信頼のはじまり
ミィナが嬉しそうに簡易ベットを抱えて小屋を出ていった、その翌朝のことだった。
コン、コン――。
まだ日が昇りきらない薄明かりの中、小屋の戸が叩かれた。
出てみると、昨日までまったく見かけたことのなかった獣人の女性が、そわそわと落ち着かない様子で立っていた。
「……あ、あの。ミィナから聞いて……その、例の寝るための木の台……欲しいのですが……」
誠は思わず固まった。
「え、あ、あぁ……簡易ベットのことか?」
女性はコクリと勢いよく頷いた。
その背後には、竹材の束と古い縄が山盛りになっている。
「こ、こんなに材料あるけど……」
「はいっ!ぜ、全部あげますので作ってください!」
……どうやら、ミィナが昨夜あのベットを自慢しまくったらしい。
誠は小屋の中を見回し、溜息をついた。
「……まあ、作れないことはないが……」
そしてその日から。
誠の生活は――完全に“ベット職人”と化した。
◇◆◇
『誠様。ペースを落とさないと身体に負担が出ます』
頭の中で響くアイの声に、誠は苦笑した。
「いや……俺もそうしたいんだけどな……」
気づけば、小屋の外には常に誰かが材料を抱えて立っており、小屋の中では誠が工具を手に木を削り、縄を締め、簡易ベットを組み上げる。
さらに次の日。さらにまた次の日。
誠が寝ている間にまで材料が置かれるようになっていた。
「……これ、完全に仕事じゃねぇか……」
アイの淡々とした解説が入る。
『推測ですが、ミィナ様の発言力は村の中でかなり高いものと思われます。また、“寝やすくなる道具”というのは、村人の生活満足度に直結するため、需要が急速に高まったのでしょう』
「いや、アイさんよ……解説はありがたいけどさ……」
縄を締める手が止まらない。
「仕事量が多すぎるんだが?」
『誠様が一つ目を高品質で作りすぎたのが原因かと』
「ぐっ……」
返す言葉がない。
◇◆◇
気づけば一週間が経っていた。
村人の人数など知る由もなかった誠だが、アイが撮影した動画を解析した結果、答えが返ってきた。
『誠様。推測人口は約80名。材料を提供した人数と依頼数から逆算しても、ほぼ一致します』
「……ってことは、簡易ベット、全員分作ったってことか?」
『おそらく。残り数台で全世帯を網羅した計算です』
誠はへたり込んだ。
手は豆だらけ、腕もパンパン、眠気も抜けきらない。
だが――小屋に運ばれてくる食事の内容は、確実に良くなっていた。
昨日までは冷たいお粥と乾いた芋だったのに、今日は湯気の立つスープと焼いた肉が添えられている。
「……これ、もしかして、“ありがとう”ってことか」
『その通りかと思われます。誠様はこの村の生活を向上させました。少なくとも“害のない存在”として認識され始めているでしょう』
「……害がないどころか、めっちゃ働いてるけどな……」
それでも、誠の胸の奥が、ほんの少し温かくなる。
◇◆◇
全員分の簡易ベットを作り終えた翌日の夕方。
小屋の戸がまた叩かれた。
「誠ー。いるか?」
聞き慣れた声だ。
ミィナだ。
「おう、入ってくれ」
ミィナは相変わらず尻尾を忙しなく揺らしながら中に入ってきた。その目が、誠の作業跡を見て見開かれる。
「すごいな……本当に全部作ったのか?」
「まあな。おかげで腕が死んだ」
誠がぐったりした姿を見て、ミィナはなぜか嬉しそうに笑った。
「これでみんな、寝る時の腰の痛みが減るはずだぞ。特に腰を悪くしてたおばあちゃんが、すごく喜んでた」
「……そうか。それなら頑張った甲斐があった」
誠は心からそう思えた。そしてミィナを見る。
「なぁ、ミィナ。頼みがあるんだが……」
「なんだ?」
「村の中を案内してくれないか?……その、俺、ここがどんな場所なのか、まだ全然知らなくてさ」
ミィナは一瞬きょとんとしたが――すぐに、にっと笑った。
「いいぞ。誠のこと、村の皆にちゃんと紹介してやる。……あ、もちろん監視も兼ねて、だけどな?」
「まぁ、それは仕方ないだろ」
笑い返すと、ミィナの尻尾がブンブン揺れだした。
『誠様、撮影モードはいつでも可能です』
アイが準備完了を告げる。
誠は深く息を吸い、気を引き締めた。
「よし……次のステップだな、アイ」
『はい、誠様。この村で生き延びるための行動、順調に進んでおります』
ミィナが戸を開け、夕暮れの村の景色が差し込んだ。
誠はその光の中へ一歩踏み出した。
この村で――自分はどこまで変われるのか。
ここからが本当の意味での“生活の始まり”だ。




