、彼の胸に顔を埋めた。
「あなたは、私の夫ですもの」
復讐に囚われていた過去は、もうない。
あるのは――
溺れるほどの愛と。
絶対に壊れない絆。
世界がどう変わろうと。
この人となら、きっと笑っていける。
――これは、全てを失った令嬢が。
世界で一番幸せな女になるまでの物語。
そして、その先の物語。




