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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第14話 火の守り、影の備え

北条家からの正式な出兵要請が吉良家に届いた――

その知らせは、夕刻の冷たい風とともに等々力へと運ばれてきた。


「御使い様……

吉良家は、北条家より“関東平定のための出兵”を求められたとのこと……」


雅信の声は、

いつになく沈んでいた。


早苗は息を呑んだ。


(ついに……来た)


北条家。

関東を制するために勢力を広げ続ける大名。

その要請を、吉良家が拒めるはずがない。


「吉良家は……どうするの?」


「まだ返答はしておりませぬ。

しかし……

断れば北条家を敵に回すこと。

出兵は避けられませぬ」


そして――


「吉良家が出兵すれば、

その配下である我ら寺社領にも、

兵を求めることになりましょう」


その言葉は、

渓谷の静けさを切り裂くように響いた。


(等々力の民が……戦に行く)


胸が冷たくなった。



その夜、

早苗は灯火の揺れる拝殿で、ひとり考え込んでいた。


(戦は止められない。

でも……

行く人を守る方法はある。

残る人を守る方法もある)


その思いが、

胸の奥で静かに形を成していく。



翌朝、

雅信が早苗を呼びに来た。


「御使い様……

吉良家はまだ返答しておりませぬが、

寺社領にも兵を求める可能性が高いとのこと……」


早苗は頷いた。


「分かりました。

皆を集めてください」



広場に集まった民たちは、

昨日よりもさらに不安げな表情をしていた。


「御使い様……

戦に行かねばならぬのでしょうか……」

「家族を残して行くのは……」

「どうすれば……」


早苗は静かに口を開いた。


「皆さん。

戦は避けられません。

でも……

私は、皆さんを守りたい」


その言葉に、

民たちの視線が一斉に集まった。



「まず、戦に行く人たちへ。

“護符”を作ります」


ざわめきが広がった。


「護符……?」


早苗は頷いた。


「これは、ただの祈りではありません。

“生き延びるための心得”を書き記します」


民たちは息を呑んだ。


早苗は続けた。


「護符には――

・夜は必ず仲間と寄り添って眠ること

・火を絶やさないこと

・雨の日は衣を乾かす場所を確保すること

・腹が減っても、少しは必ず残すこと

・帰る場所を思い続けること

こうした“心と体を守るための約束”を書きます」


民たちは驚き、

そして深く頷いた。


「御使い様……

それは……心を守る護符……」

「戦で一番怖いのは、心が折れること……」


早苗は静かに微笑んだ。


「そう。

心が折れなければ、

生きて帰れる可能性は高くなります」



次に、早苗は雅信に向き直った。


「寺社領の“隠された守り”も進めましょう」


雅信は息を呑んだ。


「生垣と乾燥棚の他に……

何を?」


早苗は境内の地面に指で線を引いた。


「まず、“火の守り”を強くします」


「火……?」


「はい。

戦になれば、火は最大の脅威になる。

だから――

・井戸の周りに“水桶”を常に満たして置く

・屋根の上に“砂袋”を置く

・家と家の間に“火除けの空地”を作る

これを徹底しましょう」


雅信は目を見開いた。


「なるほど……

火攻めにも、飛び火にも備えられます……!」


「それから――

“菜種油”を備蓄します」


清正が驚いた。


「菜種油……?

灯りのために……?」


「灯りにも使えるし、

寒さをしのぐためにも使える。

そして……

いざというときは、

火を操るための“力”にもなる」


雅信は息を呑んだ。


(火は守りにも攻めにもなる――

戦国の真理)


「最後に……

武具の備蓄を、こっそり増やしましょう」


清正は小声で言った。


「御使い様……

それは……」


「農具の形をしたままでいい。

柄を少し長くした鎌、

刃を厚くした鍬、

先端を鋭くした杭。

“農具の改良”として作れば、

誰にも怪しまれない」


雅信は深く頷いた。


「御使い様……

守りが……生活の中に溶け込んでおります……!」


早苗は静かに言った。


「守りは、悟られない形でこそ強いの。

この社領は、

誰にも奪わせない」



その日の夕刻、

雅信が静かに言った。


「御使い様……

吉良家はまだ返答しておりませぬが……

いずれ、寺社領にも兵を求めるでしょう」


早苗は胸に手を当てた。


「分かっています。

でも……

私は、皆を守るためにここにいる。

戦が来ても、

必ず帰ってこられるように」


渓谷の風が吹き、

木々がざわめき、

光が揺れた。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、戦の影が迫る中で、

民を守るための“静かな力”となり始めていた。

そして――

寺社領の“隠された守り”は、

静かに、しかし確実に形を成しつつあった。


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