アーディン6
「あ――」
セラファが空を見上げるカイエルを見つけたのは、想像以上に遅くなった帰路をサミラと急ぎ歩いているときだった。
「カイエル」
「ん……? おお、セラファ、遅いから探しに来ちまったぜ」
セラファが声を掛けるとカイエルは少し驚き、快活な笑みを浮かべて答えを返す。
「探していたって言う割には、そんなところに私は居ないと思うんだけど?」
空を見上げていたカイエルに、セラファは少し意地の悪い質問をする。
カイエルは頭を掻くと「参ったね」と呟いた。
「ちょっと祭の手伝いをな。ほら、三日後にやるって言ってただろ? それでちょっと思うところあってさ」
「そう……」
セラファはその返答に一応の納得をしたようで、短く声を漏らした。
「手伝いって、何をしてたんですか?」
サミラが二人の会話に割って入ってくる。
「ああ、この魔法灯が点かないって言うから、ちょっといじってやったんだ」
カイエルはすぐ傍にある街灯を指さす。それは宵闇を照らすように強い輝きを放っていた。
「魔法灯……まだ使えるのね。随分明かりが弱くなったけれど」
セラファは光を見上げてそう呟く。
「昔はもっと明るかったのか?」
「ええ、少なくともカーテンを閉めなければ明るすぎて眠れないほどにね」
カイエルの問いに答えつつ、セラファは通り沿いにいくつか灯っている魔法灯の光を見回す。それらは、明るさの割に間隔が空きすぎているように感じる。そしてそのどれもが、彼女が持つ五百年前の記憶よりも弱々しく、頼りなかった。
「まあ、町の案内は終わったんだろ? 帰ろうぜ」
「……うん」
セラファは短く返す。その声は頼りなく、夜風にさらわれて消え入るようだった。
――神が死んだことで、既に魔法は衰退を始めている。
セラファの脳裏に、人間の行く末を憂いたイルヴァンの言葉がよみがえる。人間は力強く発展しているものの、そこには魔法は介在しなかった。その事実に、セラファは胸の奥が締め付けられる感触を覚えた。
「ところで、カイエルさんが手伝ったのはどんな人でした?」
「エルンって奴だよ。俺より五つくらい下の」
セラファの感傷をよそに、カイエルたちはクコの宿までの道を歩き出しつつ話をしていた。
「あ、エルンくんなんですね。私からもお礼を言わせてください」
サミラがカイエルに頭を下げるのを、セラファは少し早歩きで追いつきながら見ていた。
「知り合いなのか?」
「はい、小さい頃はよく子守をしていましたから。あの子は良い子なんですけど、少し気弱で心配なんですよね」
サミラはほんの少し目を伏せる。彼女の表情は心配性な姉という印象で、その言葉には嘘はないように見えた。
「よければ、エルンくんのことを気に掛けていてください」
「つってもな、祭の後には別の町に残滓を追いかけないといけねえし……」
カイエルが困ったように視線をセラファへ向ける。彼女はいつまでもここに居るわけにはいかないだろう。彼の表情はそう語っていた。
「居る間だけでも良いんで、お願いしますよ! 食事とかもサービスしますし!」
「まあ、滞在中だけなら……」
サミラの言葉にカイエルは少し気圧されつつも頷く。どうやら彼女にとって、エルンの存在はただの知り合いというわけでは無いようだ。彼はうっすらとそう思った。
「ふぅ……」
二人の会話を聞きながら、セラファはふと目に入った魔法灯の光に意識を向ける。すると光がわずかに揺れて、彼女たちを照らした。
クコの宿に戻ったセラファたちは、マルノと共に夕食を取り、各々の部屋に帰っていく。
「ではセラファ殿、また明日よろしくお願いしますぞ」
「うん、また明日」
別の部屋に戻っていくマルノを見送って、セラファは自分の割り当てられた部屋の扉を開く。
彼が「よろしく」と言っていたのは、明日城門広場の南に露店を出すので、その手伝いをしてほしい。という意味だった。どうも一人では大変らしい。
「……」
誰かに戦い以外で頼られるなんて、そう考えるとセラファは自然と上機嫌になって
いた。鼻歌交じりに自分のベッドに身を投げ出して、高揚する気分を発散するように伸びをする。身体の奥に、温かな感触がたしかにあった。
「おい、セラファ」
そんな上機嫌なところで、未だに扉の前でじっとしているカイエルが声を掛けてきた。
「何よ?」
「なんでマルノが一人部屋なんだよ。お前隣の部屋に行くって言ったろ」
カイエルは呆れたようにため息をつく。一人部屋と二人部屋を取っていたが、誰がどこに泊まるかは決めていない。だから、カイエルと自分がこの部屋に居てもおかしくはない。セラファはそう考えていた。
「あっちで寝るとは言ってないわ、それに――少し話したいことがあったから」
セラファは何の後ろめたさも、恥ずかしがる素振りもなく、起き上がってカイエルに理由を話す。
「……わかった。聞いてやる」
まっすぐに見つめられたカイエルは、ため息をついてセラファの居ない方のベッドに腰掛ける。男女が同じ部屋でとか、そういう色恋のような物はセラファには存在しないらしい。
「明日、城門広場にマルノを送り届けたら、一緒に旧市街を探索してほしい」
「あ? なんでそんな――まあ、いいけどさ」
セラファの突然の要望に、カイエルは反論しかけたが、彼女の真剣な表情を見て、それは必要なことだと察した。
「せめて、理由を教えろ。観光じゃないんだよな」
カイエルの茶化すような言葉には取り合わず、セラファは淡々とした様子で話を始める。
「すこし……気になることがあるの」
セラファの脳裏には、あの旧館で見た景色があった。
老朽化し埃を被った屋内に、大量に残る足跡と、その先にある木箱が置かれた中庭……集団があの場所で集まって何かをしている。そう推測するには十分すぎる状況証拠だった。
「なるほどな」
その話を聞いたカイエルは、深く頷いて同意を示した。
「確かに、それは気になるな。泊まらせて貰ってるし、そこに住み着いてるごろつきか何かを追い払うくらいはしてやっても良いだろ」
カイエルの言葉に、セラファはほっとして身体の力を抜く。一人は慣れているが、これほど人が居る町で単独行動するのは慣れていない。誰か知っている人が近くに居るのは彼女を安心させた。
「ただ……それをするのはエルンを構ってやってからでいいか?」
「サミラが話していたこと?」
カイエルの話に質問を返すと、彼は頷いて顎を擦った。
「ああ、なんとなく、他人って感じがしないんだよな」
「そう」
セラファは短く答える。それは自分の要望が後回しにされた不機嫌からくるものではなく、カイエルが記憶の中に存在する誰かの姿とよく似ていたからだった。
――ダリオン。
彼に似た、かつての英雄の名前を呼ぶ。それは声とならず、かすかな呼気にしかならなかった。
篝火の勇者ダリオン。彼は人類の希望そのものだったが、それ以上に五人の勇者たちにとって、中心的存在だった。
「じゃ、寝るか。寝坊するとマルノがうるせえからな。良い場所に店を開けなかった! とか恨み言を言われたくはないだろ?」
「ええ、おやすみなさい」
ベッドに横になるカイエルを見送った後、セラファは手元のランプについている炎を消す。魔法を利用せず、蜜蝋を利用した照明器具だった。
――
エルンという少年は、他人に責任を負わせるよりは、自分が傷つくことを選ぶ少年だった。
「全く、魔法灯の修繕にいつまで掛けているの、あまりもたもたしないでちょうだい」
「ごめん、義母さん……」
残滓に故郷を滅ぼされ、アーディンに住む遠縁の親戚に引き取ってもらった。彼がここに居るのはそういう理由だった。
「ああもう、あなたは私たちの息子なんですから、中途半端ではいけませんよ。それをよく分かってちょうだい」
「はい……では、また明日」
義母からの言葉を受けて、彼は自室へ戻る。その胸のうちには石のように重い何かが鎮座していた。
エルンを引き取った夫婦はこの町ではそれなりの地位を築いていた。それは彼の自室が、ベッドも机も丁寧につくられている事からも明らかだった。
義父は祭りの準備とその後に行われる食事会で帰りは遅く、元々帰ってくることは少なかったが、ここ一月ほどは、エルンと顔を合わせても居ない。
その一方で義母は、彼を実の息子のように扱っていた。
実の息子と同じように扱う。言葉としては理想的だが、その理想的であることが、彼にとっての重荷となっている。
義父も、義母も、両方が対外的には「理想的な大人」として暮らしている。では、故郷がなくなり孤児となったエルンは――いや、既に境遇がまともではないエルンはどう振る舞えばよいのか。
要領が良いわけではない。外向的な性格ではない。特別何か優れた物があるわけではない。
彼にとって「まとも」という言葉は、非常に重い意味を持っていた。
「はぁ……」
ため息をつき、薄暗い魔法灯の明かりをさらに絞って、エルンはベッドに横になる。
そうだ、寝てしまおう。
寝てしまえば、自分の好きなことだけ考えていられる。幸せだった過去、忘れたい現在、夢の中だけはその郷愁と願望を思い通りに出来た。
「神狩……カイエルさん」
ふとそんな折、あの魔法灯の下で出会った人のことが思い浮かぶ。故郷を滅ぼされ、身寄りのなくなった自分と似ている彼……
そうだ、夜寝るまでの空想は、もし自分が彼のように自由で、剣を振るえる人間だとしたら、それを考えてみよう。
エルンはかなわない空想と知りつつも、知らない土地を自由に旅する自分を夢想して、眠りへ落ちていった。
――
「何事も、笑っていた方が物事は上手くいく。覚えておこう」
そう語ったダリオンは、本人の言うことをそのまま実践するように、常に笑顔を絶やさない人だった。
既にそれ以外の言葉は、風化して時折湧き上がってくるしか無い状態だが、それでもこの言葉だけは、よく覚えていた。
私は元々愛想が良い方ではないから、ダリオンの笑顔がまぶしくて、その光をいつまでも浴びていたいと思っていた。
でも、きっとそれは叶わない願い。残滓がある限り、私は死ねない。ならば、どうしてもダリオンを見送ることになる。その悲しみを織り込んだ上で、残滓を狩り尽くすしかない。
「私は世界がどうなるかじゃなくて、あなたがどうなるかが心配なのよ」
ライカ――私の友人にして、勇者の一人がそんなことを言っていた。彼女は神を殺した後、ダリオンとの子を産んで、戦線から離脱していった。
最後にあったのは、彼女の子供がゆりかごに揺られているのを見ながらだった。私はそれを見て、人間がこれからも生きていけるよう、残滓を狩るのだと意気込んだのを覚えている。その時言われたのが、その言葉だった。
あの二人の子孫は、どこかで生きているだろうか。
だとしたら、どうか幸せに、私のやっていることなど気付かないくらい平和な暮らしをしていてほしい。私はそう願い。そしてそれと同じくらい私のことを父から子へ受け継いで覚えていてほしかった。
この願い両方がかなうことはない。だけど、それが私の嘘偽り無い気持ちだった。
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