増えたもの変わったもの
昼下がり。
村の中央にある広場は、以前より静かだった。
騒がしいわけではない。
人がいないわけでもない。
ただ――落ち着いている。
子どもたちは木陰で何かを削って遊び、
年寄りは干し物を裏返しながら、ゆっくり話している。
「この前の干し竹の子、まだ残ってるな」
「去年なら、もう無かった頃だ」
「そういや、腹減ったって声も減ったな」
誠は少し離れた場所で、その会話を聞いていた。
(……本当に、変わったんだな)
以前は「足りるか」「足りないか」だった。
今は「余るか」「どう使うか」になっている。
それは数字の変化じゃない。
考え方の変化だ。
『誠様』
アイが、控えめに話しかけてくる。
『村人の行動傾向が変化しています』
「どう変わった?」
『短期的な不安行動が減少しています。食料・燃料・道具に対する“焦り”が低下しています』
「……なるほどな」
誠は、遠くの水田を見た。
苗は揃い、青さも均一だ。
誰も「失敗したらどうする」とは言わない。
(失敗しても、戻れると思ってる)
それは、強い。
⸻
ミィナが、桶を抱えてやってきた。
「誠、ちょっといい?」
「どうした?」
「味噌、少し分けてほしいって家が増えてきててさ。もう“試し”じゃなくて、常用するみたい」
「……あー、そうか」
出汁も、味噌も、醤油も。
今では特別扱いされていない。
「味が変わった」と騒ぐこともなく、
「すごい」と持ち上げることもない。
ただ、使っている。
「慣れるの、早いな」
「うん。でも……」
ミィナは少しだけ笑った。
「“ある”って思えると、心が楽なんだよ。使い切っても、また作れるって分かってるから」
誠は、言葉を失った。
それは、技術の話じゃない。
安心の話だった。
⸻
夕方。
作業を終えた村人たちが、自然に集まり始める。
誰かが言った。
「今年は、秋が楽しみだな」
それに、誰も反論しなかった。
不安も、疑いもない。
期待が、普通にそこにある。
『誠様』
「ん?」
『この段階で重要なのは、新技術の追加ではありません』
「……だろうな」
『この“当たり前”を壊さないことです』
誠は、ゆっくりとうなずいた。
(俺がやるべきこと、もう変わってきてるな)
導く役から、
見守る役へ。
その自覚が、静かに胸に落ちてきた。
夏は、まだ始まったばかりだ。
だが、この村はもう――走らなくていい。
歩ける場所に、来ていた。




