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アーディン2

 一通り賞賛を浴びせてきた兵士たちは、セラファとカイエルを恭しく町へと招待する。町までの道中は、馬三頭に人間八人という大所帯になっていた。


 周囲の篝火と、日が高くなって晴れ間も出てきたのか、霧は段々と薄くなっていき、四つ目の篝火を越えたあたりでは、視界ははっきりとして、振り返れば残滓と戦った場所まで見えるようになっていた。


「案外近くまで残滓は接近していたのね」


 セラファは誰にも聞こえないような小声で呟く。軽く身震いすると、手に持った抜き身の槍が先端を揺らした。


「マルノ、この布買って良いか? 代金は依頼の報酬から抜いてくれ」


 カイエルはマルノが背負っていた商品のうち、いくつかを物色して巨大な布を引っ張り出す。深い青緑に染められたそれは、丁寧に巻かれているが、開けば人一人をゆうに包めるほどの大きさだった。


「ええ、もちろんですが……」


 マルノの答えを聞くと、カイエルは布を広げて、セラファに手渡した。


「ほらよ」

「……?」


 カイエルから布を受け取ったセラファは、意図を図りかねて小首をかしげる。自分の顔が目立つから、顔を隠せということだろうか。彼女はそんなことを想像していた。


「槍の穂先、それで隠しておけ、町中で抜き身のまま持ち歩いてたら、危なくてしょうがねえ」

「……わかった」


 セラファは自意識過剰な想像を頭を振って追い出すと同時に、幽銀の槍にその布を巻き付けた。


「お二人とも! 町の入り口が見えてきましたぞ!」


 マルノの声に、セラファたちは顔を上げる。そこには霧の晴れた青空と、城壁のような門、その壁に開いた砲門、そしてその頂上にはためく青緑の下地に篝火のモチーフが刺繍された旗が見えた。


「噂には聞いていたが、かなり大きな町だな」


 カイエルがおどろきの声を上げるとマルノは深く頷いた。


「ええ、このあたりでは最も大きい町ですよ、この町――アーディンは」


 アーディン。それがこの町の名前だった。その名前を聞いたとき、セラファがほんの少しだけ息を呑んだのは、誰にも悟られることはなかった。


「カイエル、あの旗は何?」


 セラファは、二人の会話に混ざるように、城壁のような壁に刺さった青緑の旗を指さした。その旗は壁の鈍色と合わさって、重々しい雰囲気を醸していた。


「ああ、あれは神狩に協力するっていう意思表示だな。明後日カラド=モルスの討伐を記念した祭があるから、その流れで立ててるんだろう」

「意思表示?」

「人間の中には神の残滓を狩るなんてとんでもない。そう考える奴もいるって事さ」


 カイエルは、セラファの問いに曖昧に答えて、護衛となった兵士たちに先んじて門をくぐる。


「よし、ありがとう。助かった」

「いえいえ、増援が間に合わず申し訳ない」

「祭の準備もあるんだろ。来てくれただけで充分さ」


 カイエルと兵士たちのリーダーらしき男が話している間、セラファはせわしなく町を見回していた。町の入り口だけあって、荷車に括り付けられた移動式の大砲や、兵士の詰め所が存在している。


「……?」


 街を警備する兵士達の中に、明らかに場違いな身なりの少年がいた。服装はきっちりとしているし、暗褐色の髪は整えられている。それなりの身分の子供だと言うことが、一瞥しただけで察せられた。


 そんな彼が、なぜ場違いに見えたかというと、兵士達に交じって何かを話していたからだ。


 兵士は当然、ある程度身体を鍛えているし、体格もがっちりとしている。その中に育ちの良いお坊ちゃんのような人間がいれば、いやでも目立つだろう。


「だから! 大型の残滓が出たって言うのはほんとなのかって聞いてるんだ!」

「で、ですからそれは――」

「なんだなんだ、俺たちの武勇伝でも聞きに来たのか?」


 セラファがその様子を見つめていると、カイエルが少年に話しかけていた。


「あんたは?」

「ん、俺は神狩だよ。さっき街の外で残滓をぶっ倒したばっかりでな」


 兵士の問いかけに自信満々に答える。それを隣で聞きつつ、セラファは自分の手柄を横取りされたようで、憮然とした表情をした。


「ちっ……なんだよ、つまらねえ」


 少年はカイエルの答えが気に入らないという風に舌打ちをすると、心底不愉快とでも言いたげな視線でカイエル達をにらみ、挨拶もせずに街の中へ消えていく。


「なんだぁ、あのガキは?」

「すいません。私たちの出資者……のご子息です」


 カイエルと兵士の会話を聞きながら、セラファは興味を失ったように周囲を見回し始める。アーディンという町はセラファにとっても聞き覚えがあった。だが、セラファの記憶にある町と、ここにある町がどうしてもつながらないのだ。


「当主様と兄上様は人格者なのですが、弟君である彼は少し……いや、頑張っては居るのですが……気を悪くしないでくださいね」

「ああ、大丈夫、旅をしてたらいろんな奴と会うしな」


 カイエルは会話を切り上げて、セラファの近くへ戻ってくる。


「はぁ、どこも家族ってのは大変だな」

「いきなり何を言っているの?」


「いや、さっきのガキとはいい話が出来そうだな……ってね。俺も兄貴と親父にはずっと追いつけなかったからな」

「ふぅん……」


 セラファは興味なさそうに曖昧な返事をしたが、カイエルはその返答を、続きを促されたと受け取ったようで、身の上を語り始めた。


「滅ぼされた村では、親父は魔導技師をやっててな、ちょくちょく修理を手伝わされたりしたんだが、兄貴の方がずっと上手かったりで、俺はその仕事をやりたくなかったんだよ。比べられる。と思ってな」


 彼の語りを無視するように、セラファは周囲へ視線を向ける。彼女の周囲には、青空の下で商いをする商人や、ガラス窓の向こう側で光を放つ鎧や刀剣、そしてテラス席で食事を楽しむ人々が居た。セラファの記憶にあったアーディンは、そのようなものは存在していなかったように思える。


「そんである日、家を飛び出した。つっても、近所の山小屋にこもるくらいだがな……そのおかげで、残滓から身を守れたって訳だ」


 カイエルの話をよそに、彼女は思考に沈む。自分の知るアーディンはもっと質素で、宿と最低限の商店、そしてランドマークである尖塔があったような――


「では、宿は『クコの宿』が良いでしょう」


 兵士とマルノの話は、今日泊まる宿の話に移り変わっているようだった。


「クコの宿とはなんですかな?」


 感傷に浸るカイエルを無視して、セラファはそっちの話に耳を傾ける。


「ええ、一人娘が居る家族で経営している宿でしてね、建物は古いですが良い宿ですよ」

「ほほう、アーディンと言えば古い町ですからな、そこで色々話を聞くのも楽しみですな」


 マルノはクコの宿に興味を持ったようで、場所を兵士から聞いていた。セラファも異論は無く、二人の会話に口を挟むことも無かった。


「……ん、宿が決まったのか? じゃあ行くか」

「ですな、セラファさん。どうぞこちらへ」


 感傷から復帰したカイエルは、マルノに声をかけて、セラファを含めた三人は、兵士と別れてクコの宿へ向かう。


 その途中、セラファは変わらず周囲をせわしなく見回し続けていた。


 なにせ自分の知るはずの景色がなく、見覚えのない景色が広がっているのだ。しかもその景色は数百年ぶりの人間が暮らす町である。


 目に映るもの全てが新鮮で、目を回してしまいそうな、色とりどりの商店や、活気あふれる道行く人々、それらすべてがセラファにとって新鮮で、奇妙なものだった。


 祭で人が増えているらしいのも、その賑やかさに拍車を掛けているのだろう。だが、セラファは自分の記憶に残る町並みを探して、しきりに周囲を見回していた。


――カラド=モルスを討伐すれば、創造主を無くした我々は生きていけないかもしれない。


 いつか、カラド=モルスを殺す前に聞いた言葉がよみがえる。その時は、もっと人は少なく、商店に売られているものも、果実や肉など質素なものばかりだった。


 残滓は未だに残るものの、創造神の庇護を飛び出した人類は、確実に発展していた。そう、町の古い痕跡が消えてしまうほどに。


「……あの考えは間違っていたみたいよ」


 セラファはそれがうれしくて、かつての仲間に届くはずの無い言葉を漏らした。


「ん、なんか言ったか?」

「いいえ、気のせいじゃない?」


 カイエルの言葉に、セラファは首を横に振る。


「お二人とも、クコの宿に着きましたぞ!」


 マルノが大げさに手を振って、二人を呼ぶ。そこには古ぼけた看板の掛かった建物があった。


 背の低い木をモチーフにした色褪せ掛けた看板で、それには「GOJI INN」という文字があり、そこがクコの宿であることは明白だった。


「ゴジ――」

「クコの別名だな、随分年季入ってるが、泊まるには充分だろ」


 記憶が呼び起こされかけたセラファの言葉を、カイエルはため息と共に遮った。


「ささ、お二人とも、今回の旅路は危険でしたし、しばらく滞在する間は私が宿代を負担いたしましょう」

「悪いが、そうさせて貰うかな――この町は広い、残滓の情報も方々から集まってくるだろうしな」


 カイエルはその言葉と共に、セラファの背を叩く。


「何よ」

「辛気くさい顔ばっかしてんなよ。笑ってた方がなにかと得だぞ」


 言いながら、カイエルは口角を上げる。その姿を見て、セラファは顔を俯けた。


――何事も、笑っていた方が物事は上手くいく。覚えておこう。


 セラファの脳裏にまた言葉がよみがえる。その言葉は、彼女の記憶の奥底に存在している最も大事なものの一つだった。


 そんな過去への郷愁を無視するように、カイエルとマルノはクコの宿の戸を開け、騒がしい店内へと入っていった。


 クコの宿は一階を酒場として使用しているようで、粗末な木目のテーブルがまばらに並んで、客たちが思い思いの食事を取っていた。


「ここは――」

「あっ、いらっしゃーい!」


 セラファが喧噪に圧倒されていると、テーブルの間を空のジョッキや木の器を持って走り回る少女が声を上げた。


 外見上はセラファよりも大人びているが、全体的な雰囲気は幼さの残る女性だった。赤毛の髪を後ろで結っていて、彼女の快活な笑顔が薄暗い酒場の中で輝いて見える。


「お客さん? ちょっと待っててね、今席を片付けて――ぎゃんっ!?」


 空の器やジョッキが宙を舞い、食事をしていた周囲の客が何事かと彼女を見た。だが、彼らは事態を把握すると、またすぐに自分の食事に戻ったり、彼女に向けて「サミラちゃんまたやっちゃったねぇ」と言っている。どうやら、こうなることはいつものことらしい。セラファはそんな風に感じ取った。


「あわわわ、またやっちゃったぁ……」

「やや、大丈夫ですかな。お嬢さん」


 すかさずマルノが床に散らばった木製の食器を拾い集める。カイエルもそれに続き、二人のおかげで散らばった食器はすぐに彼女の手元に戻ってきた。


「ありがとうお兄さんたち、ちょっと待っててね、すぐお父さん呼んでくるから」


 彼女はそう言って、両手に食器を持ったまま店の奥へと進んでいく。


「そそっかしい娘でしたな」

「分かってねえな、ああいうのが良いんだよ」


 マルノとカイエルの下世話な話を聞き流しつつ、セラファはサミラと呼ばれた彼女の姿を目で追っていた。


 別に彼女に興味があるわけではない。だが、何故か気になってしまっていた。あの愛嬌は、自分には無いものだからかもしれない。セラファはそう結論づけて、彼女が父親らしき人となにかを話すのを見ていた。


「いらっしゃいませ、クコの宿へ、今日はお泊まりですか?」

「ええ、しばらく、一人部屋と二人部屋をお借りできますかな?」


 人の良さそうな中年の男性がにこやかに応対して、セラファたちは二階の宿泊用の部屋に通される。扉が左右あわせて三つ、二つある方が一人部屋二つで、逆側が二人部屋のようだった。




「さて、私は馬の世話をしてきましょうかね、それではお二方、ごゆっくりとお過ごしください」

「ああ、ありがとうマルノ」


 彼を見送ると、カイエルは二人部屋の方の扉を開き、そしてセラファも彼と同じ部屋へと足を踏み入れる。


「ふうん、案外綺麗じゃない」

「そうだな、よく掃除と手入れが行き届いて……?」


 セラファの語る部屋への感想に同意しかけたが、カイエルは違和感に気付く。


「おいセラファ、お前は一人部屋の方だろ」


 男二人女一人ならば、当然部屋割りもそうなるべきである。それが何故、カイエルと同じ部屋にセラファが入ってくるのか。


「安心して、話が終わったら向こうの部屋に行くわ」


 セラファは動揺するカイエルを横目に、二つあるベッドのうち一つに腰掛けて、目の前に居る彼に対して「座らないの?」と問いかける。


「……はぁ、なんだよ、話って」

「あなたの身体に入り込んでいる残滓について、話しておかなければならないでしょ」


 カイエルが腰掛けると同時に、彼女は本題をぶつける。その言葉を聞いたカイエルは少し身構えた。


「どうして分かるんだ?」

「あなたが残滓に気がつくタイミングが早すぎる。勘が良いというには異常なほどね」


 セラファはあくまで冷静に、表情をなるべく動かさずにそう語る。


「カラド=モルスの残滓は一つに集まろうとする。だから、近くに残滓があると体内の残滓が引かれ合って頭痛とか、夢でうなされるなんて言うことが発生する」


 残滓は小さなものであれば、魂と同化して、理性がない獣ならば残滓が支配し、理性のある人間の場合は、体内に残り続ける。


 それらは日常生活に影響を及ぼすことはないが、残滓が近くにあるとき、魂ごと引かれてしまう。それが頭痛やうなされる原因だった。


「まあ、珍しいことでもねえよ。神狩にとってはな」


 セラファの言葉にカイエルは静かに、そして落ち着いた口調で返す。


「残滓に故郷を滅ぼされた。生き残った人間の身体に残滓の更に小さな欠片を残していった。神狩となったそいつは、その欠片を標にして、神狩になる。この世界じゃよくある普通の話さ」


 何でもないことのように話すカイエルを、セラファはただ見つめていた。彼にとっての日常は、彼女にとって避けたかった未来の一つだった。


「……これを見て」


 セラファはおもむろに懐から小さな古びた骨笛を取り出す。それは音階をつける穴などもなく、単純で原始的な笛だった。


「なんだそれ」

「解放の骨笛、私に掛かった不死の呪いを解呪するにはこの笛を吹くしかないわ」


 その事実を聞いてカイエルは目を背ける。


「そんなものいきなり見せるなよ。吹いたら死ぬんだろ」

「ええ、でも私にとっては『これが普通』よ」


 セラファは口角をうっすらと上げる。それにつられて、カイエルもため息と共に笑みをこぼした。


「そういうことね」


 つまり、残滓が体内にある人間と出会うのは、自分にとっては驚きで、あなたが思うほど軽いものではない。ということを彼女なりに伝えたいのだ。カイエルはそう受け取った。


「じゃあ、間違っても吹くんじゃねえぞ、少なくとも俺が死ぬまでは」

「当然でしょ。これを吹くことは裏切りだもの」

「裏切り? それって――」


 カイエルがそれを聞こうとした瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれた。


 そのドアについているノブは、弧を描いて高速で動き、壁に勢いよくぶつかる。その反動で壁際におかれていた外套掛けが倒れ、カイエルの脳天に勢いよく倒れ込む。


「セラファさんが不死の乙女って本当ですか!? ――って、ああっ!?」


 扉を開けたのはサミラだった。彼女は興奮した様子で部屋に入ってきたが、下敷きになって倒れているカイエルを見て、悲愴な声を上げる。


「ご、ごごごごめんなさい! またやっちゃった!」

「いや……わざとじゃないなら、別に良い……」


 呼吸をなんとか整えて、カイエルはサミラに気にしなくて良いことを伝える。


「それより、何か話をしにきたんじゃないの?」


 セラファは骨笛を懐に仕舞いながら、慌てふためくサミラに続きを促す。


「あっ、えっと、マルノさんから、あなたが不死の乙女だって言うのを聞いて、お話ししてみたくてですね……」


 サミラは頭を押さえたままベッドに座るカイエルを横目に、セラファへの興味を抑えられないようだった。


「別に構わないけれど……そうね、少し気になることがあるし、町の案内をお願いしようかしら」

「分かりました! 今ちょうどお昼時が終わって落ち着いたときなんで、お父さんに言ってきますね!」


 何度も頭を下げながら階段を下っていくサミラを、セラファは少しだけ柔らかい表情で見送り、どさりとベッドに倒れたカイエルの顔に視線を移す。


「私は少し気になることがあるから散策してくるけど、あなたはついてくる?」

「いや……やめとくわ……頭痛えし」


 カイエルの表情は、残滓と戦うときよりも憔悴していた。

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