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等々力の巫女、戦国を征く  作者: 双鶴


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第10話 最初の依頼

吉良家家臣団との対面を終えた翌朝、

橘神宮の境内には、まだ薄い霧が漂っていた。


木々の葉が露をまとい、

渓谷の水音が静かに響く。


だが、早苗の胸の奥には、

昨日の緊張がまだ残っていた。


(……吉良家は、私の知恵を欲しがっている。

でも、それは“守り”にも“奪う理由”にもなる)


その思いが、胸の奥で静かに渦を巻いていた。



そのとき、清正が駆け込んできた。


「御使い様!

吉良家より使者が……!」


早苗は息を呑んだ。


(……来た)


雅信が静かに言った。


「どうか……お気をつけくださいませ。

吉良家の“最初の問い”は、

この先の関係を決めるものでございます」



拝殿に通された使者は、

昨日とは違う人物だった。


年若いが、

目の奥に鋭い光を宿した男――

吉良家筆頭家老・大河内正綱の弟、正親まさちか


彼は深く頭を下げた。


「御使い様。

吉良家当主・義安様より、

御使い様にお力添えを願いたいとの仰せにございます」


早苗は静かに頷いた。


「……どのようなことでしょうか」


正親は一瞬だけ言葉を選び、

慎重に口を開いた。


「吉良家の領地の一部が、

近年、実りが悪く……

民が困窮しております。

どうか、御使い様の“知恵”を、

吉良家にもお授けいただけませぬか」


その言葉は丁寧だったが、

その奥には明確な“欲”があった。


(……やっぱり。

社領だけじゃなく、吉良家全体に知恵を求めている)


雅信がわずかに緊張した気配を見せた。


(ここで断れば、吉良家を敵に回す。

でも、全部を渡せば……

社領の“隠された守り”が無意味になる)


早苗は胸に手を当てた。


怖い。

不安だ。

でも――

守りたい。


その思いが、静かに形を成した。



「……分かりました。

吉良家の民のために、

私にできることならお力になります」


正親の表情がわずかに緩んだ。


「ありがたき幸せ……!」


だが、早苗は続けた。


「ただし――

すべてを一度にお伝えすることはできません」


正親の目が鋭くなった。


「……理由を伺っても?」


早苗は静かに答えた。


「知恵は、

一度に多くを与えれば混乱を招きます。

土地にも、人にも、

“変化に耐えられる速度”があります」


その言葉は、

戦国の政治を知らぬ女子高生のものとは思えないほど、

静かで、深く、揺るぎなかった。


正親はしばし沈黙し、

やがて深く頷いた。


「……御使い様のお言葉、

まこと理に適っております。

では、まずは何をお授けくださいますか」


早苗は静かに息を吸った。


(ここが勝負……

“守り”に繋がる知恵は絶対に渡さない。

でも、吉良家を納得させる知恵は必要)


そして――

彼女は口を開いた。


「まずは、

“土を休ませること”をお伝えします」


正親は目を瞬いた。


「土を……休ませる……?」


「はい。

同じ作物を作り続けると、

土が疲れてしまいます。

麦や大豆を混ぜることで、

土地は息を吹き返します」


正親は深く頷いた。


「……なるほど……

確かに、理に適っております」


(よし……

これは“守り”に直結しない。

でも、吉良家には十分な恩恵になる)


早苗は続けた。


「それから、

干し野菜の作り方もお伝えします。

冬を越すために、

保存食は欠かせません」


正親の表情が明るくなった。


「御使い様……

この二つだけでも、

吉良家にとっては大いなる助け……!」


(……よかった。

これなら、吉良家は満足する。

でも、社領の“隠された守り”は守れる)



正親は深く頭を下げた。


「御使い様……

吉良家は、

あなた様の御心に深く感謝いたします。

どうか、これからも……

お力添えを」


早苗は静かに頷いた。


「はい。

私にできることなら」


だが――

その胸の奥には、

誰にも悟られぬ“決意”があった。


――守るためには、

与える知恵と、与えない知恵を分けなければならない。


風が吹いた。

渓谷の水音が、ひときわ澄んで響いた。


等々力の巫女、橘早苗。

その知恵は、ついに吉良家を動かし始めた。

だが同時に――

彼女は誰にも悟られぬ“境界線”を胸に引いた。


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