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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第4話 神託のような知恵

橘神宮へ戻ると、雅信が静かに頭を下げた。


「御使い様。

本日の巡視……いかがでございましたか。

民の暮らしぶり、何かお気づきの点は……?」


早苗は一瞬、言葉に詰まった。


戦国の寺社領を見たのは初めてだ。

田畑の広がり、商家の活気、民の素朴な笑顔。

そのすべてが美しく、同時に脆く感じられた。


胸の奥に、静かな不安が残っている。


けれど――

早苗の脳裏には、巡視の最中に気づいた“改善点”が

次々と浮かび上がっていた。


クイズ研究会で鍛えた知識。

歴史、地理、農業、商業、気候、文化。

それらが、まるで光の粒のように繋がっていく。


「……気づいたこと、あります」


早苗は静かに言った。


雅信と清正が、息を呑んだように顔を上げる。


「まず、田畑のことですが……

渓谷の水は豊かです。

けれど、あのままでは水が溜まりすぎて、

根腐れを起こす場所が出てしまいます」


「根……腐れ……?」


「はい。

田の端に浅い溝を作って、

余分な水を逃がす“排水路”を作るといいと思います。

そうすれば、稲がもっと丈夫に育ちます」


雅信は目を見開いた。


「……なんと……!」


「それから、商家のことですが……

あの通りは人通りが多いのに、

店の看板が小さくて、何を売っているのか分かりにくいです。

木札を大きくして、

遠くからでも見えるようにすると、

もっと人が集まると思います」


清正が思わず声を漏らした。


「み、見えるように……するだけで……?」


「はい。

人は、分かりやすいものに集まりますから」


そして、早苗はふと空を見上げた。

渓谷の風が、木々を揺らしている。


「それと……

渓谷の水は冷たくて清らかです。

夏になれば、きっと人が集まります。

水辺に小さな休み処を作れば、

旅人も立ち寄ってくれるはずです」


雅信も清正も、言葉を失っていた。


早苗は続けた。


「私は……神様ではありません。

でも、知っていることなら、いくらでもお話できます。

この地が、もっと豊かになるように……」


その瞬間――


風が吹いた。


木々がざわめき、

光が揺れ、

渓谷全体が早苗の言葉に呼応するように輝いた。


雅信は震える声で言った。


「……御使い様……

いまのは……まるで……」


清正が息を呑んだ。


「神託……そのものでございます……!」


早苗は慌てて首を振った。


「ち、違います!

私はただ、知っていることを……」


だが、雅信は深く頭を下げた。


「御使い様。

民にとっては、

“瞬時に降りた知恵”こそ神の声にございます。

我らには思いもつかぬ策を、

いとも容易くお示しくださった……

これを神託と呼ばずして、何と申しましょう」


清正も胸に手を当て、深く頭を垂れた。


「御使い様……

どうか、これからも……

我らをお導きくださいませ……!」


早苗は胸に手を当てた。


怖さはまだある。

不安も消えてはいない。


けれど――

自分の知識が、

誰かの役に立つ。

誰かを救える。


その事実が、胸の奥に温かく広がっていく。


――私の知識で、この人たちを守れるなら。


その思いが、

静かに、しかし確かに形を成した。


渓谷の水音が、優しく響いた。

まるで、早苗の決意を祝福するように。


雅信と清正が、早苗の言葉に深く頭を下げたあとも、

渓谷の風は静かに吹き続けていた。


だが、早苗の脳裏にはまだ、

巡視の最中に気づいた“改善点”がいくつも残っていた。


クイズ研究会で鍛えた知識。

歴史、地理、農業、商業、生活文化、気候、保存技術。

それらが、まるで星座のように繋がっていく。


「……あの、まだあります」


早苗が口を開くと、

雅信と清正は驚いたように顔を上げた。


「ま、まだ……?」


「はい。

田畑のことですが……

肥料が足りていないように見えました」


「肥料……でございますか?」


「ええ。

落ち葉や草を集めて積んでおくと、

時間が経つと“腐葉土”になります。

それを田の端に混ぜると、

土がふかふかになって、稲がよく育ちます」


雅信は目を見開いた。


「落ち葉……草……それが肥やしに……?」


「はい。

それから、家畜の糞も、

そのままでは臭いですが、

土と混ぜて寝かせると、

とても良い肥料になります」


清正が息を呑んだ。


「寝かせる……だけで……?」


「ええ。

“時間”が、土を豊かにしてくれます」


風が吹き、木々がざわめいた。

まるで自然そのものが、早苗の言葉に頷いているようだった。



「それと……田畑は、ずっと同じ作物を作り続けると、

土が疲れてしまいます」


「土が……疲れる……?」


「はい。

一年ごとに、違う作物を植えるといいんです。

麦や大豆を混ぜると、土が元気になります。

これを“休ませる”と書いて、休田と言います」


雅信は震える声で言った。


「土を……休ませる……

そんな考え、聞いたこともございませぬ……」


「自然は、人と同じで、

働きすぎると疲れてしまうんです」


その言葉に、雅信は深く頷いた。

清正は胸に手を当て、まるで祈るように聞き入っていた。



早苗はさらに続けた。


「農具も、少し工夫できます。

鍬の刃を少しだけ広くすると、

土を掘る力が半分で済みます。

柄を長くすると、腰を痛めにくくなります」


「鍬の……柄を……?」


「はい。

人の身体に合わせるだけで、

作業がずっと楽になります」


清正は思わず呟いた。


「御使い様……

まるで、すべてを見通しておられるようで……」


早苗は首を振った。


「そんなことはありません。

ただ、知っているだけです」


だが、雅信は静かに言った。


「知っているだけ……

その“知っている”が、

我らには神の声にございます」



「それから……保存のことですが」


早苗が言うと、

二人はさらに身を乗り出した。


「干し野菜を作るといいと思います。

大根や芋を薄く切って、

風通しの良いところに干すんです。

水分が抜けて、長く保存できます」


「干す……だけで……?」


「はい。

それから、米も、

大きな壺に入れて布で覆うと、

湿気を防げます。

虫が入らないように、

唐辛子を一緒に入れるといいです」


雅信は震える声で言った。


「御使い様……

それは……まるで……」


「神託……そのものにございます……!」


清正の声は震えていた。


「我らが何十年、何百年と悩んできたことを……

御使い様は、いとも容易く……

まるで光のように……」


早苗は胸に手を当てた。


怖さはまだある。

不安も消えてはいない。


けれど――

自分の知識が、

誰かの生活を変えられる。

誰かの命を救える。


その事実が、胸の奥に温かく広がっていく。


――私の知識で、この人たちを守れるなら。


その思いが、

静かに、しかし確かに形を成した。


渓谷の水音が、優しく響いた。

まるで、早苗の決意を祝福するように。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、社領に新たな光を灯し始めた。


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