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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第15話 命の徴発、揺れる心

吉良家からの使者が、

夕刻の冷たい風とともに等々力へと現れた。


その姿を見た瞬間、

早苗の胸は静かに締めつけられた。


(……来た)


使者は深く頭を下げ、

しかしその声は震えていた。


「橘神宮の御使い様……

吉良家当主・義安様よりの御伝言にございます。

北条家よりの出兵要請、

吉良家はこれを受け入れることと相成りました」


広場に集まった民たちが、

一斉に息を呑んだ。


「つきましては……

吉良家配下の寺社領にも、

兵を差し出していただきたく……」


その言葉は、

渓谷の静けさを切り裂く刃のようだった。



民たちの間にざわめきが広がる。


「やはり……」

「戦に行かねばならぬのか……」

「家族を残して……」


早苗は一歩前に出た。


「……何名、求められていますか?」


使者は苦しげに答えた。


「二十名ほど……

ただし、これは“初め”にございます。

戦況次第では、さらに……」


(二十……

この小さな社領にとっては、重すぎる数)


雅信が静かに言った。


「御使い様……

どうか……」


早苗は頷いた。


「分かっています。

皆さんを守るために、できることをします」



その日の夜、

吉良家家臣団の二人――

武断派の山名兵部と、文治派の小野寺左京が、

神宮を訪れた。


兵部は腕を組み、

早苗を値踏みするように見つめた。


「御使い様とやら。

護符を作ると聞いたが……

戦場で役に立つのか?」


その声には、

あからさまな侮りがあった。


左京が制するように言う。


「兵部殿、御使い様のお言葉は、

民の心を支えるもの。

戦において心の乱れは命取りにございます」


兵部は鼻で笑った。


「心など、武の前では塵よ。

槍が折れれば死ぬ。

刀が鈍れば死ぬ。

護符など……」


早苗は静かに言った。


「兵部様。

護符は“武”を補うものではありません。

“判断を誤らないための心”を守るものです」


兵部の目が細くなる。


「判断……?」


「はい。

戦場で最も多い死は、

“恐れ”と“焦り”によるものです。

護符は、それを鎮めるためのもの」


左京は深く頷いた。


「……理に適っております」


兵部はしばし沈黙し、

やがて低く呟いた。


「……まあよい。

好きにするがいい。

ただし――

寺社領の兵が足を引っ張れば、

吉良家は容赦せぬぞ」


その言葉を残し、

兵部は去っていった。


(……あの人は、怖いけど……

嘘は言っていない)



翌朝、

早苗は“護符”を作り始めた。


紙に書くのは、

祈りではなく“心を守るための言葉”。


・恐れたら、深く息を吸う

・仲間の声を聞く

・夜は必ず交代で眠る

・疲れたら、恥じずに休む

・帰る場所を思い続ける


護符は、

戦場で心を保つための“支え”だった。


民たちはそれを胸に抱き、

涙を浮かべながら受け取った。


「御使い様……

必ず……帰ってまいります」

「この護符があれば……」


早苗は静かに頷いた。


「帰ってきてください。

必ず」



同じ頃、

寺社領の“隠された守り”も動き始めていた。


・井戸の周りに満たされた水桶

・屋根の上に置かれた砂袋

・家と家の間に作られた火除けの空地

・菜種油の備蓄

・農具に偽装された武具の増産

・薪棚に見せかけた木材の備蓄


それらはすべて、

“防衛”とは悟られない形で整えられていく。


雅信はその様子を見て、

静かに呟いた。


「御使い様……

この社領は、

確かに強くなっております」


早苗は渓谷の風を感じながら言った。


「戦は避けられない。

でも……

帰る場所が強ければ、

皆、帰ってこられる」


風が吹き、

木々がざわめき、

光が揺れた。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、戦の影が迫る中で、

民を守るための“静かな力”となり始めていた。

そして――

寺社領の“隠された守り”は、

ついに形を成し始めていた。


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