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異世界転移したら俺じゃなくてスマホがチートでした  作者:


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保存食が増えた村

干し竹の子が、完全に乾いた。


指で折ると、ぱきりと軽い音がする。

水分が抜け、色も濃くなり、明らかに“保存食”の顔をしていた。


「……本当に、これで長く持つんだな」


干し場の前で、村の男が呟く。


「持つよ。ちゃんと保管すれば、半年以上は平気だ」


そう答えると、周囲がざわついた。


「半年……」


「冬まで、ってことか……」


この言葉の重さを、俺は少し遅れて理解した。



その日から、村の様子が少しずつ変わり始めた。


朝の集まりでの話題が、違う。


「今年はどれくらい残せる?」


「干し肉と合わせたら、冬前に余裕が出るな」


「塩はどれくらい要る?」


――“今日食う分”の話じゃない。


数か月先の話を、普通にしている。


『誠様』


「ん?」


『村人たちの発言内容が変化しています。短期視点から中期視点へ移行しています』


「……だよな」


前までは、

・今日の狩り

・明日の天気

・次の作業


それだけだった。


今は違う。


「残す」「備える」「配分する」

そんな言葉が当たり前に飛び交っている。



保存庫の前。


年配の男が、干し竹の子と干し肉の数を数えていた。


「誠、これ……全部でどれくらいもつ?」


「村の人数次第だけど……節約すれば、冬の終わりまで余裕だと思う」


その瞬間、男の背筋が、すっと伸びた。


「……なら、今年は無理に山へ入らんでいい日も作れるな」


「怪我人も減る」


「子どもを置いて行かなくて済む」


ぽつり、ぽつりと声が重なる。


保存食は、時間を生む。

時間は、余裕を生む。


それが、今ようやく共有され始めていた。



女性陣の変化は、もっとはっきりしていた。


「これ、干し竹の子用の棚、もう一段作れない?」


「味噌と合わせた保存壺、数足りないよね」


「来年は春のうちにもっと仕込もう」


“今年どうにかする”ではなく、

“来年はもっと良くする”。


この意識の変化は、かなり大きい。


ミィナが、腕を組んで言った。


「誠……なんていうかさ」


「ん?」


「みんな、慌てなくなった」


その一言が、妙に刺さった。


確かにそうだ。

食べ物が増えたからじゃない。


「無くならない」って分かったからだ。



夜、焚き火の前。


村長が、静かに口を開いた。


「誠殿」


「はい」


「今年、村は変わった」


俺は黙って聞く。


「食い物が増えたからではない」


「未来を考えられるようになった」


その目は、真っ直ぐだった。


「……それは、誠殿が“残す”ことを教えたからだ」


俺は、思わず苦笑した。


「大げさですよ。俺は……ただ、生き延びたかっただけで」


『結果として、村全体の生存確率が向上しました』


アイが淡々と補足する。


村長は、少し笑った。


「それで十分だ」



その夜、俺は干し竹の子を一つ手に取った。


春に掘ったものが、

今もここにある。


そして――冬にも、ここにある。


「……すげぇな、保存って」


『文明の基礎です』


「だよな」


腹を満たすだけの村から、

未来を考える村へ。


その境目は、

干し竹の子一本分の差だったのかもしれない。


「さて……次は、何を残す?」


『次は“余剰を使う”段階です』


アイの声が、静かに響いた。


俺は、少しだけ笑った。


村はもう、

“飢えない”ことを知ってしまったのだから。

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