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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第12話 民の声を聞く

吉良家家臣団が去った翌朝、

橘神宮の境内には、いつもより柔らかな光が差し込んでいた。


渓谷の水音は穏やかで、

風は若葉の匂いを運んでくる。


だが、早苗の胸の奥には、

昨日の政治の緊張がまだ残っていた。


(……吉良家とのやり取りが続きすぎた。

私は“民のために”ここに来たはずなのに)


その思いが、静かに胸の奥で疼いていた。



「御使い様。

本日は、社領の民が何人かお話をしたいと申しております」


雅信の言葉に、早苗は顔を上げた。


「……話をしたい?」


「はい。

“困りごとを聞いてほしい”と」


その言葉に、早苗の胸が温かくなった。


(そうだ……

私は、まず“民の声”を聞かなきゃいけない)


「案内してくれる?」


「かしこまりました」



神宮の外れにある小さな広場。

そこに、数人の民が集まっていた。


農夫、商人、木こり、若い母親。

皆、緊張した面持ちで早苗を見つめている。


だが、誰も“神の御使いだ!”と騒ぎ立てることはなかった。

むしろ、

“話を聞いてくれる人”

として見ているようだった。


早苗は静かに微笑んだ。


「皆さん。

今日は、何をお話ししたいのですか?」


最初に口を開いたのは、年老いた農夫だった。


「御使い様……

田の水は豊かでありがたいのですが、

雨が続くと、どうにも水が溜まりすぎてしまいまして……

排水の仕方が分からぬのです」


早苗は頷いた。


「排水路を作りましょう。

田の端に浅い溝を掘って、

余分な水を逃がす道を作るんです」


農夫は目を見開いた。


「そ、そんなことで……?」


「ええ。

水は、流れる道さえあれば勝手に動いてくれます」


農夫の顔に、ゆっくりと安堵が広がった。



次に、若い母親が口を開いた。


「御使い様……

冬になると、子どもがよく咳をして……

薬も手に入りませぬ。

どうすれば……」


早苗は少し考え、

現代の知識を慎重に選んだ。


「乾燥した大根を煮て飲ませると、

喉に良いと聞いたことがあります。

あと、部屋の中に水を入れた壺を置くと、

空気が少し潤います」


母親は涙ぐんだ。


「そ、そんなことで……

子どもが楽になるのでしょうか……?」


「ええ。

試してみてください」


母親は深く頭を下げた。



次に、商人が口を開いた。


「御使い様……

商いの道具が少なく、

遠くまで荷を運ぶのが難しゅうございます。

どうにか……」


早苗は静かに答えた。


「荷車の車輪を少し大きくすると、

重い荷物でも軽く運べます。

あと、車軸に油を塗ると動きが良くなります」


商人は驚いたように目を見開いた。


「油……車輪……

そんな工夫が……!」


「ええ。

小さな工夫が、大きな力になります」



最後に、木こりが口を開いた。


「御使い様……

山の木を切るとき、

どうしても怪我が多くて……

何か良い方法は……」


早苗は少し考えた。


「木を切る前に、

倒れる方向を決めて、

その方向に“逃げ道”を作っておくといいです。

あと、斧の柄を少し長くすると、

力が入りやすくなります」


木こりは深く頷いた。


「なるほど……

逃げ道……

考えたこともありませなんだ……!」



民たちが去ったあと、

雅信が静かに言った。


「御使い様……

本日の御言葉、

まこと民の心に染み入りました」


早苗は首を振った。


「私は……

ただ、話を聞いただけです。

困っていることを知れば、

できることが見えてくるから」


雅信は深く頭を下げた。


「御使い様……

そのお心こそ、

民を導く光にございます」


渓谷の風が吹き、

木々がざわめき、

光が揺れた。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、民の声を聞くことで、

さらに深く、優しく、強くなっていく。


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