第22話 水守の音、影の意図
水源の周りに竹筒を吊るしてから三日。
風が吹くたび、
かすかな音が渓谷に響くようになった。
「コト……コトン……」
その音は、
まるで水源そのものが息をしているようで、
村人たちの心を静かに支えていた。
早苗は竹筒の揺れを見つめながら、
胸の奥に広がる緊張を押し込めた。
(音が鳴らない夜が続けば……
それは“影が近づいていない”証)
だが、
昨夜――
竹筒は一度だけ、
不自然に強く鳴った。
「コトンッ!」
風ではない。
獣でもない。
“何か”が触れた音。
その朝、
清正が険しい顔で駆け寄ってきた。
「御使い様……
水源の北側に、新しい足跡がありました」
早苗は息を呑んだ。
「また……足半の跡?」
「はい。
しかも今回は……
“二人分”です」
雅信が低く言った。
「敵は増えております。
これは……
ただの偵察ではございませぬ」
早苗は跡に膝をつき、
指先でそっと触れた。
(昨日より深い……
迷いがない……
そして――
“水源の中心”へ向かっている)
敵は、
水を狙っている。
火の次は、水。
村の命を奪うための、
静かな包囲。
そのとき、
竹筒が風に揺れた。
「コト……コトン……」
その音は、
まるで水源が早苗に語りかけているようだった。
(守らなきゃ……
この音も、
この静けさも)
早苗は立ち上げた。
「水源の周りに“結界の縄”を張りましょう。
見た目はただの縄。
でも、誰かが触れれば分かるように」
清正が頷いた。
「村の縄とは違う“細縄”を使いましょう。
敵が切れば、すぐに気づけます」
雅信が続けた。
「見張りも増やし、
夜は交代で水源を守りましょう」
早苗は静かに言った。
「お願いします。
水は……村の命です」
その日の夕刻、
早苗はひとりで水源に立った。
夕陽が水面に落ち、
金色の揺らめきが広がる。
その美しさは、
胸が痛くなるほどだった。
(この静けさを壊させない)
そのとき――
水面の奥で、
わずかに光が揺れた。
風ではない。
魚でもない。
“影”が、
水の底を横切ったような揺れ。
早苗は息を呑んだ。
(……見ている)
敵は、
水源の守りが強化されたことを知っている。
そして、
それでもなお“狙っている”。
村へ戻る途中、
早苗はふと足を止めた。
山道の脇に、
小さな“紙片”が落ちていた。
拾い上げると、
そこには墨で一文字だけ書かれていた。
「視」
雅信が青ざめた。
「御使い様……
これは……」
早苗は静かに言った。
「“見ている”という意味ね」
紙片は、
敵がわざと残したもの。
挑発。
警告。
あるいは――
宣告。
(あなたが見ているなら……
私も、あなたを見つける)
風が吹き、
竹筒の音が遠くで鳴った。
「コト……コトン……」
等々力の巫女、橘早苗。
その決意は、静かな水面に落ちた影へと向けられていた。
そして――
影はついに、
“意図”を示し始めた。




