農具が変わり畑が変わる
朝露がまだ残る畑に、鈍く光る“それ”が並んでいた。
鉄製の鍬。
鉄製の斧。
そして、鉄の刃を打ち付けた改良鎌。
「……並ぶと壮観だな」
『初期鉄製農具、一式です』
「やっと“石じゃない道具”になったって感じだ」
昨日まで使っていた石の鍬は、どうしても角が欠けやすく、土に弾かれていた。
だが――。
「よし……試すか」
俺は新しい鍬を握る。
ずっしりと重いが、重心が安定している。
ぐっ、と地面に入れる。
「……っ!」
ズズッ、と音を立てて、鍬が土を割った。
「……深っ!」
『貫入深度、石製比で約二倍です』
「冗談だろ……」
もう一度、今度は少し力を抜いて。
ザクッ。
「……あ」
軽い。
とにかく、軽い。
「力、そんなに要らねぇ……」
村人たちが、息を呑んで見ている。
「誠殿……それ、貸してもらっていいか?」
「ああ、どうぞ」
男の一人が恐る恐る鍬を取る。
そして――。
「……なっ」
ザクッ、ザクッ。
「……これ、嘘だろ……」
「どうした?」
「石の鍬より……三倍は楽だ……」
周囲がざわつく。
「俺にも!」「次は俺だ!」
『誠様。想定通りです』
「想定通りって……人の感動奪うなよ」
⸻
畑全体の空気が、一気に変わった。
それまで一列掘るだけで休憩していた村人たちが、
今では止まらない。
ザク、ザク、ザク。
「……おい、もう一列終わったぞ!」
「こっちもだ!」
『作業速度、約二・五倍』
「うわ、はっきり数字出すな……」
だが事実だ。
明らかに、畑の“進み”が違う。
「……これなら」
俺は畑を見渡した。
「予定してた水田、全部間に合うな」
『はい。さらに余剰労力が発生します』
「余剰?」
『畦の整備、水路の補強、苗床の拡張が可能です』
「……畑、増やせるってことか」
村人たちの顔が、ぱっと明るくなる。
「まじか……」「今年、どれだけ穫れるんだ……」
⸻
次に試したのは、斧だった。
これもまた、違いは明白だった。
「……切れる」
木に当てた瞬間、刃が“噛む”。
「今までの石斧って……削ってたんだな」
『切断効率は比較になりません』
斧を使った村人が、笑いながら言った。
「誠殿……これなら、家一軒分の木、すぐ用意できるぞ」
「水路用の板も楽になるな」
「柵も……」
次々に“できること”が増えていく。
⸻
昼過ぎ。
畑の一角で、村人たちが集まっていた。
「誠どの……」
年長の男が、深く頭を下げた。
「道具が変わるだけで……ここまで変わるとは思わなかった」
「俺は……ただ効率良くしたかっただけだよ」
『しかし結果として、村の生産基盤が更新されました』
「……更新、ね」
畑を見る。
整った畝。
深く耕された土。
広がった作業範囲。
冬を越え、
炭を作り、
鉄を生み、
そして今、畑が変わった。
「……これで、今年は食えるな」
『はい。飢餓リスクは大幅に低下しました』
「それが一番だ」
俺は土を握った。
冷たくて、湿っていて、でも柔らかい。
「……次は、苗床だな」
『はい。次工程に移行可能です』
鉄の農具は、ただの道具じゃない。
この村に「余裕」を生んだ。
そして余裕は、次の一歩を可能にする。
春は、もう本番だ。




