足りないのは人ではなく、割り振り
朝の村は、相変わらず静かで活気があった。
水田では苗の間を歩く人影。
畑では土を返す音。
村の奥では、木を削る乾いた音。
どこも順調――の、はずだった。
「……あれ?」
誠は、水路の様子を見に来て、首を傾げた。
水は流れている。
詰まりもない。
壊れてもいない。
だが、いつもなら誰かが掃除をしている時間なのに、今日は誰もいない。
「今日は水路の日じゃなかったっけ?」
近くにいた村人に声をかける。
「ああ、今日は畑の手入れが多くてな」
「水路は明日に回すって話になった」
「そっか」
誠は頷いたが、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
村を一周してみると、それが“たまたま”ではないことが分かってきた。
畑は人が多い。
水田も多い。
窯場も賑わっている。
その一方で――
水路の点検
道の補修
罠の見回り
木材の在庫整理
そういった**「急がないけど止めると困る作業」**が、後回しになっている。
「……みんな、忙しいんだな」
『はい。作業量が増加したことにより、優先順位の判断が個々に委ねられています』
「悪いことじゃないけど……」
誠は村の広場に腰を下ろした。
以前は、やることが少なかった。
だから全員が同じ作業に集中できた。
今は違う。
作業の種類が増え、選択肢が増えた。
結果として、人手は足りているのに、必要な場所に揃わない瞬間が出始めている。
『これは成長段階特有の現象です』
「成長段階、ね」
『はい。“余裕が生まれた村”に見られる傾向です』
誠は苦笑した。
「贅沢な悩みだな」
昼前、ミィナがやってきた。
「誠、ちょっといい?」
「どうした?」
「水路の掃除、今日は人が集まらなくてさ。誰もサボってるわけじゃないんだけど……」
「うん、分かる」
誠は即答した。
「畑も田んぼも、窯も、全部今が大事だからな」
ミィナは腕を組んで考え込む。
「やる事が増えたのは良いんだけど……どこに何人、って決めなくても回ってたのが、最近ちょっと怪しくて」
「無理に決める必要はないと思う」
誠はそう前置きしてから続けた。
「ただ、“今日はここを優先する”って共有はあった方がいいかもな」
ミィナははっとした顔をする。
「あ……それ、確かに」
『情報の共有不足が原因と分析します』
アイが補足する。
『人手不足ではなく、作業計画の可視化が不足しています』
「つまり……掲示とか?」
「それいい!」
ミィナが手を打った。
「今日やる事を書いとけば、手が空いた人が自然に集まる!」
「命令じゃなくて、目安な」
「うん、それなら嫌な感じもしないし」
その日の午後、簡単な板が広場に立てられた。
・水路点検(2〜3人)
・罠の見回り(1人)
・畑の手入れ(多め)
・窯の器運び(手が空いた人)
ただそれだけ。
だが、それを見る人たちの動きは、明らかに変わった。
「俺、水路行くわ」
「じゃあ罠は俺が」
「畑は人数足りてるな」
誰かが指示したわけじゃない。
責任を押し付けたわけでもない。
**“見えたから、動けた”**だけだ。
『非常に良好な反応です』
「だな」
誠は、少し安心した。
夕方。
広場の板は、ほぼすべて線が引かれていた。
終わった作業の印だ。
ミィナが笑いながら言う。
「これ、意外と便利だね」
「だろ」
『誠様。これを踏まえ、次段階の課題を提示します』
「お、来たな」
アイの声が、少しだけ引き締まる。
『次段階の課題は三点です』
誠は頷き、聞く姿勢を取る。
『一、作業の周期化。毎日判断するのではなく、一定の周期で回す仕組み』
「当番制みたいな?」
『簡易的なもので構いません』
『二、保守作業の明確化。水路・罠・道など、“止めると困る作業”の定義』
「後回しにされやすいやつだな」
『はい』
『三、誠様が直接関与しなくても回る仕組みの構築』
「……それ、必要?」
『はい。誠様が不在でも村が回ることが、真の安定です』
誠は少し黙った。
「……だな」
それは、少しだけ寂しくて。
でも、確かに正しい。
『これらは、田植え本格化前に整えることを推奨します』
「了解」
誠は立ち上がり、村を見渡した。
人はいる。
物もある。
知恵も集まってきている。
次に必要なのは――流れだ。
「やることは山ほどあるな」
『はい。しかし、すべて前向きな課題です』
誠は、笑った。
村は、次の段階へ進もうとしていた。




