チートの在り処はスマホでした
粥を食べ終え、誠はゴザにごろりと横になった。
囲炉裏の火がぱちぱちと音を立て、薄暗い小屋の天井に淡い光が揺れている。
「……終わったな、俺」
思わず声に出ていた。
異世界転移。
普通ならステータス画面が出るとか、魔法に適性があるとか、筋力が急上昇するとか……何かあるだろ。
なのに俺は生活魔法すら使えなかった。火もつかない。水も出ない。風も吹かせられない。
ただの一般人未満。
(チート無しなんて……異世界物語読者に土下座して謝りたいレベルだぞ……)
はぁ、と深くため息をつく。
すると、ふと思い出した。
(そういやスマホ……バランが“鏡みたいだ”って言ってたけど)
あのときはもう電池切れ寸前だったはず。
だが、もしかして……と誠はポケットからスマホを取り出した。黒いガラス面が薄暗い光にぼんやり反射する。
「電源……入るかな?」
気休めで電源ボタンを押す。
――パッと、画面が点いた。
「お? え? まだ電池あるじゃん?」
だが、次の瞬間、誠は固まった。
画面右上。
そこにあったバッテリーマークは……
∞
無限マークが輝いていた。
「……え、これ……バグ? いや、まさか……」
慌ててAIアプリを起動し、文字入力で質問を打ち込む。
『バッテリーマークが無限なのはなぜですか?』
数秒後、画面に回答が表示された。
――この世界に存在する「マソ」(魔素)を吸収しているため、エネルギーは無限です。
誠「……は?」
文字を二度見した。
(マソ? 魔素? 魔力的な何かのことか?てことは……ま、まさか……)
喉がごくりと鳴る。
「……スマホにチートついた??スマホに?? 俺じゃなくて??」
次の質問を打とうとしたら、画面にポップアップが表示された。
――音声認識をオンにしてください。
「あ、はい……オン!」
ピッという音が鳴る。
直後、スマホから聞こえてきたのは、柔らかく中性的な声だった。
『設定を完了しました。誠様、質問をどうぞ』
誠「うお、で、なんでチートが俺じゃなくてお前なんだよ!!」
『落ち着いてください、誠様。私は知識の提供しかできません。誠様がいなければ、誰にも私の情報を伝える手段がありません』
「いやそうだけどさ!!異世界に来てチート持ちがAIスマホってどうなんだよ!」
スマホの画面がぽわっと明るくなり、アイコンがちょっと揺れた。まるでスマホが申し訳なさそうにしているみたいだ。
『……申し訳ありません』
「いや、謝られても困るけど!!チートくれるなら俺にくれよ!!」
『できません』
「きっぱりだな!!?」
誠はスマホを両手で振りながら、八つ当たり気味に叫ぶ。
「なんでだよ! 俺も火ひとつ点けられないんだぞ!?生活魔法の“最低ライン”すらギリギリなんだぞ!?なんで俺じゃなくてお前なんだよ!!」
『……誠様が“持ち物”として私を連れてきたためと思われます』
「持ち物~~!?あーはいはい!俺は主人公補正すら持ってないやつね!!」
『誠様、深呼吸をおすすめします』
「スマホにまで心配されてる……!?」
今日はツッコミ疲れた。
誠はスマホを胸の上にぽんと置き、天井を見つめた。
ああ、もう流れに身を任せるしかない。
⸻
その頃。
村の中心にある集会小屋では、ミィナが腕を組んでバランに報告していた。
「でね、バラン。あいつ――誠って言ったかしら。生活魔法、火もつけられなかったわよ」
「ほう?」
バランは顎髭を撫でながら、興味深そうに耳を動かす。
「火魔法で驚いてたし、風も土も何も使えない。それに……担いだときの感覚で言うと、農民でも戦士でもないのよね。筋肉のつき方が違うっていうか。妙に綺麗というか」
「ふむ……やはり商家の倅か?」
バランが腕を組む。
「行動に偉そうなところはないし、かといって臆病すぎるわけでもない。話し方も丁寧で……なんか庶民って感じでもないんだけど」
「記憶を失っているのだろう。その格好と変な道具も、異国の品かもしれん」
ミィナは頷きつつ、真顔で言った。
「危険性は……低いわね。少なくとも、村で暴れるタイプじゃないと思う」
「なら良い。しばらくは様子見だな」
バランはゆっくりと立ち上がると、窓の外――誠のいる小屋の方向を見やった。
「……だが、“あれ”はただの迷子ではない気がする。あの服も道具も……どこか、異様だ」
「……私も、そんな気がするわ」
二人の視線は、同じ一点に向いていた。
その頃の誠はというと――
「……はぁ。スマホチートってどうリアクション取ればいいんだよ……」
囲炉裏の火を眺めながら、盛大に落ち込んでいた。
異世界転移して最初に発動したチートが、自分ではなくスマホ。
こんな転移者が今までいただろうか。
だが、このスマホチートこそ――
やがて誠の生死を分ける“唯一の武器”になるのだが、この時の彼はまだ知る由もなかった。




