アーディン5
ふと肌寒さを感じて、カイエルは目を開いた。
窓から差し込む光は既になく、そこから見える景色は夜の空気が深く垂れ込んでいた。
「ちっ……寝過ぎたか」
セラファが部屋を後にした直後、カイエルは旅の疲れからか、眠気に襲われ仮眠を取っていた。頭にぼんやりと靄が掛かったようで、鈍い痛みがある。
せいぜい半刻程度の眠りをするつもりだったが、どうやら夕食時まで眠りこけていたようだと、彼は呆けた頭で理解した。
寝起きで空腹感の湧かない身体だが、階下からは騒がしい喧噪が聞こえてくる。カイエルは祭が近いことを思い出して、その理由を察した。
「神の居ない世を生き抜けたことを祝して! 乾杯!!」
階段を降りたところで、男の大きな声がホール全体に響いた。どうやら祭の準備が大詰めで、明日に向けて英気を養うつもりらしい。
「おや、カイエルさん。お出かけですかな?」
そんな喧噪を避けるように、クコの宿を出て行こうとするカイエルだったが、マルノに呼び止められてしまう。
彼の顔は赤く紅潮しており、既に何杯か酒をあおった後だということが察せられた。
「ああ、眠気覚ましと、セラファがまだ戻っていなくてな」
マルノに端的な説明をすると、彼は納得したように頷き「それは心配ですな」と返答して、また酒盛りの輪に入っていった。
「ふぅ……」
宿の外に出ると、夜気を孕んだ風が外套を揺らす。カイエルはその冷ややかさに、ほんの少しだけ身体を震わせた。
気を取り直してセラファとサミラの影を探す。当てがあるわけではないが、町の中心部に向かって歩けば、彼女達を見つけられる。そういうぼんやりとした当てがあった。
「おーい、そっちの紐をあとちょっと締めてくれ!」
「このくらいかー?」
「もうちょっと、あと少し……そこでオッケーだ!」
道を歩いていると、街灯の明かりを頼りに、看板や飾り付けの最終調整をしている人々が目に入る。彼らは活力に満ちていて、聞いているこちらが背筋を伸ばしてしまうような力があった。
どこもかしこも準備に追われていたが、日没していると言うこともあり、作業をする人影はそう多くはなく、徐々に作業を切り上げていく姿が目に入る。
「あれ、おかしいな……」
周囲の人間が作業を切り上げて家や酒場に繰り出す姿を眺めていると、一人の青年が明かりの灯らない街灯の下で四苦八苦していた。
「どうした?」
年の頃はカイエルよりも若いというよりも、幼く見える。無視することもできたが、カイエルはなんとなく彼のことが気になって声を掛ける。周囲にはもう夕飯に何を食べるか、どこの店にするかを話す人々しか居なかった。
「えっ!? ……ああ、ちょっとこの街灯の修理をしていたんですけど、明かりが点かなくて」
「ちょっと見せてみろ」
驚いた様子でカイエルを見る青年だったが、彼自身手詰まりだったようで、代わりに見てくれる人を待ち望んでいたようだった。
「わかりますか?」
「昔、似たようなことをやったことがあるからな」
カイエルは手際よく制御部分の蓋を開け、内部の回路を観察する。幸い簡単な構造の物だったので、すぐに修復することができそうだった。
「これは魔法灯だな、それもかなり原始的な奴だ」
カイエルがいくつか回路をチェックしていくと、魔法の出力を調整する部分がかなり絞られていた。
「どうです? 僕が見る限り異常はないんですけど」
「俺から見てもそうだな、少し出力を上げてみよう」
カラド=モルスの死後、神秘の力である魔法は衰退の一途をたどっている。理論を学ぶ人が居なくなったわけではなく、神の威光が存在しない世界では、魔法そのものがなくなってしまうのだ。
調整弁を開く方向にねじると、にわかに頭上の街灯が強い光を放った。青年は短い声を上げて顔を覆い、カイエルは冷静に周囲の街灯と同じくらいの強さになるよう出力を調節して、それが終わると蓋を閉じた。
「まあ、これで良いだろ。結構原因は単純で分かりやすいもんだ」
「すいません。こんなことで手伝って貰っちゃって……」
「別に構わねえよ」
申し訳なさそうにする青年に、カイエルは手を振って答える。
「自分だけだと間違いに気付きにくいからな。それに――昔を思い出して、悪い気分はしなかった」
「昔?」
「ああ、ガキの頃、親父に教えられてな」
カイエルは、自分の子供時代を思い出す。
その時は、彼に魔法灯の調整方法を教えてくれたのは父親だった。厳しくも優しい父親で、何度も根気よく教えてくれたのを覚えている。
「へえ……そうなんですか、親父さんは今どうしてるんです?」
「ああ、死んだよ」
青年の問いに、カイエルは何でもないことのように答えた。
「えっ――」
その答えに、青年は言葉を失った。
「ははっ、そう深刻に捉えんなよ。残滓で町ごと滅ぶなんて、そこまで珍しいもんでもないだろ?」
カイエルは、青年が触れてはいけない話題に触れた申し訳なさから沈黙したのだと判断したが、青年の中ではそれ以上の思いがあるようだった。
「……その、僕も残滓のせいで両親を失ってるんです」
「そうなのか?」
青年の告白に、カイエルは眉を動かした。
「ええ、五年前でしょうか……旅先で襲われて、神狩の人に助けられたのは僕だけでした」
青年の語る言葉は、悲痛さを孕んでおり、煌々と周囲を照らす魔法灯の下でも、暗くよどんだ空気がそこにあった。
「……なんか、僕と貴方は似ている気がします。失礼かもしれないですけど」
「いや、天涯孤独はお互い様だろ。孤児同士、仲良くしようぜ――俺はカイエル」
「僕はエルンです。よろしく、カイエルさん」
エルンと名乗った少年は右手を差し出す。その手は、機械を触れていたせいで黒ずんでいた。
「ああ、俺は旅の神狩だ。すぐそこのクコの宿に泊まってるから、祭の当日くらい一緒に羽目を外そうぜ」
その汚れた手を気にするそぶりもなく、カイエルは握り返す。彼は心の中で、物理的以上のつながりができたのを感じ取った。
「仕事はこれで終わりなのか?」
「はい、ようやく終われたので」
「そうか、だったら――」
「エルン!」
二人の会話を楽しみ、夕食をクコの宿で一緒にしようとしたところで、カイエルの言葉は遮られてしまう。
声の方向を見ると、人当たりの良さそうな中年の女性がこちらへ歩いてきていた。
「魔法灯の修理からいつまでも帰らないと思ったら、何をしているの!?」
「……すみません。お義母さん」
エルンの義母とおぼしき女性は、彼の前で失望したような、心配しているような、奇妙な雰囲気で彼を咎めた。
「全く、お祭りの時くらいまともな人間になって頂戴。もう夕食の準備もできているのに……」
「あの、エルンは真面目に作業していましたよ」
彼の姿が見ていられなくて、思わずカイエルは助け船を出していた。
「俺が手伝ったのはただの仕上げで――」
「ああ、貴方が手伝ってくれたんですね! ありがとうございます」
彼女はカイエルの言葉に被せるようにお礼を言い、エルンの腕を強く掴んだ。
「っ……!」
「ほら早く帰りますよ! 全くこのままブラブラしていて、ご近所になんて言われるか……」
エルンが腕を捕まれて、顔を引きつらせるが、カイエルが彼女を止めようとすると、彼はカイエルだけに分かるように微笑みかけた。
「では、また……」
僕は慣れているから、心配しないで。
エルンの表情はそう語っていた。自分の日常は「これ」であると。
だから、カイエルはそれ以上何も言わず、ただ手を振って別れることしかできなかった。
去って行く影を見送った後に空を見上げると、雲に隠れた月が雲の裏側から輪郭を照らしていた。
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