最初の一打、最初の道具
炉の中で、炭が赤く光っている。
ごう〜!と低く唸る音。
熱が、肌を刺す。
「……すげぇな。火ってやつは」
『現在、適温に近づいています』
鍛冶場の中には、俺とアイ、そして見学に来た村人たち。
皆、少し距離を取りながら、固唾をのんで見守っている。
炉の中に入れたケラは、最初は黒かった。
だが時間とともに、赤黒く、そして赤へと変わっていく。
「……色、変わってきたな」
『はい。鉄が鍛錬可能な温度域に入っています』
「よし……出すぞ」
⸻
トング代わりの木製挟みで、ケラを引き出す。
「……っ、熱っ!」
赤く輝く塊を、石の金床の上に置いた瞬間――
熱気が一気に立ち上る。
「おお……」「光ってる……!」
『誠様。叩いてください。最初は軽くで構いません』
俺は石のハンマーを握り直した。
正直に言えば、少し怖い。
失敗したらどうなるのか、分からない。
「……いくぞ」
ゴンッ。
鈍い音。
だが、確かに“手応え”があった。
「……へ?」
もう一度。
ゴンッ、ゴンッ。
火花が散る。
「うわっ!?」「今、火花……!」
『不純物が押し出されています。成功しています』
「成功……?」
俺は息を呑んだ。
石を叩いてる感覚とは、まるで違う。
硬いが、粘りがある。
叩けば、応える。
「……これ、金属だわ」
⸻
何度も叩き、再び炉に戻す。
熱して、叩いて、また熱して。
その繰り返し。
汗が流れ、腕が痺れてくる。
「……はぁ……はぁ……」
『誠様。無理は不要です。少量ずつで構いません』
「いや……今、やめたくねぇ」
村人たちは、誰も喋らなかった。
ただ、目を離さず見ている。
再び叩く。
ゴンッ……ゴンッ……!
ケラは次第に形を変え、角が落ち、密度を増していく。
「……おい、見てくれ」
俺が手を止めると、誰かが声を上げた。
「……形、揃ってきてねぇか?」
『はい。鍛錬が進んでいます』
「すげぇ……本当に、道具になりそうだ」
⸻
『誠様。次の工程に進めます』
「次?」
『鉄製ハンマーの頭部形状への成形です』
「ああ……ここからが“道具”か」
俺は深く息を吸い、集中する。
叩く。
角度を変える。
穴を開ける位置を意識する。
石の工具では精度は低い。
だが、それでも――。
「……できた」
金床の上に置かれたそれは、まだ歪だ。
だが明らかに、ハンマーの頭だった。
「……鉄の、ハンマー……」
『初期鉄製工具、完成です』
その言葉を聞いた瞬間。
村人たちが、どっと沸いた。
「すげぇぇぇ!!」
「石じゃねぇ……鉄だ!」
「これが……作れるのか……!」
俺は鉄の塊を持ち上げる。
ずっしりと重く、冷たい。
だが、頼もしい。
「……これで、次はもっとちゃんと叩けるな」
『はい。生産効率は大幅に向上します』
俺は笑った。
「やっと、スタートラインって感じだな」
⸻
夕方。
完成した鉄のハンマーを、壁に掛けた。
その姿は、鍛冶場の象徴みたいだった。
『誠様』
「ん?」
『この村は、石器時代を終えました』
「……大げさだな」
『事実です』
俺は、ハンマーを見上げる。
石から鉄へ。
偶然じゃない。
積み重ねの結果だ。
「……さて」
俺は腕を鳴らした。
「次は、何作る?」
『鍬、斧、釘、刃物。優先順位は農具です』
「だよな」
炎が静かに揺れている。
この火はもう、消えない。
この村に、“鍛冶”という心臓が生まれたのだから。




