季節と保存食と、次への段取り
添水唐臼の試験運用が思いのほか上手くいったため、村長を含めた有力者数名から「これは数を置こう」という話がすぐにまとまった。そりゃそうだ。人力で叩くよりも圧倒的に楽だし、何より作業をする村人たちの顔が明るい。機械に対して懐疑的だった老人たちでさえ、「これは体に優しい」と感心していた。
とはいえ、水車本体の制作にはまだ時間がかかる。木材の乾燥や加工、何より設置場所となる水路の整備が必要だからだ。
「なので誠殿。水車ができるまで、この添水唐臼を数台設置する流れでよろしいか?」
村長が確認してきたので、俺は素直にうなずいた。
「はい。こっちは比較的簡単ですし、すぐにでも量産できます。水車は……まあ、気長にやりましょう。」
「ああ、あれは大仕事だかんな」
横からミィナも苦笑しつつ肩を回す。
水路掘りは重労働だ。村人総出とはいえ、すぐにどうこうなる作業ではない。
結局、手の空いた者がその都度作業に加わる“流れ作業”のような方式で少しずつ進めることに決まった。
■季節の話題と、謎の星
作業内容の確認が一段落したところで、アイからの促しが頭をよぎる。
『誠様。ここの季節の大まかな変化について知っておきましょう』
そうだった。季節の移り変わりや天候は農業の基礎だ。知っておいて損はない。
「なあミィナ。この村って季節ってどうなってんだ?」
するとミィナは、少し不思議そうな顔で答えた。
「どうって……四季があるよ? 春、夏、秋、冬。まあ、名前はうちらの呼び方だけどね」
「四季はあるんだな。じゃあ、どうやって季節が変わるのを判断してるんだ?」
ミィナは空を指差した。
「あそこの星と、ここの星が夜に近くなったら季節が変わるって昔から言われてる。今は、ほら、あの二つが寄り始めてるから……夏の終わりから秋に向けてだと思うよ」
「……なるほど、星か。」
正直、俺にはちんぷんかんぷんだった。天文学なんか専門外もいいところだ。
だがすかさずアイがフォローしてくれた。
■アイからの新提案:糠を集めろ?
ひと息ついたところで、またアイの声が響く。
『誠様。新たな提案があります。糠を集めてください』
「……糠?」
『はい。糠漬けを作りましょう。発酵食品で、保存性が高く、栄養価も上がります。秋冬の食料対策として非常に有効です』
なるほど……そういう方向か。
糠漬けなんて日本にいた時でさえ作らなかったが、原理は知っている。米を精米する以上、糠は必ず出る。捨てるくらいなら有効活用するべきだ。
「ミィナ。米から出た糠ってどうしてるんだ?」
「どうって……燃やすか、そのまま土に返すかだね。あんな粉、何に使うんだ?」
「食うんだよ」
「え? 食うの!? あれを!?」
ミィナが本気でドン引きしていたが、俺は首を横に振った。
「いや、直接食べるんじゃなくて……漬物に使うんだ。うまく漬けると保存食になる」
「ふーん……誠が言うなら悪いもんじゃないんだろうけど……ちょっと想像できないな」
「まあ作ってみりゃすぐ分かるよ」
というわけで早速、精米で出る糠を集めてもらうよう村長に依頼した。
量はすぐにまとまった。なにせこれまでは「ゴミ」扱いだったものだ。村人たちにしてみれば捨てるより面白そうだという気持ちの方が強いのだろう。
■初めての糠床づくり
糠、水、塩。最低限はこれだけでいい。
ただ発酵に時間が必要なので、俺は混ぜながらミィナや村の女衆に作り方を教えていく。
「……で、こうして毎日かき混ぜるんだ」
「なんで?」
「空気を通してやるため。それに、混ぜないと腐る」
「腐るのは嫌!」
「だから混ぜるんだよ」
ミィナの分かりやすい反応に、周りの女性陣が笑いながらうなずいている。
「なあ誠。これってどうなるんだ?」
「時間が経つと野菜が塩に浸かって、発酵して、旨くなる。酸っぱくて……まあ食えば分かる」
説明をしながら、自分でも「どう言ったら伝わるんだこれ」と思わず苦笑した。
異世界で糠漬けを教える日が来るとは思わなかった。
糠床を仕込み終え、村の涼しい小屋の隅で寝かせる。
「発酵が進めば試食できますね。初回は三〜四日ほどでしょう」
■水路作業の進展と、村の空気
その日の午後、水路の整備を手伝いに行くと、案外多くの村人が参加していた。
皆が「生活が楽になるなら」と積極的だ。
「誠殿の作るものは体が楽になるものばかりだ」
「誠殿が言うなら手伝うさ」
などと声をかけてくれた。
……少しずつだが、信用されてきているのが分かる。
この世界に来てからずっと張り詰めていた胸の奥の不安が、ようやく少し緩んだ気がした。
■糠漬け、まずは試作品へ
作業後、集めてもらっていた野菜――大根、胡瓜に似た細長い野菜、丸い根菜――を糠床に漬け込む。
ミィナも興味津々だ。
「本当にこれ食えるのか……?」
「だから食えるんだよ。しかも冬場の保存食になる」
村人たちは不安と期待が入り混じった表情で漬け込み風景を見つめていた。
初回の結果がどうなるか。
それ次第で、この新しい保存食文化が村に根付くかどうか決まるだろう。
ともかく――
水車の準備、季節の把握、新しい保存技術。
少しずつだが、俺の「できること」が村の生活に浸透し始めている。
そしてその積み重ねが、俺自身の身の安全にも繋がっていくはずだ。
「……よし。明日も頑張るか」
村の夕日が水路を黄金色に染めていた。
アイは今日の話を聞いて
『誠様、任せてください。星の動きからこの世界の暦の概算を私が組み立てます』
心強い。まじで心強い。




