余る前に、味を増やせ
「アイ、収穫物が過剰になりそうなんだが……どうする?」
畑と田んぼを見渡しながら、誠は率直に聞いた。
『はい。まず、そのまま保存できる作物が大半ですので、急いで処理する必要はありません』
「そうなると……余った分は?」
『保存加工品に回します』
「保存加工……?」
誠は首を傾げる。
『この地域の調味体系を確認しましたが、基本は塩と香草のみです』
「まあ……確かに」
塩味か、草の香り。
悪くはないが、毎日は正直きつい。
『そこで、調味料の種類を増やすことを提案します』
「調味料?」
『味噌、醤油、みりん。加えて、動物性タンパク質を利用した――出汁です』
「……なんだそれ?」
アイは少し間を置いて、分かりやすく説明した。
『簡単に言えば、「肉や魚、骨から旨味だけを取り出した液体」です』
「旨味……?」
『塩とは別の“味の層”を作る要素です。料理全体を底上げします』
誠は目を瞬かせた。
「……それ、反則じゃね?」
『効率的な資源利用です』
⸻
誠はすぐに理解した。
「つまりだ」
「今まで捨ててた骨や、皮、内臓……あれを使うんだな?」
『はい。既に村では解体技術が安定しています。廃棄物は最小限です』
「なるほどな……」
これまで肉は肉、脂は脂で使ってきた。
だが“味を作る”発想は、まだなかった。
『例えば』
アイが続ける。
『魚の骨と頭を煮出せば魚出汁』
『獣骨を割って煮れば骨出汁』
『乾燥させれば保存も可能です』
「……乾かしてから使うって手もあるのか」
『はい。冬に向けて非常に有効です』
⸻
「味噌と醤油は?」
『穀物と豆を使った発酵調味料です』
「発酵……」
『時間はかかりますが、保存性と栄養価が高くなります』
誠は、ふっと笑った。
「なんか一気に“文化”の話になってきたな」
『食料が余り始めた段階で、必ず必要になります』
「確かにな……」
腹を満たすだけの段階は、もう終わりだ。
⸻
その日の夕方。
誠は村人たちを集めて話した。
「これからは、肉や魚を“食べるだけ”じゃなくて、“味を残す”」
「骨や皮は捨てない。全部使う」
「塩だけじゃなく、旨くする」
村人たちは最初こそ不思議そうだったが――
「……それで、同じ肉でも違う味になるのか?」
「鍋が毎日同じじゃなくなる?」
「保存も利く……?」
理解した瞬間、ざわめきが広がった。
『まずは出汁から始めましょう』
アイの提案に、誠は頷く。
「よし。じゃあ明日は“旨味抽出実験”だ」
「……実験?」
「失敗しねぇから安心しろ」
誠は笑った。
この村は、もう飢えを恐れる段階じゃない。
次は――
“美味い”を作る段階だ。




