初めての“仕事”と猫娘の名前
――気がつけば、ずっと天井を見つめていた。
囲炉裏の火は小さくなり、土間に落ちる影だけが心許なく揺れている。
「さて……チートAIさんよ。どうすりゃ生き延びられる?」
胸の上で光っているスマホを見下ろして、誠はつぶやいた。
『誠様、まず呼び名を決めていただけると助かります』
「ん?……あー、じゃあ“アイ”で」
『ありがとうございます。誠様』
画面に小さく、ぴこっとハートのようなエフェクトが浮かんだ。
妙に可愛い。
「で、俺はこの村でどうすりゃ生きていける?」
アイは数秒だけ処理音のような静かな時間を置き、答えた。
『誠様は現在、不信感を持たれている状態と推測されます。よって、まずは“この村に貢献し、かつ危険性がない”という証明が必要です』
「なるほど。……で、何から?」
『小屋を快適にすることを推奨します』
「小屋?」
誠は周囲を見回す。
農具、埃、古いゴザ。
快適とはほど遠い。
『誠様は今、体力も精神も不安定な状況です。
まずは休息の質を上げるべきです』
「いや、でもベッドなんて作れないぞ?」
『では、室内を動画撮影してください』
「動画?」
言われるまま、スマホを構えて小屋中をゆっくりと映す。
農具、竹のザル、壊れかけた桶、木材の端材。
撮影が終わると、アイの声が少し明るくなった。
『材料と道具、確認完了しました。誠様、この小屋の資材だけで“簡易ベッド”が作れます』
「マジで!?」
『設計図を表示します』
画面に手書き風の簡素だが分かりやすい図が現れた。荷重を分散する木組み、縄で縛る箇所、竹のしなりを活かした面――
素人でも作れそうだ。
誠は手を握りしめた。
「……いけるかもしれない。これなら」
『誠様ならできます』
その一言に、妙に背中を押された気がした。
⸻
作業開始から一時間後。
汗だくになりながらも、誠は最後の縄をきつく縛った。
「……よし、完成!!」
ガタガタの木材と竹の寄せ集めではあるが、横幅は十分で、ゴザを敷けばなんとか寝られそうだ。
土間に直寝よりは、間違いなくマシ。
「……うん、見た目はアレだけど……悪くない!ありがとう、アイ」
『どういたしまして、誠様』
少し誇らしげなアイの声が返ってきた。
そのとき――
コンコン、と木戸が叩かれた。
「誠ー……いる?」
猫耳がぴょこんと覗き、ミィナが入ってきた。
監視も兼ねているのは分かるけど、態度は昨日より柔らかい。
ミィナは室内を見渡し、そして固まった。
「……何これ?」
誠は肩をすくめて答えた。
「小屋にあった材料だけで、簡易ベッド作ってみたんだ。勝手に使ったけど、やっぱマズかったか?」
ミィナは慌てて手を振った。
「いや、全然! むしろ……よくこんなの作れたわね!?この小屋の素材って、ほぼガラクタよ? 農具の残骸みたいな」
「まあ……なんとか」
ミィナはベッドに近づき、興味深そうに表面を押したりしている。
「どんな風に使うの?」
「上に寝るだけだよ」
言われるまま、ミィナはふわっと身を預けた。
猫の耳がぴくぴく動き、尻尾がゆらゆら揺れる。
「……っ、これ……ゴザより全然いい……!」
目がきらっと光っていた。
(……あ、これ絶対欲しがってるやつだ)
誠は軽く笑って、言った。
「材料があれば、もっと丈夫で綺麗なの作ってやるぞ?飯くれた礼もしたいしな」
ミィナの尻尾がぶんっと揺れた。
「ほ、本当!?じゃあ、必要な材料は……?」
誠はアイをちらりと見る。
『簡易ベッド・改良版の必要素材、表示します』
画面にリストが出る。
竹×2、縄、板材少量。
誠は読み上げた。
「こんな感じだ」
ミィナは頷くと、すぐさま踵を返した。
「ちょっと待ってて!」
耳と尻尾を揺らしながら、ミィナは勢いよく走り去る。
⸻
二時間後。
ミィナが抱えてきた材料を受け取り、誠は二台目のベッド作りに取りかかった。
要領が分かっている分、作業は早い。
一度目より格段にしっかりした骨組みができ、縄の締めも上手くいった。
完成したベッドを見て、ミィナは目を丸くした。
「……すごい! ほんとにすごい!!何これ、ふっかふかじゃない!!?」
誠は少し照れくさくなる。
「まあ……誰にでもできるってほどでもないけどな」
「ありがと、誠!!」
そう言ってベッドを抱えようとして、ミィナはふと思い出したように誠の方を向いた。
「……そういえば、誠。まだ言ってなかったわね」
「ん?」
ミィナは胸に手を当てて名乗った。
「私、ミィナ。この村の警護と雑務をしてるの」
誠は笑って返した。
「よろしくな、ミィナ」
猫娘はにっこりと笑った。その笑みは、少しだけ警戒心が解けたように見えた。
――誠がこの村で初めて得た、小さな繋がりだった。




