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神狩2

 五百年前、世界は創造主である黄金の神「カラド=モルス」と決別した。


 カラド=モルスは人類の守護者であったが、それは知恵を持たず、永遠に無垢なままでいる事を強要し、必要なら命を差し出させることを求める家畜や玩具のような扱いだった。


「だからこそ、私たちは『離別の時代』を生きることになったわけですな! 神のいない時代だからこそ、貴女のような存在が必要なのです!」


 マルノが芝居がかった調子で喚き、手に持ったブリキのジョッキを振り回す。その姿をカイエルは苦笑して眺めていて、セラファは何の感情も動かさず――時々小さくため息を漏らしながら聞いていた。


 周囲の骸を処理した後、カイエル達は止まない雨に今日の移動は諦めて、野営をすることに決めていた。タープの端に湿っていない予備の薪を使って作った焚火が作られ、その上には小ぶりな鍋が吊るされていた。


「それはそれとして……セラファ、だっけ。どうしてそんな軽装でこんなところに通りかかったんだ?」


 カイエルの何度目かの問いかけに、セラファは変わらず無言で答える。マルノが仰々しくなにかの芝居のように褒めても、カイエルが優しく寄り添うように声を掛けても。彼女は頑なに俯いてじっとしているだけだった。


「っ、ふぅー……参ったな」


 どう話しかけても反応を返さないセラファに、カイエルは息を吐いて頭を抑える。残滓を倒した直後までは一応は会話をしてくれていたというのに、どうしたのか。


「……」


 彼女の態度は頑なで、他人を寄せ付けない意思を感じさせた。だが、カイエルはその態度の裏に何かがあると考えていた。


 自分たちと会話する気がないなら、そもそも狼を倒した時点で、彼女は立ち去っていてもおかしくない。では、何が原因なのか……


 カイエルが視線を上げると、彼の目には小降りになった雨粒と、真っ黒な空が見えていた。このまま待っていれば、夜の間に雨は止みそうだった。


「そう! 今回は貴女と私たちの出会いを祝して――」

「おい、そろそろ鍋が煮えたんじゃないか?」


 一人でまくし立て続けるマルノに辟易しているだろうと、カイエルは話を遮って、鍋を指さす。その中にはぐつぐつと煮える干し肉や雑穀を混ぜた雑炊が入っていた。


「え? おおっ、すみませんな、確かにそろそろ食べ頃です。ささ、セラファ様もどうぞ」


 マルノは木製のスプーンと器を用意して、取り分けた物をセラファに渡そうとする。


「いらない」


 ようやく、初めてセラファが発した声は、拒絶だった。


「そう言わず、私たちの分も十分ありますから」

「……」

「いいから食っとけよ、腹減ってるだろ?」


 また反応がなくなってしまったセラファに、カイエルは諭すように言う。先ほどから何も反応を返さない原因に、一つ心当たりがあった。


「減ってな――」


 セラファが否定を口にしようとしたところで、セラファの腹部から空腹を示す音が響き渡った。


「へっ、まあ食えよ」


 ここまで大きな音が鳴ってしまっては、もう言い訳するのは不可能だ。セラファはマルノの手から雑炊とスプーンを受け取って、それをまじまじと見つめた。


 マルノは雑炊をカイエルと自分の分も取り分けて、各々に食事が行き渡る。


「では、食べましょうぞ。今日も我々は神の居ない世界を生き抜けたのですからな」

「ああ――」


 マルノの言葉に、カイエルは気のない返事をする。神の居ない世界を生き抜いた。五〇〇年前から続く、人間を奮い立たせる定型句の一つだ。


 マルノが器に直接口をつけてすする音を聞きつつ、カイエルも雑炊に口をつける。干し肉にしみこんでいた塩分と胡椒が雑炊全体にしみ出しており、一気に食欲をそそった。


 神が居ない世界に、人類は五〇〇年も生きている。そうなると、創造主カラド=モルスの存在を疑う人間が出てきてもおかしくない。


 だがその実、神の存在を疑ったり否定する人間はほとんど存在しない。それはなぜかと問われれば、誰もがこう答えるだろう。


――神の残滓が未だに蔓延している。


 カラド=モルスを象徴する黄金の光。それを瞳に宿し、創造主の寵愛を受けてしまった生物は、肉体の限界を超えて動くようになり、人間を襲い続ける。まるで子に裏切られた親が絶望と共に泣き叫ぶように。


「……――」


 雑炊に舌鼓を打ちつつも、記憶の海へ沈みそうだったカイエルは、はっと意識を取り戻して、セラファの方をちらりと見る。彼女は器を手に持ったまま、なにかを考えるようにじっと動かずに居た。


「おい、大丈夫かあんた」

「っ!」


 カイエルが心配して声を掛けると、セラファはびくりと肩を揺らして、声の主を見返した。


 彼の目には、意地になって口をつけていない。というよりも、食事の仕方を忘れているようにも見えて、胸の奥がざわつくような気がした。


「腹減ってんだろ? 食えよ」

「え、ええ……」


 カイエルに言われて初めて気付いたとでも言うように、セラファは小刻みに震える手でスプーンを雑炊にくぐらせて口に運ぶ。


「――! はぐっ、かふっ、んぐっ」


 スプーンを口の中に入れた瞬間、その瞬間まで我慢していたのが決壊したように、セラファは口内がやけどするのも構わず雑炊を食べ始めた。


「お、おい……」

「ははは、良いじゃないですか、カイエルさん。女神様は空腹なようですし――おかわりはいかがですかな?」


 あまりの勢いに動揺するカイエルを、マルノは笑いながら窘めて、鍋の中にまだ残る雑炊にお玉を沈める。


「……ん」


 一杯をがっついて食べてしまったのが恥ずかしかったのか、食べ物で身体が火照ったのか、セラファは白く薄い色素の肌をかすかに紅潮させつつ、空になった器をマルノに差し出した。


「良い食いっぷりだな」


 二杯目の雑炊は少しペースを落として食べているようだが、セラファはまだ雑炊に夢中なようだった。


「悪い……? ものを食べるなんて、久しぶりだったのよ」

「いいや、そういう食いかたの方が分ける側としても嬉しいさ、なあ」


 カイエルがマルノに話を振ると、彼も深く頷いた。


「そうですな、しかし……そんなにがっつくとは、何日ほど食べていなかったのですかな?」


 何の気は無いマルノの問いかけに、セラファは言葉を濁すように雑炊をかき込んでから、小さな声で答える。


「覚えていないわ」

「え?」


 カイエルはセラファの返答を聞いて、思わず気の抜けた声を出した。


「あっ、違う、三日前」


 セラファは二人の表情を見て、慌てて訂正する。カイエルとマルノは首をかしげたが、深く追求するつもりはなかった。


「それよりあなたたちこそ、どうして二人だけでこんな森の中を?」


 セラファは話題を変えるように、二人に問いかけた。


「私は行商です。次の町までの護衛に、残滓を狩る者――神狩かがりであるカイエルさんを雇ったというわけですな」


 マルノは自信ありげにそう話す。カイエルは彼に同調して、雑炊を自分の器によそいつつ言葉を続ける。


「んで、俺が神狩をやってるのはまあ……そうしたいから、だな」

「そうしたいから?」


 カイエルの今ひとつ要領を得ない回答に、セラファが思わず聞き返した。


「ああ、故郷が残滓に襲われて、生き残った奴が町を転々としながら残滓を狩るようになる。よくある話さ」


 何でも無いことのように語るカイエルだったが、その瞳には真剣な光が宿っていた。


「そのおかげで私は安全な旅ができて、カイエルさんは新しい町へ行ける。お互いにメリットがあって一緒に居るというわけですな」

「……」


 鍋の残りをマルノから全て器に注いで貰いつつ、セラファはなにかを考えるように俯いた。


「実際、今日のようなことがあると、カイエルさんのような人には頭が上がりませんね……ああ、もちろんセラファさんには感謝をしておりますとも」


 マルノはにこやかに話しつつも、その声は高らかに世界の歴史を語っていたときと比べれば、ずいぶん静かな声色だった。


「ま、飯食いながら話す事じゃねえな。せっかく腹一杯になったってのに、気分が沈んだら世話ねえよ。今日は俺が夜の番をやるからよく寝とくんだな」


 空気を察したカイエルは、殊更明るく、落ち込んでしまった空気を吹き飛ばすように、食べるペースの遅くなったセラファに笑いかけて、自分の胸を軽く叩いた。

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