村を変える最初の一歩
村の案内を終えて小屋へ戻った誠は、囲炉裏の前に腰を下ろした。
ほどなくして、スマホ――アイの画面がぼんやりと明るくなる。
『誠様。動画の解析が完了しました。村の改善案を提示します』
「よし……頼む。俺にできる範囲でな」
『承知しました。では、一つずつ説明します』
画面に表示された最初の図は、見覚えのある木製の装置だった。
「……なんだっけ、これ?」
誠が首を傾げると、アイが補足する。
『動力脱穀機――この村の稲作効率は低く、手作業による脱穀が負担になっています』
「あー……歴史博物館に展示されてたアレか!」
誠は膝を打った。
板に釘が打たれ、そこへ稲を押し当てて籾だけ落とす機械。構造は単純だが、大幅な時間短縮になる。
『もう一つは“唐箕”です』
「あー、これも懐かしい……」
唐箕の図も表示される。
手で回すハンドルがあり、風で軽いゴミを飛ばし、重い籾だけを落とす仕組み。
これも昔の農具だ。
だが――この時代の村には存在しない。
『誠様の提案方針としては、“身体への負担を減らす道具” → “作業効率を上げる道具”の順が適切と判断しました』
「なるほどな……筋力勝負の世界だもんな」
誠が深く頷くと、画面が切り替わった。
『次に――水路の効率化と、水の動力を使った装置についてです』
「水車か?」
『はい。しかし誠様お一人では大型水車の建設は困難と思われます。まずは“添水唐臼”の制作を推奨します』
「……あ、トントン上下するあれか!」
水流で杵が上下し、自動で脱穀や粉砕を行う仕組みだ。
『さらに、水車による“上下杵式”と“引き臼式”――二種類のミニチュア模型を作り、村人へ説明してください』
「ふむ……そこまでやれば村の連中も納得してくれるか」
『はい。誠様が“村に不可欠な存在”であると認識され、身の安全も確保しやすくなります』
誠は拳を握った。
「よし、決まりだな。まずは脱穀機と唐箕から作る!」
気合を入れ、早速木材を選び始めたその時――
「おーい誠! 入るぞ!」
勢いよくミィナが小屋の戸を開いた。
「わっ……お、おうミィナ」
「何作ってんだ?なんかまた変な木の組み物だな」
誠は一瞬迷ったが、いつもの“記憶が蘇った設定”を使う。
「いや……また少し記憶が戻ったんだ。俺の村で使われていた道具があってな。稲から……えーと、米ってやつを取る機械だ」
「米?」
「ほら、お前らが“穀”って呼んでるやつだよ」
「あー!あれか!それを取る機械?どうやって?」
誠は脱穀の理屈を説明したが――
ミィナの表情は見事に“???”になった。
「……つまりだな、こうやって……こうだ」
身振り手振りを交えて説明すると、ミィナはようやく理解したらしい。
「おお!なんか便利そうじゃねぇか。誠が作るもんはだいたい便利だからな!出来たら見せてくれ!」
そう言ってミィナは胸を張った。
「わかった。少し待ってろ」
ミィナが去ると、誠は深呼吸して木工を再開した。
◇◆◇
数日後――
誠は二つの機械を完成させた。
手押し式の簡易脱穀機。
そして風力による選別機である唐箕。
ミィナと数名の村人が集まり、興味津々で見ている。
「こいつに稲を押し付けて……こうするんだ」
誠が実演すると、稲穂から見事に籾が外れて落ちていく。
「おおおーー!!」
村人たちが歓声を上げた。
「次はこっちだ。これは回すと風が出て、軽いゴミを飛ばす。籾だけ残る」
ハンドルを回すと、唐箕の風で藁クズが舞い上がる。
「すげぇ……」「力いらねぇじゃん……」「こんな楽に選別できんのか……」
みんな目を輝かせている。
誠は胸を張った。
「こうすりゃ作業人数も減るし、時間も短縮できる。女や若い奴でも動かせるだろ?」
「誠……お前、本当にすげぇな!」
ミィナが尻尾をぶんぶん振っている。
その空気の中、誠は次の段階に移った。
「……で、だ。もっと効率を上げたいなら“水路の整備”が必要なんだ」
村人たちが顔を見合わせる。
「水路……?」
「そう。今の水路はところどころ詰まってて流れが弱い。だから“水の力”が使えない」
ミィナが前に出る。
「水の力って……どうやって使うんだ?」
誠は事前に作っておいた“添水唐臼”を見せた。
木製の小さな装置で、水を受けると杵がトントンと上下する。
ミィナに許可を得ておいた川近くの場所で、誠はこれを設置した。
水を流す。
ぽちゃん……
――トンッ
ぽちゃん……
――トンッ
「……動いた!!」
ミィナの耳がピンと立った。
「これで自動で粉を挽いたり、脱穀したりできる。こういう“動く仕組み”だ」
さらに、誠は二つのミニチュア模型を村人の前に置いた。
「一つ目が“上下式の水車”。こっちは……こうだ」
模型を回すと、上の杵が上下する。
「二つ目は“引き臼式”。石の臼を回して粉にするタイプだ」
村人たちは真剣な表情で見つめている。
「誠……これ全部、水の流れで動かせるのか?」
「ああ。今見せた奴より水路を整えて水の流れを強くすれば、誰でも使える“働き手”になる」
沈黙。
そして――
「やろう!!」
村人たちが一斉に声を上げた。
ミィナが誠に向かって言う。
「誠、お前……本当にうちの村を良くしてくれるんだな」
誠は照れながら頭を掻いた。
「ま、俺も生き残るためだからな。みんなが便利になるなら……その方がいいだろ」
ミィナが笑う。
「やっぱ誠は変な奴だけど――いい奴だな!」
誠は思わず吹き出した。
(よし……これでまず一歩だ)
誠は空を見上げた。
ここから――村を変える本格的な日々が始まる。




