春の鍋と増えていく理由
出汁を作ると聞いて、なぜか村人が集まってきた。
しかも――ほとんど女性陣。
「……まあ、そうなるよな」
鍋だの煮出すだのと聞けば、自然と台所担当が集まる。
俺はそう納得しながら、ふと違和感に気付いた。
「……あれ?」
よく見ると、腹部がふっくらした女性がやけに多い。
「……妊婦さん、多くね?」
春先だからか?
この世界ではこの時期に多いのか?
俺は小声でアイに聞いた。
「なあアイ。元の世界でも、昔はこんな感じだったのか?」
『いいえ』
「じゃあ、この世界の風習?」
『それも否定されます』
「……じゃあ何だよ」
アイは一瞬、間を置いた。
『推察になりますが――冬場に食料と燃料に余裕が生まれ、屋内で過ごす時間が増加します』
『結果、その……』
「……」
俺は察した。
「……俺のせいで、他の奴らリア充かよ!!」
『……ぷっ』
「お前、今笑ったな」
『誠様はこの世界でも……ぷっ』
「叩き壊すぞ!!」
『し、失礼しました』
咳払い一つ。
『ただし事実として、食料が安定すると人口は増加傾向になります』
「文明あるあるかよ……」
俺は頭を掻いた。
さて、肝心の出汁作りだ。
鍋には、鹿と猪の骨。
別の鍋には、魚の頭と中骨。
水を張り、弱火でじっくり。
「ぐつぐつさせるなよ。沸かしすぎると濁る」
「ほほぉ……」
「泡はすくってな」
女性陣の動きは早い。
既に日常の延長として吸収している。
やがて――
ふわり、と。
今までこの村には存在しなかった匂いが立ち上った。
「……なに、この匂い」
「肉なのに、重くない……」
「お腹……空く……」
妊婦さんたちが、揃って喉を鳴らす。
俺は椀に少しだけ注いだ。
「味付け無しだ。まずはこれ飲んでみてくれ」
一口。
そして――
「……え?」
「なに、これ……」
「塩入れてないのに……美味しい……?」
どよめきが広がる。
「これが“旨味”だ」
「肉や魚の中に元から入ってる味を、引き出しただけだ」
『栄養吸収効率も向上します。特に妊娠中には有効です』
アイが追撃すると、女性陣の目が一斉に輝いた。
「……毎日これ、飲める?」
「保存、できるの?」
「子どもにも?」
「できる。干して濃縮もできる」
一気に空気が変わった。
そして、話は次へ進む。
「でな、これは“今すぐ使える味”だ」
「でも――」
俺は別の桶を指した。
「これは“未来の味”だ」
中には、蒸した豆と穀物を混ぜたもの。
塩を加え、丁寧に潰した塊。
「味噌……?」
「醤油……?」
『発酵調味料です』
『完成まで数ヶ月から一年ほどかかります』
「そんなに!?」
「でも……出来たら?」
「毎日味が変わる」
静まり返る。
「……待てる」
誰かが、ぽつりと言った。
「待てるわ……それ」
俺は笑った。
「じゃあ決まりだ」
「出汁は今日から」
「味噌と醤油は、今日仕込み開始」
『この村の食文化は、次の段階へ移行しました』
鍋の湯気が、春の空へ立ち上る。
腹が満たされ、
味が生まれ、
人が増えていく。
どうやら俺は――
とんでもない“原因”を作ってしまったらしい。




