育つ村、流れる季節
朝の空気が、やわらかい。
誠は小屋を出て、大きく息を吸い込んだ。
湿り気を含んだ風が、鼻の奥をくすぐる。
「……いい匂いだな」
『水分量、適正。稲の生育には良好な環境です』
アイの声を聞きながら、誠は水田へと歩いていく。
⸻
水田は、静かに賑やかだった。
苗はすでにしっかりと根を張り、青々とした葉を空に伸ばしている。
水面は揺れ、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
「あー……これは、ちゃんと“田んぼ”だな」
『生育状況は平均より良好です。水路の効果が顕著に表れています』
水は止まらず、濁らず、均等に流れている。
冬に整備した水路が、今になって本領を発揮していた。
田の端では、村人たちが屈んでいる。
「雑草、少ねぇな」
「これなら手間が減るぞ」
「去年と全然違う」
簡易田植え機と攪拌具のおかげで、土がよく動き、雑草が根付きにくい。
誰も声高には言わないが、**“楽になった”**という実感が、確かにあった。
水田を抜けると、畑が見える。
芋、豆、根菜、香草。
作物の列がきっちりと分かれ、畝も揃っている。
「……前は、こんなに整ってなかったよな」
『作業効率の向上により、手入れに割ける時間が増加しています』
畑では、年配の女性が幼い子に教えていた。
「ここは触らない」
「こっちは水をやる」
子どもは真剣な顔で頷き、小さな手で土を撫でる。
『次世代教育の自然発生を確認』
「言い方」
誠は苦笑しつつも、その光景から目を離せなかった。
村の中も、変わっていた。
あちこちの家から、木を叩く音がする。
鍋を煮る匂い、味噌の香り、干し肉の燻香。
「保存庫、また増えたな」
『保存食の量が安定したことで、個別管理が進んでいます』
人々の動きに、余裕がある。
急がない。焦らない。怒鳴らない。
それは、腹が満たされているからではない。
“明日がある”と、全員が知っているからだ。
広場では、ミィナが指示を出していた。
「今日は畑半分まで!」
「終わった人は水路の掃除手伝って!」
以前なら、こういう役割は村長が担っていた。
今は、自然に分担されている。
『指揮系統が柔軟化しています』
「悪くないな」
誠は頷いた。
夕方。
水田が、黄金色に染まり始める。
風に揺れる苗が、さわさわと音を立てる。
誠は、少し離れた場所から村全体を見渡した。
「……来た時とは、別の村みたいだな」
『はい。定着・発展フェーズに移行しています』
「まだ途中だけどな」
『ですが、基盤は完成しています』
誠は、しばらく黙って景色を眺めた。
派手なことは何もしていない。
誰かが叫ぶわけでもない。
それでも、確実に。
この村は、育っている。
「……よし」
誠は、静かに呟いた。
「次は、どこを見る?」
『次段階の課題を抽出します』
アイの声とともに、夕陽が村を包み込んだ。
季節は、流れていた。
村と一緒に。




