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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第23話 陣中の風、揺れる命

春の風が吹き抜ける吉良家の陣中は、

朝の光を受けて白い幕が揺れていた。


だが、その静けさの裏には、

戦に向かう者たちの緊張が張りつめている。


等々力から出兵した二十名の男たちも、

その中に混じっていた。


木こりの弥六は、

胸元にしまった護符をそっと握りしめた。


(御使い様……

どうか、見守ってくだされ)


護符の紙は、

胸の鼓動に合わせて微かに震えていた。



そのとき――

陣の端で、馬が突然いななき、

暴れ出した。


「危ない! 離れろ!」


兵たちが叫ぶ。


馬は目をむき、

荒れ狂ったように後ろ足を蹴り上げた。


そのすぐそばに、

等々力の若者・新吉がいた。


「新吉! 下がれ!」


だが、新吉は恐怖で足がすくんでいた。


馬の蹄が、

彼の頭上へ振り下ろされようとした瞬間――


弥六が叫んだ。


「新吉!

息を吸え!

腹で吸え!

落ち着け!」


新吉は反射的に息を吸い、

胸の震えがわずかに収まった。


その一瞬の隙に、

弥六が飛び込み、

新吉を抱えて転がった。


蹄が地面を砕き、

土が舞い上がる。


「……助かった……」


新吉は震える声で呟いた。


弥六は胸元の護符を握りしめた。


「御使い様の言葉だ。

“恐れたら、深く息を吸う”と」


そのとき、

背後から低い声がした。


「……また護符か」


振り返ると、

武断派の山名兵部が立っていた。


その目は、

昨日までの嘲りではなかった。


「弥六。

貴様の言葉で、

あの若者は死なずに済んだ」


弥六は頭を下げた。


「御使い様の教えにございます」


兵部はしばし沈黙し、

やがて静かに言った。


「……戦場では、

武より先に“心”が折れる者が死ぬ。

その護符……

侮れぬな」


その言葉は、

陣中の空気をわずかに変えた。



同じ頃――

等々力の渓谷。


早苗は拝殿の前で、

風に揺れる竹筒の音を聞いていた。


「コト……コトン……」


その音は、

水源を守るための“音の結界”。


だが、

今日はその音がどこか不安げに聞こえた。


清正が駆け寄ってきた。


「御使い様……

水源の縄が、一ヶ所だけ“切られて”おりました」


早苗は息を呑んだ。


「切られて……?」


「はい。

獣ではなく、

刃物で……

しかも、迷いのない一太刀」


雅信が低く言った。


「御使い様……

敵は、結界の存在を知っております。

そして……

“試している”のです」


早苗は静かに目を閉じた。


(影は……

確実に近づいている)


竹筒の音が、

風に揺れて鳴った。


「コト……コトン……」


その音は、

まるで警告のように響いた。



夜。

陣中では、

弥六が護符を胸に眠りにつこうとしていた。


そのとき、

幕の外から声がした。


「……等々力の者よ」


弥六は目を開けた。


幕の外には、

左京が立っていた。


「弥六。

明日、吉良家の本隊が動く。

その前に……

伝えておきたいことがある」


弥六は身を起こした。


左京は静かに言った。


「戦場には、

“敵”だけではなく……

“味方の中の敵”もいる」


弥六は息を呑んだ。


「どういう……」


左京は続けた。


「御使い様の存在を、

快く思わぬ者がいる。

それは……

吉良家の中にも、だ」


弥六の胸の護符が、

わずかに震えた。


(御使い様……

村だけでなく、

戦場にも影が……)


風が吹き、

幕が揺れた。


等々力の巫女、橘早苗。

その護符は、戦場で命を救い、

同時に“味方の中の影”を照らし始めていた。

そして――

影は、村と陣中の両方で動き始めていた。


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