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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第13話 迫る影と、守るための知恵

吉良家との往来が途絶えた数日、

橘神宮には久しぶりに穏やかな空気が流れていた。


渓谷の風は柔らかく、

水音は静かに響き、

早苗の心も少しだけ落ち着きを取り戻していた。


(……こういう時間、大事だな)


そう思った矢先だった。



「御使い様……

少々、気になる噂が入ってまいりました」


雅信の声は、

いつもより低く、重かった。


「噂……?」


「はい。

北条家が、関東制覇に向けて兵を集めているとか。

その要請が、吉良家にも届くやもしれませぬ」


早苗は息を呑んだ。


(北条家……

戦国でも屈指の大勢力……

吉良家が断れるはずがない)


雅信は続けた。


「吉良家が出兵すれば、

その配下である我ら寺社領からも、

兵を出さねばなりませぬ」


(……つまり、等々力の民が戦に駆り出される)


胸がきゅっと締めつけられた。


「……戦なんて……

誰も行きたくないのに」


「ですが、拒むことはできませぬ。

乱世とは、そういうものでございます」


早苗は拳を握った。


(なら……

せめて、守らなきゃ)



その日の午後、

早苗は社領の広場に民を集めた。


皆、不安げな表情で早苗を見つめている。


「御使い様……

戦が来るのでしょうか……」

「吉良家が呼ばれれば、我らも……」

「子どもを残して戦に行くのは……」


その声は、

恐れと諦めが混ざったものだった。


早苗は静かに口を開いた。


「皆さん。

戦の噂は確かにあります。

でも……

私は、皆さんを守りたい」


その言葉に、

民たちの視線が一斉に集まった。



「まず、戦に行く人たちへ。

怪我をしたときの“応急処置”をお伝えします」


ざわめきが広がった。


「応急……処置……?」


早苗は頷いた。


「深い傷はどうにもできないけれど、

浅い傷なら、

“清潔な布で押さえて血を止める”だけで助かることがあります」


民たちは驚いたように顔を見合わせた。


「血を……止める……?」

「そんなことで……?」


「ええ。

それから、

“傷口を川の水で洗わないこと”。

水は綺麗に見えても、

傷にはよくありません」


木こりの男が息を呑んだ。


「わしら、いつも川で洗っておりました……!」


「それは危ないです。

布で押さえて、

できれば灰を少しだけ振りかけてください。

血が固まりやすくなります」


母親が震える声で言った。


「御使い様……

そんな知恵が……」


早苗は静かに頷いた。


「知っているだけで、助かる命があります」



次に、早苗は“残る民”に向き直った。


「戦に行く人が増えれば、

村の人手が足りなくなります。

だから……

“相互に助け合う仕組み”を作りましょう」


農夫が首をかしげた。


「助け合う……仕組み……?」


「はい。

例えば――

・田植えは、家ごとではなく“班”で行う

・子どもの世話は、年寄りが交代で見る

・薪割りや水汲みは、若者がまとめて行う

・病人が出たら、近所が順番に食事を届ける」


民たちは驚き、

そしてゆっくりと頷き始めた。


「なるほど……

一人では無理でも、皆でやれば……」

「戦に行く者の家族も、これなら……」

「御使い様……

ありがたい……!」


早苗は胸に手を当てた。


(そう……

私は“戦を止める力”はない。

でも、

“戦で失われる命を減らす力”ならある)



民たちが去ったあと、

雅信が静かに言った。


「御使い様……

本日の御言葉、

まこと民の心を救いました」


早苗は首を振った。


「私は……

ただ、できることをしただけです。

戦は止められない。

でも、守ることはできる」


雅信は深く頭を下げた。


「御使い様……

そのお心こそ、

乱世にあって何よりの光にございます」


渓谷の風が吹き、

木々がざわめき、

光が揺れた。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、戦の影が迫る中で、

民を守るための“静かな力”となり始めていた。


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