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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第18話 火の跡、陣中の影

火事が鎮まった翌朝、

等々力の渓谷には、まだ焦げた匂いが残っていた。


早苗は焼け跡に立ち、

黒くなった草をそっと指で触れた。


(……やっぱり、自然の火じゃない)


火の広がり方が不自然だった。

二ヶ所同時。

しかも、風向きを読んだような位置。


雅信が険しい顔で言った。


「御使い様……

昨夜、山の上で“人影を見た”という者がおります」


早苗は息を呑んだ。


「人影……?」


「はい。

火の近くに、黒い影が立っていたと……

ただ、暗くて顔までは分からぬとのこと」


(誰かが……

この村を狙っている?

戦に行った者たちの背中を揺さぶるため?

それとも……

寺社領そのものを弱らせるため?)


胸の奥が冷たくなる。



その頃――

吉良家の陣中。


出兵した等々力の男たちは、

まだ戦場に着いていなかったが、

慣れない野営に疲れが見え始めていた。


木こりの男・弥六が、

護符を胸に入れたまま、

深く息を吐いた。


「……怖いな。

戦なんて、初めてだ」


隣にいた若者が言った。


「でもよ、

御使い様が言ってたろ。

“恐れたら、深く息を吸う”って」


弥六は護符を握りしめた。


「……ああ。

帰る場所を思え、ってな」


そのとき、

突然、陣の端で怒号が上がった。


「おい!

そこの者、どこへ行く!」


兵部の怒鳴り声だ。


男たちが駆け寄ると、

一人の足軽が震えていた。


「す、すまぬ……

急に胸が苦しくなって……

息が……」


兵部は苛立ったように言った。


「弱い奴だ。

戦場に出る前からこれでは――」


弥六が一歩前に出た。


「兵部様……

少し、待ってくだされ」


「何だと?」


弥六は護符を取り出し、

足軽の肩に手を置いた。


「深く息を吸え。

胸じゃなく、腹で。

ゆっくりだ」


足軽は震えながらも従った。


一度、

二度、

三度。


やがて、

呼吸が落ち着き、

顔色が戻っていく。


「……すまぬ……

助かった……」


兵部は驚いたように弥六を見た。


「貴様……

何をした?」


弥六は護符を握りしめた。


「御使い様の言葉です。

“恐れたら、深く息を吸う”と」


兵部はしばし沈黙し、

やがて低く呟いた。


「……ふん。

まじないにしては、効くではないか」


左京が静かに言った。


「兵部殿。

心が乱れれば、武も鈍ります。

御使い様の護符は、

戦に必要な“心の鎧”にございます」


兵部は何も言わなかったが、

その目にはわずかな認識の変化があった。


(……早苗の護符は、

確かに“戦場で生きる力”になっている)



一方、等々力。


焼け跡を調べていた清正が、

何かを拾い上げた。


「御使い様……

これを」


早苗は受け取り、

息を呑んだ。


それは、

火の近くに落ちていた“布の切れ端”。


黒い布。

武士の陣羽織の一部のようにも見える。


雅信が低く言った。


「御使い様……

これは、吉良家のものではありませぬ。

色も、織りも違う」


早苗は布を握りしめた。


(じゃあ……

誰?

北条家?

それとも……

この地を狙う別の勢力?)


胸の奥に、

静かな怒りが灯った。


「……誰であれ、

この村を焼かせない。

絶対に」


風が吹き、

焦げた匂いを運んでいく。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、戦場と村の両方で力を示し始めた。

だが同時に――

“第三の影”が静かに忍び寄り、

村の運命を揺らし始めていた。


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