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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第26話 旅立つ影、神の道

小田原へ向かう軍勢の足音が、

春の山々に低く響いていた。


吉良家の旗が風に揺れ、

武具の金具が朝日にきらめく。


その列は、

まるで滅びへ向かう影のように見えた。


早苗は、

等々力の山道からその行列を静かに見送っていた。


(……この道の先にあるのは、滅び)


小田原征伐の結末を知る者として、

胸の奥が冷たく沈んでいく。


雅信が隣で呟いた。


「御使い様……

吉良家は、本当に……小田原へ」


「ええ。

止められないわ」


風が吹き、

軍勢の旗が大きくはためいた。


その音は、

まるで“最後の旅立ち”を告げる鐘のようだった。



軍勢が見えなくなると、

早苗は静かに言った。


「……雅信さん。

あなたを大坂へ向かわせます」


雅信は驚き、息を呑んだ。


「わ、私を……大坂へ……?」


「大宮神社へ。

あそこは古くからの社で、

豊臣家とも縁が深い。

あなたなら、

神官としての礼を尽くせる」


雅信は震える声で言った。


「御使い様……

それは……

吉良家に背くことに……」


早苗は首を振った。


「背くのではありません。

“神の務め”を果たすのです」


雅信は言葉を失った。


早苗は続けた。


「吉良家は武家。

私たちは神に仕える者。

神の地である等々力と、

神の民を守るのが私たちの務めです」


その声は静かだったが、

揺るぎない強さがあった。


「武家の争いに巻き込まれて、

神の地が滅びるわけにはいかない。

だから……

道を作らなければならないの」


雅信は深く頭を下げた。


「……御使い様。

そのお言葉、胸に刻みます」



早苗はさらに続けた。


「雅信さんが大坂へ向かう間、

予備として神官を数名、

京都と大坂の社へ派遣します」


清正が頷いた。


「複数の道を作る……

御使い様らしい策にございます」


「ええ。

どれか一つでも繋がればいい」


早苗は静かに空を見上げた。


春の雲が流れ、

光が山の端に落ちていく。


(……どうか、

この道が未来へ繋がりますように)



数日後。

大坂の大宮神社。


雅信は、

緊張した面持ちで神前に座していた。


大宮神社の神官は、

雅信の話を静かに聞き、

やがて深く頷いた。


「等々力の橘神宮……

その名は、古き記録にも残っております。

神の地を守るための協力――

それは、我らも拒む理由はございませぬ」


雅信は胸を撫で下ろした。


神官は続けた。


「ただし……

橘神宮は“神社”であり、

“武家”ではない。

臣従はできませぬ。

しかし――

敵意がないこと、

そして協力の意思があることは、

必ずお伝えいたしましょう」


雅信は深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


その瞬間、

大宮神社の庭に風が吹き、

榊の葉が静かに揺れた。


まるで、

神が道を開いたかのように。



等々力の渓谷。


早苗は、

雅信からの文を読み終え、

静かに目を閉じた。


(……これで、

一つの道が繋がった)


だが、

胸の奥にはまだ重い影があった。


(小田原は落ちる。

北条は滅ぶ。

吉良家も……)


風が吹き、

竹筒が鳴った。


「コト……コトン……」


その音は、

まるで“急げ”と告げるように響いた。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、歴史の大河に抗うため、

静かに、しかし確かな道を切り開き始めていた。


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